第二十一話:物理の反撃、あるいは共振の刃
要塞『アイアン・パレス・アルファ』の主機関が、ガッツの執念によって再び咆哮を上げた。成層圏の底で踏みとどまった鉄の巨躯は、黒煙を振り払いながら、今度は反撃の牙を剥く。
「各小隊、要塞の復旧を確認! これより敵旗艦『ゴルゴダ』への強襲ルートを確保する。全機、わしに続け!」
セリナ・アルスタインの声が、アラクネ・ネットワークを通じて全パイロットに響き渡る。
アーク・フェニールⅣ『エグゾスフィア』の白銀の翼が、夕闇の空を切り裂いた。背後には、死地を乗り越え、より強固な連帯を見せるレン、サシャ、クラウスらの小隊が、正確な編隊を組んで追従する。
だが、その眼前に立ち塞がるのは、教皇庁が誇る「絶対の防壁」であった。
「……愚かな。器が沈まぬのなら、その魂ごと消し去るのみ」
魔導艦『ゴルゴダ』の艦橋。リヒターが静かに右手を上げると、艦全体が黄金の輝きに包まれた。
教皇庁の最終防御術式――『絶対聖域』。
それは数万の信徒の祈りをマナに変換し、物理的な攻撃を「熱」や「運動エネルギー」ごと無に帰す概念の壁である。
「第1小隊、ミサイル一斉射! ……ダメです、吸い込まれるように消えていく! 爆発すら起きない!」
レンの声に、焦燥が混じる。
放たれた数十発の物理弾頭は、黄金の光に触れた瞬間に光の粒子となって霧散した。それは破壊ではなく、存在そのものを拒絶されるような、物理学への冒涜に等しい光景であった。
『セリナ。君の理屈は所詮、この世界の物質という檻の中での話だ。神に捧げられた祈りの前では、鉄の礫など塵にも等しい』
「祈り、か。……。リヒター。お主はまだ、その嘘を信じておるのか。お主の言う『祈り』とやらの正体、わしたちが暴いてくれるわい」
セリナは冷徹に告げると、計器盤の奥底に隠されていた特殊コマンドを起動させた。
エグゾスフィアの両腕部から、特殊合金製の長いブレードが展開される。ジャックが鍛え上げ、ルミエの冷却液が脈動するその刃は、しかし一見するとただの無骨な鉄の棒に過ぎなかった。
「アイゼン、解析データの転送を。クラウス、位相反転の同期を開始せよ」
『了解した。セリナ、敵の障壁は強固だが、それは一定の周期で振動するマナの波形そのものだ。結合を解く「鍵」は、すでに算出済みだぞ』
通信機越しにアイゼンの老獪な声が響く。
彼が導き出したのは、黄金の光——マナの結合を維持している固有振動数であった。
物理学において、あらゆる物質やエネルギーの構造には、特定の周波数で激しく共鳴する特性がある。もし外部からその周波数と同じ振動を与えれば、構造は内部から自壊する。
「超高周波振動剣、起動。……。物理の刃を、概念の奥底まで叩き込んでやるわい」
セリナがスイッチを入れた瞬間、ブレードは目視不可能な速度で微細な振動を開始した。
ブレードの周囲の空気が、キィィィィンという鼓膜を突き刺すような高音と共に、青白いプラズマの鞘を形成する。
$$F(t) = F_0 \sin(\omega t)$$
エグゾスフィアの超音波モーターから放たれる強制振動の外力 $F$。その周波数 $\omega$ が、障壁の固有周波数 $\omega_0$ に一致した時、振幅は幾何級数的に増大し、魔法という名の偽りの結合を分子レベルで解体する。
「フェイ、わしの背後を任せる。一点の淀みも許さんぞ」
「了解です、師匠。……。周辺の気流、マナの密度、すべて補正済み。……。師匠の刃を、私が真っ直ぐ通します!」
フェイが冷静に随伴機を操り、エグゾスフィアの突撃ルート上のノイズを排除する。
セリナは機体を極超音速へと加速させた。黄金の『絶対聖域』に対し、青白い輝きを纏った白銀の翼が、真正面から激突する。
衝撃波はなかった。
ただ、黄金の光の中に青い刃が吸い込まれていく。
刃が触れた場所から、鉄壁を誇った魔法障壁が、まるで熱いナイフを入れられたバターのように、あるいは静かに溶ける氷のように、その輝きを失っていく。
『な……!? 聖域が……消失しているというのか? 物理的な破壊力など受けていないはずだ!』
リヒターの驚愕が、モニター越しに伝わってくる。
「リヒター。お主の盾は、ただの『重ねられた嘘』じゃ。……。物理的に正しい振動を与えれば、その嘘は結合を維持できん。……。見ておれ、これが数式の力じゃ!」
セリナは操縦桿を横に一閃させた。
黄金の球体であった『絶対聖域』が、布を裂くような音と共に両断される。
剥き出しになった魔導艦『ゴルゴダ』の重装甲へ、セリナの刃が深く食い込んだ。魔法の守護を失った装甲は、ただの鉄の塊に過ぎない。振動刃は、分子の結合を断ち切りながら、艦の内部回路を物理的に粉砕していく。
「師匠、敵の障壁出力が四〇%低下! 自動修復が追いついていません!」
「よくやった。……。だが、これで終わりではないぞ。……。リヒター。お主の艦には、魔法では隠しきれぬ物理的な『欠陥』がある」
セリナは、振動剣を引き抜きながら、ゴルゴダの中央部にある巨大な排熱スリットを見据えた。
どんなに強力なマナを運用しようと、発生する熱を物理的に排出せねば、艦は内部から爆発する。リヒターの傲慢さが生んだ、たった一つの物理的な弱点。
「フェイ。あの排熱口の奥にある、冷却水タンクの核を狙えるか。……。今の振動で、外殻の障壁に穴を開けた。……。修復されるまで、時間は三十秒もない」
「……。はい。……。私、一番弟子ですから。……。師匠の開けた穴、絶対に逃しません」
フェイが、長距離狙撃用レールガンの照準を固定した。
黄金の障壁が再び閉じようとする、そのわずかな隙間。
セリナとフェイ。師匠と弟子の、理を信じる二人の心が、成層圏の火花の中で重なり合った。
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次回お楽しみに。




