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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第七話:更衣室の賢者と、老兵の乾白摩擦



 王立機導学園のカリキュラムは、精霊との対話や魔導工学といった座学だけではない。鋼鉄の巨躯――機殻騎士ギアドライブを意のままに操るには、その加速と旋回がもたらす暴力的なまでの重力加重(G)を受け止める、強靭な肉体が必要とされる。

 そのため、週に一度は全クラス共通の「体力錬成」――平たく言えば、肉体を極限まで追い込む体育の授業が行われるのだ。


「……さて。……。……。……。いよいよ、この時が来てしまったか」


 俺――セリナ・フォン・アルスタイン(中身は六十五歳の頑固親父)は、女子更衣室の入り口で、戦場へ向かう特攻兵のような悲壮な覚悟を決めて、深く溜息をついた。

 隣では、侍女という名の弟子であるフェイが、俺の顔をジト目で覗き込んできた。


「師匠、さっきから鼻の下、コンマ五ミリくらい伸びてません? 大丈夫ですか? その……理性が蒸発して爆発したりしません?」


「……。……。……。……フェイ、失礼なことを言うな。……。……。……。俺を誰だと思っている。……。……前世では、数多の修羅場を潜り抜き、死線を幾度も超えてきた空のエース、エドワード・グレイじゃぞ。……。……。……。若人の肌など、俺からすれば孫の健康状態を確認するのと何ら変わりはないわい」


 実際のところ、俺の内心は凪の海のように穏やかだった。

 更衣室の中に広がるのは、若さ溢れる少女たちの喧騒と、微かな石鹸の香り。だが、六十五年の人生を生き抜き、孫のオムツを替えていた俺の目には、彼女たちは「元気でよろしい。よく食べ、よく眠りなさいよ」と慈愛に満ちた眼差しを向けたくなるような存在でしかない。


 俺は淀みのない所作で、窮屈なドレスのボタンを一つずつ外し、着替えを開始した。


(……おー、最近の若いもんは肌がピチピチしておるのう。……。……。……。風邪を引かんように、早く服を着なさいよ。……。……。……。お、ミリー。お前さんは少し痩せすぎじゃ。没落の心労かもしれんが、もっと米を食わんといかんぞ。身体の芯が細いと、機体の振動に耐えられんからな)


 俺は周囲の視線など一切気にせず、淡々と、しかし極めて効率的に訓練服へと着替えていく。

 前世のスクランブル(緊急発進)任務で叩き込まれた、「一秒でも早く装備を整える」という身体に刻まれた本能。無駄な動きをミリ単位で削ぎ落とし、最短ルートで袖を通し、紐を締める。


 その様子を、周囲の少女たちが息を呑んで見つめていた。


「……見て。セリナ様の、あのお姿」

「なんて……なんて無駄のない、洗練された身のこなしなの。……。……。肌を晒すことを少しも恥じらわず、それでいて一瞬で身を包むあの奥ゆかしさ」

「まるで、戦場へ向かう女神が聖なる鎧を纏う、古の儀式のようだわ……。無駄がなさすぎて、神々しいくらい」


 違う。ただの「早着替えのプロ」じゃ。

 だが、俺の「孫を見守るような穏やかな眼差し」は、彼女たちの目には「周囲の俗世に惑わされない、高潔な賢者の瞳」として映っていたらしい。

 ミリーなどは、俺の視線が自分の細い腕に向けられた瞬間、「……あ、セリナ様が私の体調を案じてくださっている! 慈悲深いお方……!」と、勝手に感動して顔を真っ赤にして固まっていた。




 ***




 演習場に集まったFクラスの面々。

 メインの演習場では、上級クラスの連中が最新のデザインのスポーツウェアで着飾ってキャッキャと騒いでいるが、俺たちFクラスに支給されたのは、数世代前の色褪せたジャージのような、泥の匂いが染み付いた訓練着だ。


「よし、全員揃ったな! まずは準備運動だ! 身体が錆びついている連中は、怪我をしないよう念入りに解せ!」


 教官の号令がかかる。

 周りの生徒たちが、教科書通りの、どこか可愛らしい柔軟体操を始める中、俺は一人、明らかに異質な動きをしていた。


「……ふんっ。……。……。……。よっこいしょ。……。……。……。はぁ、肩が凝るわい。……。……。……。首を回して、頸椎の可動域を確認(クリア・レフト、クリア・ライト)……」


