表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鋼と翼の聖女:鋼鉄の翼と銀の偶像(アイドル)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/90

第五話:狙撃手の休息、あるいはレンとサシャの意地


 空中要塞『アイアン・パレス・アルファ』の深部。精密調整室の空気は、冷却材の冷気と、過剰な集中力が発する熱気で奇妙に歪んでいた。

 フェイは丸眼鏡を僅かにずらし、ホログラム投影された『アステリア・フライト』の繊維構造図を凝視している。その指先は、数時間前から一度も止まっていない。


「……。……フェイ。そこまでにせえ。……。……今のあるじはわしじゃ。命令を聞け」


 背後からかけられた低く落ち着いた声に、フェイの肩がびくりと跳ねた。

 振り返ると、そこには湯気の立つ茶碗を片手にしたセリナが立っていた。蒼い瞳には、機体状態コンディションを見抜くエースとしての鋭さと、愛弟子を案じる老兵の温かさが同居している。


「あ、師匠……。でも、マッハ五の熱障壁ヒートバリアを突破するための耐熱シリコンの定着率が、まだ計算上の限界値に届いていなくて。あと数時間あれば……」


「……。……働きすぎは金属疲労と同じじゃ。……。……目に見えぬ亀裂は、極限状態で機体を内側から粉砕するぞ」


 セリナはフェイの傍らに歩み寄り、その細い手を強引にコンソールから引き剥がした。

 中身が六十五歳のエドワードである彼女にとって、疲労した技術者が犯す一ミリのミスが、空の上でどれほど致命的な結果を招くかは嫌というほど知っている。


「……。……イザベラ。連れて行け。……。……こ奴を最低六時間はベッドに拘束しろ。これは軍律じゃ」


 影から現れたイザベラが、恭しく頭を下げる。


「承知いたしました、お嬢様。……フェイ、行きましょう。お嬢様の命令は絶対です。……。……美容と精神の安定は、物理の理を支える基礎ですから」


「待って、師匠! まだ冷却剤の配合が……!」


 フェイの抵抗も虚しく、イザベラは手際よく彼女を抱え上げ、部屋を後にした。

 静まり返った調整室。セリナは最後の一口の茶を啜り、小さく息を吐いた。


「……。……やれやれ。若造は出力調整が下手でかなわん。……。……さて。わしも少しは体を動かしておくか」




※※※




 第三訓練ハンガー、操縦シミュレーター・エリア。

 そこでは、非番のはずの二人の小隊長が、火花を散らすような模擬戦を繰り広げていた。


「サシャ小隊長! また逸れましたね。それではセリナ様の背中を、教皇庁の魔導弾から守ることはできません!」


 シミュレーターの操縦桿を握るレンが、鋭い声を上げる。

 彼の駆る『ケストレル・カスタム』は、重厚な物理装甲を各部に配した「盾」の仕様だ。魔法を反射するのではなく、物理的な質量と積層装甲で「耐える」ことを極めた機動。


「うるさーい! 撃たれる前に墜とせば問題ないんだよ、レン! あねごの機動についていけない『盾』なんて、ただの重石だって言ってるでしょ!」


 対するサシャの機体は、装甲を限界まで削ぎ落とし、大出力のスラスターを増設した「牙」の仕様。

 彼女は野生の直感のままに操縦桿を振り回し、計算不能の鋭角的な機動でレンの防衛網を突破しようと試みていた。


「いいえ! セリナ様の機動は物理の理そのもの。……。……その軌道を乱さず、全方位を遮蔽することこそが守護者の務めです!」


「あねごはもっと自由に飛びたいはずだよ! 私はそのための道を、一番槍で切り開くんだから!」


 シミュレーターの画面上では、青と赤の光跡が激しく交錯し、警告アラートが鳴り響いている。

 互いにセリナへの忠誠心は随一。だが、その表現方法が「絶対防御」と「超先制攻撃」という対極に位置するがゆえに、二人の意地は平行線を辿っていた。


「……。……相変わらず、やかましい連中じゃな。……。……。……お主ら。そんな無駄な機動をしておっては、燃料エネルギーがいくらあっても足りんぞ」


 ハンガーの入口に、腕を組んだセリナが現れた。

 レンとサシャは弾かれたようにシミュレーターから飛び降り、直立不動の姿勢を取る。


「セリナ様! 非礼をお詫びします!」

「あねご……! ごめん、ちょっと熱くなっちゃって」


 セリナは二人を見比べ、ゆっくりと歩み寄った。

 その歩調は静かだが、エースだけが放つ圧倒的な威圧感が、ハンガーの空気を引き締める。


「……。……レン。お主の盾は確かに堅固じゃが、重心が後ろに寄りすぎている。……。……それでは咄嗟の横滑り(スライド)に対応できず、お主自身がわしの進路を塞ぐ障害物デブリになるぞ」


