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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第八話:観察者たちの受難、あるいは銀髪の深淵



 セリナ・フォン・アルスタインという少女は、王立機導学園において一種の「怪異」になりつつあった。

 入学から数日。彼女がシンクロ率0%という歴史的な「無能」である事実は周知の通りだが、彼女を取り巻く空気は、蔑みから、ある種の困惑と不気味な畏怖へと変質し始めていたのである。




 ***




【Fクラス・男子生徒:ジャックの視点】


「……ちっ。なんだってんだ、あいつは」


 第四演習場、埃っぽい教室の隅で、俺――ジャックは、一人静かに座るセリナを盗み見ていた。

 銀髪を揺らし、窓の外を眺めるその横顔は、言葉を失うほどに儚い。今にも風に溶けて消えてしまいそうな、脆い硝子細工のようだ。……だが、俺は知っている。あいつの手が、ただの「お嬢様の手」じゃないことを。


 昨日のポーン一型の清掃実習だ。

 俺は「汚れるから座ってろ」と言った。当然だろ。あんな真っ白な手が油にまみれるなんて、見ていられねえ。

 だが、あいつは雑巾を手に取ると、迷いなく機体の膝関節に跪いた。その瞬間、あいつの纏う空気がガラリと変わったんだ。


 あいつの手つきは、掃除なんて生易しいもんじゃなかった。

 指先が関節の隙間を探る動き。ボルトの頭を撫でる仕草。……。……。……あれは、長年鉄を弄り回してきた、熟練の職人の手だ。俺の親父は街の整備士だが、親父だってあんなに「鉄と対話するような目」はしていなかった。


 そして何より、あの「よっこいしょ」だ。

 あいつが重いパーツを動かすとき、無意識に漏らすあの老成した呟き。

 周囲の連中は「古の貴族の言葉遣いかしら?」なんて呑気なことを言ってるが、俺には分かる。あれは、何十年も重荷を背負い続けてきた人間が、自分を鼓舞するための……そう、俺の爺ちゃんが言っていたような、重みのある言葉だ。


「……セリナ。お前、本当は何者なんだよ」


 俺が思わず呟いた時、あいつがゆっくりとこちらを向いた。

 半分閉じたような、眠たげな碧眼。……。……。……。その瞳の奥に、一瞬だけ、鋭い鷲のような光が見えた気がした。

 俺は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。


「……おー。ジャックさん。……。……。……。そんなに睨まんでも、飴玉ならもう持ってはおらんぞ。……。……。……。若いうちは腹が減るのう」


 あいつはそう言って、優雅に、しかしどこか年寄り臭い仕草で首を振った。

 ……美少女の皮を被った、得体の知れない「何か」。それが、俺の抱いたセリナ・フォン・アルスタインへの第一印象だった。




 ***




【体力錬成担当教官:ガレットの視点】


「……あり得ん。こんなデータ、過去に一度も見たことがない」


 教官室。俺は、先日の長距離走の記録をモニターに映し出し、頭を抱えていた。

 セリナ・フォン・アルスタイン。

 シンクロ率0%の「無能」と判定されたはずの少女。

 だが、彼女が走り続けていた三十分間のバイタルデータは、異常の一言に尽きた。


 心拍数。呼吸数。魔力の血中濃度。

 通常、人間が走り続ければ、これらの数値は山を描くように変動する。だが、彼女の数値は、走り始めから終わりまで、定規で引いたように一定フラットだった。

 それも、ただ低いのではない。機殻騎士の操縦中に求められる『最適値』で、完全に固定されている。


(……これは『才能』などという言葉で片付けられるものではない。……。……。……。数千回、数万回の死線を潜り抜け、肉体の限界を脳に叩き込んだ者だけが到達する、『生存の究極形』だ)


 なぜ、十二歳の少女にそれができる?

 彼女が行っていた、あの奇妙な準備運動。首を鳴らし、肩甲骨を回すあの動き……。

 我々が教える近代的な体操とは対極にある、無骨で、実戦的な「機動準備プレ・フライト」。

 まるで、これからマッハの速度で空へ飛び出すパイロットのような……。


「……。……。……。アルスタイン。……。……。……。貴女の後ろには、一体どんな『師』がいるというのだ」


 彼女が時折見せる、あの隠居老人のような深い溜息。

 あれは絶望の溜息ではない。

 すべてを悟り、すべてをやり遂げた後の、深い平穏から来るものだ。

 俺は、自分の教え子を「観察」するたびに、逆にこちらが試されているような、奇妙なプレッシャーを感じずにはいられなかった。




 ***




【上位クラス(Aクラス):アルベルト・フォン・公爵令息の視点】


 上層バルコニーから見下ろす演習場は、実に見晴らしが良い。

 最新鋭の機体を操る我が同胞たちの輝きに比べ、隅の方で泥を捏ねているFクラスの連中は、まるで地面を這い回る虫のようだった。


「……。……。……。だが、あの銀髪だけは別だ」


 セリナ・フォン・アルスタイン。

 かつての名門、今は没落の崖っぷちに立つ哀れな令嬢。

 彼女がシンクロ0%だと聞いた時は、笑いが止まらなかった。神は彼女に美貌を与えながら、騎士としての魂を剥奪したのだ。実に皮肉な、残酷な喜劇ではないか。


 だが、その「美貌」は……想像を絶していた。

 泥だらけのジャージを着て、古臭いポーン一型を掃除している姿でさえ、彼女は聖なる光を纏っている。

 