 俺がやっているのは、前世のパイロット時代、出撃前に必ず行っていた「特殊関節稼働訓練プリフライト・ストレッチ」だ。

 急旋回時のG(重力)による頸椎損傷を防ぐため、首と肩甲骨を独特の角度で回し、関節をわざとパキパキと鳴らして、末端まで意識を通わせる。


 ――パキィッ、ゴリッ。


(……おお、いい音じゃ。……。……。……。この音が鳴らんと、コクピットに座った気がせんからな。……。……。……。……さて、次は腰を捻っておくか。……よっこいしょ)


 俺が「よっこいしょ」と腰を深く落とし、独特の呼吸法で体幹を捻る姿を見て、ジャックたちが驚愕の声を上げた。


「……おい、アルスタイン。なんだ、その動きは。……。……。……。見たこともない構えだが、妙に威圧感があるぞ。お前、実は武術の達人なのか?」


「……。……。……。……ああ、ジャックさん。……。……。……。これは、長生きするための秘訣じゃ。……。……。……。関節が錆びついてからでは、操縦桿レバーを引く力も出んからのう」


 俺がいつものように半開きの目で、人生の深淵を説くように告げると、周囲はざわめき立った。


「……長生きの秘訣? いえ、今の構え、指先まで魔力が循環して、大気と共鳴しているように見えたわ」

「失伝した古代の武導術……『古の重力騎士の型』ではないかしら!? セリナ様は、淑女教育の裏でそんな秘奥義まで修得されているのね!」


 ただのラジオ体操に近いストレッチじゃ。……。……。……。だが、俺が『抗G呼吸法』を併用しているせいで、周囲のマナが俺の身体の動きに勝手に引き寄せられ、不思議な光の粒子となって俺の周りで舞い踊っている。

 美少女が「よっこいしょ」と言いながらパキパキと関節を鳴らす姿が、なぜか「神聖な舞」として解釈されていく。世の中、何が功を奏するか分からんもんじゃな。




 ***




 準備運動が終わり、次は「長距離走」だ。

 魔力による「身体強化ブースト」は禁止。純粋な肉体の持久力と魔力循環の効率を計るという、若造どもには最も敬遠される地獄のメニューだ。

 

 教官の合図とともに、一斉に走り出す生徒たち。

 若さゆえの蛮勇か、ジャックたちは最初から全力疾走で砂煙を上げて飛び出していく。


「おらぁぁ! アルスタイン、置いていくぜ! お嬢様育ちのひ弱な脚を見せつけてやれ!」


(……おー、元気でよろしい。……。……。……。だがな、ジャックさん。……。……。……。長距離走の極意は、出力の一定化クルーズ・コントロールじゃ。……。……。……。最初にエンジンをフル回転させすぎると、後でピストンが焼き付いて終わりだぞ)


 俺は、完璧な淑女の走り方――背筋を伸ばし、顎を引き、一見するとお散歩をしているような優雅なフォーム――を維持しつつ、内側では『抗G呼吸法』をフル稼働させていた。

 魔力を「外部への強化」ではなく、血液の循環と内臓の保護に使う。心臓の鼓動を機械のように正確に、一定に保ち、血液中の酸素供給を魔法的に安定させることで、乳酸の蓄積を極限まで抑える。


 三十分後。

 威勢の良かったジャックたちは、すでに泡を吹いて立ち止まり、這いつくばっていた。

 

「……はぁ、はぁ……。……くそっ。……な、なんだよ。……。……。……。あのお嬢様、なんで呼吸一つ乱れてねえんだ……。涼しすぎるだろ……」


 俺は、額に一筋の汗もかかない顔(実際は呼吸制御で体温上昇を抑えているだけだ)で、ジャックの横を優雅に通り過ぎた。


「……。……。……。……若いうちは、こうして土を噛み、汗を流すのが一番じゃ。……。……。……。骨が丈夫になるからのう。……。……。……。ジャックさん、そんなところで寝転ぶと、関節が急激に冷えて老後に響くぞ。……しっかり呼吸マナを整えなさい」


「……ろ、老後って……お前、いくつだよ……」


 ジャックの呆れ果てた声を背に、俺はそのままゴールへと駆け抜けた。

 



 ***




 体力錬成の授業が終わり、休憩時間。

 俺は木陰に座り、フェイが持ってきた魔法瓶からお茶を啜っていた。


「……ふぅ。……。……。……。やはり運動の後は、これに限るな。……。……。……。フェイ、今日のお茶の温度、完璧じゃ。……。……。……。この渋みが、身体中の汚れた残留魔力を洗い流してくれるわい。……よっこいしょ」


