第六話:無人機襲来、あるいは精密なる敵意
小出しで投稿していきます…!
高度二万五〇〇〇メートル。
空中要塞『アイアン・パレス・アルファ』の観測デッキは、絶対零度に近い外界を遮断する強固な防弾ガラス越しに、成層圏の深い紺碧を映し出していた。
セリナ・アルスタインは、いつものようにガッツが淹れた茶を啜り、微かな油の匂いに鼻を解かせていた。
「……。この茶、今日は少し火力が強すぎたのではないか。ガッツの奴、またボイラーの余熱で淹れおったな」
中身が六十五歳の老兵である彼女にとって、この静寂こそが最も落ち着く時間だった。だが、平和な時間は突如として、ブリッジから響き渡る警報音によって切り裂かれた。
「セリナ様! 第五警戒空域に高エネルギー反応! マナの潮流が不自然に……いえ、機械的に収束しています!」
ミリーの悲鳴に近い通信が、要塞内に響く。セリナは茶碗を置くと、表情を瞬時に「エース」のものへと塗り替えた。
「……。祈りで空が飛べるなら苦労はせんわい。ポロ。敵の機影を投影せよ」
即座にデッキのホログラムが起動し、雲海を割って急上昇してくる無数の小さな光点を映し出した。それは一見すると渡り鳥の群れのようだったが、その機動には生物的な揺らぎが一切存在しなかった。
「敵機、数およそ五十! 識別信号……ありません。教皇庁の登録機体リストには該当なし。ですが、この熱源反応は、精霊を動力源としながらも、物理的なスラスターを併用しています!」
ポロの報告を受け、セリナは既にハンガーへ向かって走り出していた。通路を駆け抜ける彼女の脳内では、前世での数多の空戦データが高速で検索されていく。
「……。意思のない軍勢、か。趣味の悪い。教皇庁もついに物理の有効性を認めよったか」
第一ハンガーでは、ガッツとフェイが『アーク・フェニールⅢ』の最終チェックを終えていた。
「嬢ちゃん、待ってたぜ! こいつのエンジンはすでにマッハ三仕様に暖めてある。だが気をつけな。外の連中、普通の魔導騎士じゃねぇぞ」
「師匠、準備完了です! 外部マナセンサーに異常な波形を確認しました。あれは、精霊と対話していません。精霊を『電池』として強制拘束し、その魔力を計算回路で消費させています!」
「……。電池、だと。精霊を燃料として燃やすのと、魂を縛って搾り取るのは別物じゃ。反吐が出るわい」
セリナはコックピットに飛び込み、慣れ親しんだ操縦桿を握り締めた。キャノピーが閉まり、物理回路が静かに、しかし力強く目覚める。
「イザベラ、カタパルト射出用意。若造どもに、機械を扱う最低限の倫理を教えてやるわい」
「承知いたしました、お嬢様。物理の祝福を。第一・第二小隊、展開開始!」
ドォォォォォォォォォン!!
爆音と共に、アーク・フェニールⅢが成層圏の薄闇へと放たれた。眼下に広がる雲海からは、漆黒の無人機『レムレース』が、約五十機の編隊を組んで殺到してくる。自軍のケストレル小隊は十五機。数では劣るが、こちらは血の通ったエースたちの集団だ。
「あねご、こいつら気持ち悪いよ! 全然怯まないし、僚機が墜ちても一ミリも編隊を崩さない!」
サシャの駆るケストレルが、無人機の鋭い包囲に翻弄されていた。レンが盾となってその周囲を旋回するが、レムレースはまるで一つの巨大な意志に操られているかのように、精密な連携で二人を追い詰めていく。
「サシャ、落ち着け! こいつらは人間ではない。プログラムされた最短経路で動いているだけだ!」
レンが装甲で一撃を受け流しながら叫ぶ。そこへ、クラウスの冷静な通信が割り込んだ。
「全機、私の指示に従え。ポロ、敵の命令周波数を特定した。物理ジャミング、開始。精霊を磨り潰して動くデタラメな知性に、物理学の厳しさを教えてやる」
空中要塞から強力な電波と音響ノイズが放たれた。物理的な振動が、無人機の内部で精霊を縛り付けていた命令系統(呪縛)を乱し始める。レムレースの動きが一瞬、ガクガクと不自然に凍りついた。
「……。隙ありじゃ。フェイ、火力を集中させろ。一番から十番まで、一気に掃除するぞ」
「了解、師匠! 高度三万から、物理定数の『重み』をお見舞いします!」
はるか上空に潜んでいたフェイの『アルテミス・ハイド』から、超加速されたタングステン弾が降り注いだ。物理計算に基づいた完璧な偏差射撃が、機能を停止しかけた無人機を次々と粉砕していく。だが、残った無人機は即座に学習を開始した。ジャミングの周波数を回避し、再び統制の取れた機動でセリナに襲いかかる。
「……。ほう。学習機能持ちか。だがな、若造。マニュアル操作の醍醐味は、その計算の外にあるんじゃよ」
セリナはアフターバーナーを全開にした。アーク・フェニールⅢの双発エンジンが咆哮し、機体は瞬時に音速の三倍へと到達する。断熱圧縮によって機体表面が白く輝き、巨大な空気の槍と化したセリナは、敵の編隊の中央へと突っ込んだ。
「――衝撃波を喰らえい!」
セリナが強引に機体を横転させ、空気の壁を物理的な打撃として叩きつける。魔法の障壁も持たない無人機たちは、その圧倒的な圧力差に耐えきれず、装甲を紙細工のように圧壊させて爆散していった。
一時間後。戦域を離脱したアイアン・パレスのハンガーには、回収されたレムレースの一機が置かれていた。ガッツとアイゼンが、眉間に深い皺を寄せてその残骸を検分している。
「……。アイゼン。お主の目には、こいつはどう映る」
セリナがコックピットから降り、茶を一口啜ってから問いかけた。アイゼンはモノクルを直し、震える指先で無人機の制御基板を指差した。
「セリナ。これは、冒涜ですよ。物理的な論理回路の中に、無理やり精霊の意識を『定数』として組み込んでいる。魔法を否定し、物理を崇めるふりをしながら、その実、最も残酷な形で精霊という奇跡を消費している」
「嬢ちゃん。こいつのエンジン部を見てくれ。このピストンの加工、ニコラやジャックがやってるやり方にそっくりだ。教皇庁の連中、俺たちの技術を盗み、あまつさえ自分たちの都合のいいように歪めてやがる」
ガッツの声には、職人としての激しい憤りが籠もっていた。教皇庁は、セリナたちの「物理革命」を脅威と感じながらも、それを拒絶するのではなく、自分たちの権威を維持するための使い捨ての兵器として取り入れ始めたのだ。
「……。面白い。わしの理を真似て、わしを墜とすつもりか。教皇庁の古狸ども。そんな借り物の理で、この空を飛べると思うなよ」
セリナの瞳には、冷徹な怒りの炎が灯っていた。偽善を物理で粉砕するためには、まずは地上の「理」を盤石にしなければならない。
「……。イザベラ。進路はそのまま、次の拠点へ向かうぞ。……。エリュシオン。あの神気取りの玉座を物理の風で吹き飛ばすのは、もう少し先の話じゃな」
「承知いたしました、お嬢様。まずは予定通り、西方の工業都市へ。物理の種を、さらに蒔きに行きましょう」
鋼鉄の要塞は、無機質な敵意の残骸を置き去りにし、雲海の向こうにある次なる目的地へと、その機首を向けた。
【後書き】
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次回「空中空母の日常、あるいは高度二万五千の祝杯」。
お楽しみに。