「……。……。……。ふん。……。……。……。あのような美しい花に、泥臭い鉄を触らせるなど、学園の教育も落ちたものだ」


 俺の心の中には、醜悪な独占欲が渦巻いていた。

 機体に乗れない無能。ならば、戦場に出る必要もない。

 彼女は、我が公爵家の奥座敷に鎮座し、俺の愛を一身に受ける「鳥籠の中の小鳥」であるべきだ。

 彼女のあの、常にどこか遠くを見つめる、儚げな表情。

 あれは間違いなく、騎士になれない己の運命を悲しみ、救いを求めているサインだ。


「安心しろ、セリナ。……。君を、あの汚いFクラスから救い出してやる。……。君はただ、俺の横で微笑んでいればいい。……。鉄の匂いなど、君の肌には似合わないからな」


 俺がそんな下卑た妄想に浸っていることなど、彼女は露ほども知らないだろう。

 ……そう、あそこで彼女が、フェイという侍女と何を話しているかなど、誰にも聞こえはしないのだから。




 ***




【Fクラス・女子生徒:ミリーの視点】


「……ふぅ。……。……。……。……。よっこいしょ」


 早朝。女子寮の誰もいない中庭で、私はセリナ様に教わった『秘儀』を実践していた。

 全裸に、乾いた一枚の布。

 それで自分の肌を、赤くなるまでこすり上げる。セリナ様はこれを『乾布摩擦かんぷまさつ』と呼んでいた。


「……熱い。……。……。……。身体の芯から、魔力が沸き上がってくるみたい」


 シンクロ率が低く、家でも「給料泥棒」と蔑まれてきた私。

 学園でも落ちこぼれとして、ずっと下を向いて生きてきた。

 そんな私に、セリナ様は優しく……いえ、あの深い、すべてを見通すような碧眼で、こう仰ったのだ。


『……ミリーさん。……。……。……。自分を磨くことをやめた機体は、ただの錆びた鉄屑じゃ。……。……。……。身体を磨け。血を回せ。……。……。……。そうすれば、精霊なんていなくても、あんたの魂はちゃんと叫び始めるわい』


 セリナ様が仰ることは、時々難しい。

 でも、あの「よっこいしょ」と腰を叩くあの仕草。あれは、私たちの苦しみを、すべて代わりに背負ってくださっている聖女の苦悩なのだと、私は気づいてしまった。


 乾布摩擦を終えると、不思議なほど心が軽い。

 セリナ様は、私たちFクラスを見捨てない。

 あのお方は、今の歪んだ精霊至上主義の世界を、その小さな手で壊そうとしている……歴史に名を残す、革命家に違いないのだわ。


「……セリナ様。私、一生ついていきます!」


 中庭に響く、少女の決意。

 ……ちなみに、その様子を通りすがりの警備員に見られ、変な目で見られたことなど、今の私にはどうでもいいことだった。



 ***



【まとめ:エースおじいちゃんの独白】


「……へっくし! ……。……。……。……。……。おー、寒。……。……。……。誰か俺の噂でもしておるのか。……。……。……。……。フェイ、茶の代わりにお湯を持ってこい。……。……。……。……足先が冷えていかんわい」


「師匠、またおじいちゃん全開になってますよ。……ほら、窓の外見てください。上級クラスのアルベルト様が、獲物を狙う目でお嬢様(師匠)を見てますよ。……あと、ミリーさんが中庭で必死に自分をこすってます。教え方が極端すぎるんですよ、師匠は」


「……。……。……。やかましい。……。……。……。……。乾布摩擦は、すべての健康の基本じゃ。……。…….……。あいつも、これで少しはマシな肺活量になるじゃろう。……。…….……。……それよりフェイ。……。…….……。……。明日の『初搭乗実習』の予定は?」


「バッチリです。教官たちは、師匠を乗せない方向で話し合ってたみたいですけど、アルベルト様が『無能が恥をかく姿を見たい』って横槍を入れたおかげで、無理やり搭乗リストに入れられました。……良かったですね、師匠」


「……。…….……。……。ふふん。…….…….……。……。若造の功名心に感謝じゃな。…….…….……。……。よっこいしょ。…….…….…….……。さて、明日はどの程度『本気』を見せてやるかな」


 銀髪を揺らし、お茶(お湯)を啜りながら、セリナ――エドワード・グレイは不敵に目を細めた。

 周囲の誤解、蔑み、崇拝、執着。

 そんなものはすべて、マッハの空へと飛び出す際の、空気抵抗に過ぎない。


 伝説のエース、いよいよ、二度目の初陣フライトの刻が近づいていた。


(つづく)


第八話をお読みいただき、ありがとうございます!


今回は「周囲の人々から見たセリナお嬢様」という視点でお届けしました。

本人はただ「お茶を啜り、腰を叩き、弟子の指導をしているだけ」なのですが、他人のフィルターを通すと、それが「職人の神業」だったり「失伝した秘奥義」だったり、はたまた「鳥籠に閉じ込めたい悲劇のヒロイン」だったりに変換されてしまう……というギャップを楽しんでいただければ幸いです。


特に教官ガレットの視点は、本作の「パイロットとしての凄み」を専門的に補完する役割を持たせています。

また、ミリーの乾布摩擦教(?)の誕生により、Fクラスに奇妙な一体感が生まれつつありますね。


次回、いよいよ第九話。

「初搭乗実習」で、ついにセリナ(おじいちゃん)が、誰も動かせないと言われたボロ機体を「マニュアル操作」で起動させます!

この世界の常識が粉々に砕け散る瞬間を、ぜひご期待ください。


「周囲の勘違いの落差が酷すぎるw」「アルベルト、フラグ立てすぎじゃない?」

など、感想や評価をいただけますと、執筆の大きなエネルギーになります!

よろしければ、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、セリナの初陣を応援してください!


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