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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鋼と翼の聖女:鋼鉄の翼と銀の偶像(アイドル)

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第二十六話:物理の凱歌、あるいは壊れた神話


 成層圏の黒い空に、突如として太陽がもう一つ現れたかのような輝きが満ちた。

 セリナの演説に動揺し、空中戦に敗走しかけていた教皇庁連合軍の頭上。雲海を割って浮上してきたのは、伝説の空中都市『エリュシオン』であった。それは都市というにはあまりに巨大な、幾何学的な結晶構造を持つ浮遊要塞であり、その中心部から放たれる黄金の粒子――マナの雨が、戦場全域に降り注ぐ。


 その光が触れた瞬間、不可解な現象が起きた。

 墜落寸前だった魔導艦のエンジンが火を吹きながらも再生し、翼をもぎ取られた機甲兵たちが一瞬で新品同様の姿へと復元されていく。致命傷を負い、操縦席で力尽きようとしていた騎士たちが、まるで狂戦士のような活力を得て再び操縦桿を握りしめた。


「見よ、これが神の真なる慈悲だ! 無限の奇跡だ! 物理などという矮小な理屈を、神の救済が塗りつぶしたのだ!」


 騎士たちの狂喜の声が通信網を埋め尽くす。

 再起動した数百の魔導機甲が、再び物理航空団へと牙を剥く。大破したはずの敵が、傷一つない姿で蘇る絶望的な光景。フェイやレン、サシャたち精鋭パイロットですら、その「因果を逆転させる力」に一瞬、怯んだ。


 だが、その奇跡を冷徹な、そして激しい憤りを持って凝視している老兵がいた。

 要塞アイアン・パレスの観測室。賢者アイゼンは、モニターに並ぶ膨大な観測数値と、目の前の「奇跡」を照らし合わせ、その顔を怒りで真っ赤に染めていた。


「馬鹿な……。あり得ん。断じてあり得ん! これほどの質量を再構成し、熱力学の第二法則すら無視してエントロピーを逆転させるだけのエネルギーが、空から降ってくるなどという話があるか! 物理を舐めるなよ、リヒター!」


 アイゼンは、震える手でキーボードを叩き、アラクネ・ネットワークの全リソースを「負のエネルギー観測」へと振り向けた。彼は知っていた。この宇宙において、何もないところからエネルギーが生まれることは決してない。エネルギー保存の法則は、神ですら侵すことのできない絶対の真理であることを。


 アイゼンの脳裏に、熱力学第一法則が浮かぶ。

 内部エネルギーの変化は、系に加えられた熱と、系が外部に行った仕事 の総和である。エリュシオンが破壊された物質を修復し、騎士たちに活力を与えるという莫大な「仕事」を行っているならば、その背後には必ず、それと同等か、それ以上の「エネルギーの欠損」が生じているはずなのだ。


「セリナ! あの光に惑わされるな! あれは奇跡などではない。エネルギーは必ずどこかから奪われている。ポロ、ミリー! 地上の全ノードの環境データを精査しろ! 気温、気圧、生命反応の微細な揺らぎ、すべてだ!」


 アイゼンの鋭い命令に応じ、地上各地に設置されたアラクネのセンサーが、真実を吸い上げ始めた。

 

 数秒後、モニターに映し出されたのは、あまりに残酷な「略奪」の地図であった。

 黄金の都市エリュシオンが光り輝くのと同期して、地上の村々で、人々が突然の悪寒に襲われ、次々と倒れ伏していく様子が観測された。夏の盛りだというのに、教会の周りの田畑では作物が一瞬で凍りつき、祈りを捧げていた信徒たちの体温が急激に奪われていく。


「見つけたぞ……。地上の熱を……命そのものを、あの都市が吸い上げている! 祈りのマナだと? 笑わせるな! あれは単なる『遠隔エネルギー搾取装置』だ!」


 アイゼンが暴き出した真実。

 エリュシオンの奇跡の正体は、地上の民の生命活動を物理的な「熱」として強奪し、それを空の兵器へと転換する、巨大な略奪機構に過ぎなかった。


「リヒター! お主の神話は、民の命を薪にして燃やす、ただの略奪に過ぎん! 無限の奇跡など、この宇宙のどこにも存在せんのじゃ!」


 セリナの咆哮が、成層圏を震わせる。彼女はアラクネを通じて送られてきた「氷に閉ざされる村々」の映像を、全世界へ配信した。

 自分たちの体を癒している光が、地上の家族や隣人の命を吸い取った結果であると知った瞬間、騎士たちの凱歌は凍りついた。再建された機甲の装甲が、まるで他人の血を啜って光っているかのように見え、彼らの操縦桿が震え始める。


『……そうだ。それがどうしたというのだ、セリナ。民は神という名の生命体を維持するための細胞に過ぎない。細胞がその機能を終え、全体が生き延びる。これこそが完成された世界の理だ。少数の天才を、多数の凡愚が支える。これほど効率的で美しい理が他にあるか!』


 リヒターの冷徹な、狂気に満ちた肯定。

 彼はもはや、神の代理人という皮すら脱ぎ捨て、剥き出しの支配者としての本性を晒していた。リヒターはエリュシオンの主砲――『終末の劫火』をチャージし始める。その巨大な砲身に、地上の命から奪い取られた膨大なエネルギーが、禍々しい紫色の光となって収束していく。


『真実を知ったところで、滅びは変わらん。地上も、君も、物理航空団も、私の神話を維持するための「燃料」になってもらう!』


「させるか! 物理とは、誰からも奪わぬこと、自らの知恵でエネルギーを生み出すことにある! 奪い取るだけの王座など、わしが粉々に砕いてやるわい!」


 セリナはエグゾスフィアのスロットルを限界まで押し込んだ。

 だが、エリュシオンが纏うエネルギー密度はあまりに高く、振動剣ですら近寄る前に焼き切られかねない。絶体絶命の光の中、アイゼンの声がセリナの耳に届いた。


「セリナ、策はある! あれほどのエネルギーを強引に変換しているのだ。エリュシオンの内部には、変換効率の限界から生じる『膨大な廃熱』が溜まっているはずだ。物理的にそれを逃がしている排気ダクトを叩け! 熱力学は、どれほど巨大な怪物であっても、排熱を疎かにする奴を許しはせん!」


「了解じゃ、アイゼン! ことわりの刃は、まだ折れてはおらん! フェイ、レン、サシャ! 最後の突撃じゃ! あの偽りの神話を、物理の底知れぬ力で叩き落とすぞ!」


 高度三万メートル。空は完全に宇宙の黒に染まり、星々の光だけが二つの理の激突を見守っている。

 吸い上げられた無数の命の重みを背負い、セリナは銀色の航跡を描いて、光り輝く絶望の都へと機首を向けた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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