「……っ! 仰る通りです……」


「……。……サシャ。お主の牙は鋭いが、機体の慣性を無視しすぎておる。……。……その機動、三回に一回は失速ストール寸前じゃ。……。……運に頼るエースは、戦場では長生きできんぞ」


「……。……う。返す言葉もないよ、あねご」


 セリナは空になった茶碗を床に置き、シミュレーターのコンソールに指を触れた。

 脳内で瞬時に二人の模擬戦データを解析し、物理学的な「最適解」を導き出す。


「……。……お主ら。物理とは、歯車の噛み合わせ(ギアラッチ)じゃ。……。……。……盾が重すぎれば翼を折り、牙が鋭すぎれば己を切り刻む。……。……必要なのは競い合いではなく、重心の共有じゃ」


 セリナは二人の間に立ち、宙に物理定数を書き出した。

 レンの堅実さと、サシャの瞬発力。それらを「点」ではなく、一つの「ベクトル」として合成するための、新たな空戦理論。


「……。……レンが敵を惹きつけ、その死角をサシャが突く。……。……。……わしが音速を超えるその一瞬、お主らが一つの『装置』として機能せねば、エリュシオンの高みには届かん」


「一つの、装置……」

「あねごと一緒に、飛ぶための……」


 二人の瞳に、新たな火が灯る。

 単なる守護者や追従者ではなく、セリナという「主翼」を支えるための、物理的な「構成部品パーツ」としての自覚。


「……。……。……わかったら、さっさと訓練を再開せえ。……。……。……次に見る時は、わしの茶が冷める前に決着をつけろよ」




※※※




 数時間後。

 強制的な仮眠から目覚めたフェイが、目をこすりながら訓練ハンガーに姿を現した。

 彼女が見たのは、汗だくになりながらも、驚くほど息の合った連携を見せるレンとサシャの姿だった。


「あら。……。……。……お二人とも、師匠に絞られたみたいですね」


 フェイの皮肉げな言葉に、サシャがシミュレーターの中から片手を上げた。


「フェイ! 起きたの? 見ててよ、あねごに教わった『重心移動の同調シンクロ』! これならいける!」


「セリナ様の理論は、理に適っています。……。……フェイ、あなたも準備を。……。……我々が道を拓いた先、最後に弾丸を叩き込むのはあなたの役目だ」


 レンの冷静な指摘に、フェイはふっと口角を上げた。

 彼女は整備士であり、同時にこの航空団最強の狙撃手でもある。


「言われるまでもありません。……師匠の背中を狙う羽虫まどうしは、高度三万から私がすべて塵に変えます。……それが、私の愛……いえ、メンテナンスの一環ですから」


 フェイの瞳に、再び狂気的な計算式が躍る。

 彼女が調整する「翼」。

 レンが構える「盾」。

 サシャが振るう「牙」。

 そして、そのすべてを束ね、誰よりも高く、速く飛ぶエース、セリナ。


 ハンガーの天井を仰ぎ、セリナは微かに笑みを浮かべた。

 前世の空では、信頼できるウイングマンこそが、生死を分ける唯一の絆だった。

 この世界の空は魔法に汚れ、理不尽に満ちている。

 だが、自分の周りには、泥臭く物理を信じ、己を磨き続ける「若造」たちがいる。


「……。……。……。……お茶を啜りながら眺めるには、悪くない光景じゃな」


 彼女の呟きは、再始動したシミュレーターの重厚な音にかき消された。

 高度三万メートル。

 天空都市エリュシオン。

 物理を否定し、神を自称する者たちが待つ「神域」へ。

 鋼の意志と、研ぎ澄まされた意地を携えて、銀色の航空団は静かに、その爪を研ぎ澄ませていた。


【後書き】

第五話をお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