第十九話:無人機軍団、あるいは鋼鉄の蝗(いなご)
高度二万メートル。成層圏の縁、宇宙の深淵を覗かせる漆黒に近い空の下で、その「災厄」は産声を上げた。
教皇庁の移動聖域――魔導艦『ゴルゴダ』の側面ハッチが一斉に開き、中から無数の銀色の影が吐き出される。
それは、教皇庁が総力を挙げて開発した最新鋭無人機『レムレース』の改良型であった。精霊石を動力源としながら、その外殻にはセリナの物理学を盗用した流体制御用のフィンが備えられ、一機一機が意志を持たぬ兵器として完成されている。
その数、約百。
物理航空団の精鋭わずか十五機に対し、圧倒的な物量であった。
『セリナ・アルスタイン。君が教えた「理」は、こうして数という力に変換される。個の奇跡など、この鉄の濁流の前では塵に等しい』
リヒターの冷徹な声が通信網を震わせる。
百機のレムレースが、一つの巨大な意志を持つ「蝗の群れ」のように陣形を組み、物理航空団へと襲いかかった。
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「セリナ様! 敵、接近! 各方位から同時突撃です! これでは回避の隙間がありません!」
第1小隊長、レンの鋭い報告が響く。彼の小隊には二十機以上のレムレースが四方八方から肉薄していた。敵は撃墜を恐れず、機体を盾にして障壁を展開し、文字通り「押し潰す」戦術を仕掛けてくる。
「レン、慌てるな。奴らは一つの意志じゃ。ならば、その神経を逆手に取るわい。各員、陣形ヴォルテックス・チェイン展開じゃ」
セリナ・アルスタインは、アーク・フェニールⅣ『エグゾスフィア』の操縦桿を静かに、だが力強く握り直した。
十六歳の少女の瞳には、かつての戦場で数万の敵を迎え撃った老兵の冷徹な計算が宿っている。
「師匠、全機のデータリンク、アラクネ経由で直結しました。各機の位置情報をミリ単位で補正し、共有します」
フェイが冷静な手つきで、後方の指揮官機に座るミリーとポロの演算を全機へ分配した。一番弟子としての彼女の役割は、セリナが描く壮大な数式を、戦場という過酷な現実へと落とし込むことにある。
「よし。フェイ、始めるぞ。サシャ、第2小隊をわしの後方に。クラウス、第3小隊は外郭で気流の楔となれ」
セリナの命令一下、十五機の銀翼が巨大なドリルを描くように螺旋状の編隊を組み始めた。
第3部隊の責任者であり、第3小隊長を務めるクラウスが、冷静に機体を旋回させる。
「了解しました、セリナ様。第3小隊、外郭を固めます。物理的な干渉波、放射開始」
魔法に頼るレムレースたちは、敵が逃げるのをやめて密集したことに、制御プログラム上の「隙」を見出したかのように、一斉にその中心部へ突っ込んでくる。
『……愚かな。密集すれば、一撃で全滅するだけだというのに』
リヒターが呟いた瞬間、セリナは不敵に口角を上げた。
「空を知らぬ人形どもが。物理を食らって自壊せよ」
十五機が放ったのは、弾丸ではない。
極超音速で飛行しながら、各機が意図的に機首を微動させ、背後に「強力な後流渦」を発生させたのだ。
物理学において、飛行機の翼の後ろには見えない空気の渦が発生する。通常は後続機にとって危険な障害物となるこの「乱気流」を、セリナは計算によって連結させ、敵を絡め取る「目に見えない空気の鎖」へと変えたのである。
$$St = \frac{fL}{V}$$
アイゼンがかつて提唱したストローハル数の理論に基づき、セリナは十五機の機体距離と速度を絶妙にコントロールした。敵のレムレースが陣形内に飛び込んだ瞬間、各機が放った渦が互いに干渉し、巨大な「空気の共振」を引き起こしたのだ。
「見てください、アイツら、魔法障壁が物理振動に負けてます!」
フェイの声が響く。
螺旋の陣形に飛び込んだ百機のレムレースは、突如として制御不能に陥った。彼らの高度な姿勢制御プログラムは、魔法的な攻撃には対応していても、物理的な空気の「共振」という予測不能な外力には対応しきれなかった。
「今じゃ! レン! サシャ! 理を叩き込め!」
「了解、セリナ様! 第1小隊、一点集中!」
「あたいに続いて! ぐちゃぐちゃにしてやるよ!」
混乱し、互いに接触し始めた無人機の群れに対し、十五機の精鋭が牙を剥いた。
レンの第1小隊が敵の指揮機を貫き、サシャの第2小隊が姿勢を崩した機体を次々と物理弾頭で粉砕していく。
しかし、リヒターも即座にプログラムを書き換え、残った機体を一つの巨大な「盾」として連結させた。
『悪あがきを。ならば、このまま心中と行こうか』
レムレースの群れが、紅蓮の光を放ちながらセリナの旗機へと特攻を仕掛ける。
その時、クラウス率いる第3小隊の一機が、セリナの前へ割り込んだ。
「セリナ様、ここは行かせません!」
若きパイロットの叫びと共に、数十機のレムレースがその機体へ激突、爆発した。
「第3小隊、4番機被弾! 翼がもげました! 脱出します!」
クラウスの緊迫した報告が届く。激しい爆炎の中から一筋の脱出ポッドが射出された。機体は大破したが、アラクネの救助パルスが即座にその位置を特定した。
「よくやった。誇りに思え。フェイ、ポロ、脱出ポッドの収容を優先せよ。クラウス、そのまま支援を続けろ」
「了解。……。これより収容作業の援護に入ります」
フェイの冷静な対応を受け、セリナはエグゾスフィアのスロットルを最大まで押し込んだ。
目の前には、未だ数十機の無人機を従え、悠然と浮かぶ魔導艦『ゴルゴダ』。
「リヒター、人形をいくら並べても、わしの計算からは逃げられん。物理は常に真実を選ぶ。お主の偽りの空、ここで墜としてやるわい」
セリナの機体から、青白いプラズマが溢れ出す。
それは、空気摩擦を味方につけ、大気そのものを刃に変えた物理学の極致。
百の蝗を散らした十五の銀翼は、今、巨悪の心臓部へと機首を揃えた。
ご愛読ありがとうございます。
圧倒的物量を「理の連帯」で打ち破った第十九話。一機の機体損耗(脱出成功)を出しつつも、十五機の翼は健在です。
次回、二十話「絶体絶命、あるいは成層圏の火花」。
戦火は要塞アイアン・パレスへ。老兵ガッツの意地が火を噴きます。お楽しみに!