「お疲れ様です、師匠。……。……。……。更衣室で女子たちに聖女様扱いされて拝まれてた時はどうしようかと思いましたけど、体力測定も大成功でしたね。ジャック君、完全に師匠のこと化け物を見る目で見てますよ」


 フェイが小声で笑いながら、お茶菓子を差し出す。

 周囲には、疲れ果てて泥まみれになったFクラスの生徒たちが、憧憬と尊敬の眼差しで遠巻きに俺を取り囲んでいた。


「……セリナ様。……。……。……。私たち、あなたのようになりたいです。……。……。……。その、疲れを知らない強靭な身のこなし。……アルスタイン家に伝わる、秘伝の修行法を教えていただけませんか?」


 ミリーが、子犬のような目で俺のジャージの袖を掴んでくる。

 

(……修行法? ……。……。……。ただの長距離走のペース配分と、抗G呼吸法でよければ、いくらでも教えるがな。……いや、待て。こいつらが少しでも丈夫になれば、後に俺の整備の手伝いもできるようになるか)


「……。……。……。……いいですよ、ミリーさん。……。……。……。……ただし、私の訓練は厳しいわよ。……。……。……。……明日からは、朝四時に起きて、まずは冷水を浴びてからの『乾布摩擦』から始めてもらいます。……。……。……。皮膚を鍛え、外気を味方につける。これが基本じゃ」


「かんぷ……まさつ? ……。……。……。冷水を浴びて、布で体をこする……。よくわかりませんが、精神修養の域にある秘技なのですね! 頑張ります、セリナ様!」


 また一人、勘違いした不遇の信者が増えてしまった。乾布摩擦がいつから秘技になったのかは知らんが、まあ健康に良いのは確かだ。

 

「……。……。……。……。よっこいしょ。……。……。……。……さて、フェイ。……。……。……。……休憩は終わりじゃ。……。……。……。……今の走りで、俺のこの幼女の身体における『心肺能力の限界値』のデータは取れたな? ……。……専用機のブースト、あと三割は上げられるぞ。……。……。……。今夜、リアクターの燃料噴射バイパスを焼き直すぞ。……スパナを用意しておけ」


「了解です、師匠。……。……。……。結局、体育の授業も全部専用機のチューニング用データに使っちゃうんですね、この人は。……。……。……。あ、お菓子、おかわりあります?」


 幼女二人の「ゲスい笑顔」が、木漏れ日の中で光った。

 

 絶世の美少女、セリナ・フォン・アルスタイン。

 彼女が更衣室で見せた「賢者の悟り」と、演習場で見せた「古の武術(実はパイロット用ストレッチ)」は、瞬く間に学園中の噂となり、彼女の周囲には奇妙な宗教的熱狂が生まれ始めていた。

 

 中身が「油と茶を愛するおじいちゃん」だとは、誰も――本人以外はフェイを除いて――夢にも思わずに。


(つづく)


第七話をお読みいただき、ありがとうございます!


今回は「女子更衣室」という、前世の男からすれば天国……のはずが、六十五歳のおじいちゃんエースにとっては「元気な孫の健康を案じる、穏やかな場所」でしかないというギャップを描写させていただきました。

下心が一切なく、あまりに無駄のない早着替えが、周囲には「高潔な淑女の嗜み」として誤解されてしまうのは、本作ならではのコメディ要素です。


また、パイロット時代に培った独自のストレッチや「抗G呼吸法」が、魔法世界では「失伝した秘奥義」に見えてしまうという無双要素も盛り込みました。

セリナ自身は「腰が痛い」「肩が凝った」と言っているだけなのですが、それが「神聖な舞」として解釈されるギャップをお楽しみいただければ幸いです。


ジャックやミリーといったFクラスの仲間たちも、徐々にセリナ(師匠)のペースに巻き込まれ、明日からは朝四時の「乾布摩擦」に邁進していくことになりそうです。


「おじいちゃん令嬢、更衣室で悟りを開きすぎw」「乾布摩擦が秘奥義扱いは草」

と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、セリナの学園生活を応援してください!


次回、いよいよ座学の限界を超え、Fクラスのボロ機体を「物理的に」動かす初搭乗実習が……!?

引き続き、よろしくお願いいたします!


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