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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:遺された暗号と音速の翼

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第三十三話:油まみれのレディ、あるいは地獄の作法教室

ここまでが一区切りです。

まだストックはありますが3部完結まで描き終えてから順次投稿していくスタイルです。


時間は空きますがどうぞよろしくお願いします。

「……お嬢様。覚悟はよろしくて?」


 移動母艦『アイアン・パレス』の一室に、氷点下すら下回りそうな冷徹な声が響いた。

 筆頭侍女イザベラ。彼女の手には、純白のレースと細かな刺繍が施された、およそ戦場には不似合いな「正装用ドレス」が握られている。


「待て、待つのじゃイザベラ! なぜ今、これが必要なのだ!? 私はつい先日、マッハの世界で死線を越えてきたばかりなのだぞ。今は休息が必要……」

「休息ならば、背筋を伸ばし、優雅に紅茶を嗜む時間こそがそれです。お嬢様、王都でのあの野蛮な振る舞い……ガトリングを乱射し、衝撃波で街を揺らすなど、アルスタイン家の令嬢としてあってはならないことですわ。今一度、その根性に染み付いた『油の匂い』を、礼節の香水で上書きさせていただきます」


 イザベラの背後に、巨大なオーラが立ち昇る。セリナは後ずさりしたが、背後にはいつの間にかフェイ、ミリー、そしてルミエが立ち塞がっていた。


「諦めてください、師匠。イザベラさんの教育的指導を回避できる確率は、私の計算では〇・〇二%です」

「そうですよ、師匠! たまには可愛い服を着ないと、女子力が物理的に消滅しちゃいます!」

「冷却効率だけを考えたツナギなんて脱いで、こっちのフリフリに着替えましょう?」


「お、お主ら……裏切ったな!」





 数分後。

 地獄の着せ替えタイムが始まった。しかし、ここで一つの「物理的な問題」が浮上する。


「……入りませんわ」

 イザベラが眉をひそめた。


「な、何を言う。このドレスは、半年前の私のサイズに合わせて作ったはずじゃろう?」

「お嬢様……その、肩周りと大腿部の筋肉が、成長しすぎておりますわ。マッハのG(重力)に耐えるために鍛えられたその肢体は、もはや繊細なシルクを拒絶する『戦闘用フレーム』と化しています」


 そう、操縦桿を握りしめ、ラダーを蹴り飛ばし続けたセリナの体は、見た目こそ美少女だが、その中身は物理の理に磨き上げられたアスリートのそれであった。フェイが鼻息を荒くして身を乗り出す。


「素晴らしい……! ドレスの繊維を内側から引き千切らんとする、この広背筋の張り! これこそが、超音速下でのマニュアル操作を支える『真実の造形』です! 師匠、そのまま力を込めて! ドレスの縫合強度の限界を測定させてください!」


「フェイ、お主、少し黙っておれ! ……くっ、苦しい、イザベラ! 肺が、肺が物理的に圧縮されておる!」


 無理やりコルセットを締め上げられ、華やかなドレスに身を包んだセリナ。その姿は、確かに息を呑むほどに美しかった。白銀の髪に飾られたリボン、レースに縁取られた華奢な肩。……しかし、その瞳だけは、獲物を狙う猛禽のように鋭いままであった。




 着替えが終わると、次は「実技」の作法教室である。

 アイアン・パレスの食堂に、Fクラスの面々が「観客」として集められた。


「ガッハッハ! 師匠、似合わねえな! まるで戦車にリボンをつけたみたいだぜ!」

 ハンスが爆笑し、ガッツも複雑そうな顔で酒を煽る。ニコラとジャックは「あ、あのドレスの関節駆動はどうなってるんだ?」と場違いな考察を始め、ジャンは「この写真、王国軍に売ったら高値がつきますよ」と悪巧みをしている。


「静粛に。……ではお嬢様、お茶をお召し上がりください」


 イザベラが紅茶を注ぐ。セリナは、コルセットのせいで浅い呼吸しかできないまま、震える手でカップを掴んだ。

 だが、彼女の「エースとしての本能」が、思わぬ挙動を引き起こす。


「……重心移動、開始。カップを水平に保ちつつ、機体(体)のロールを最小限に……」

 セリナは無意識に、ティーカップを「操縦桿」のように扱い始めた。紅茶の表面を一滴も揺らさない完璧なジャイロ制御。だが、その動きはあまりにも機敏すぎて、優雅さとは程遠い。


「お嬢様、指先が立っておりますわ。それはガトリングのトリガーを引く指です」

「くっ……つい、偏差射撃の癖が……」


 一口飲もうとするたびに、セリナの脳内では「茶葉の対気速度」や「喉越しの流体力学」が計算されてしまう。彼女にとって、日常の動作は全て物理的なミッションへと変換されていた。


 その時、フェイが我慢できずに飛び出した。

「師匠! そのカップの持ち方は空気抵抗が大きすぎます! もっと指をこう、翼断面のようにしならせて……! ほら、私が直接矯正メンテナンスして差し上げますから!」


「フェイ、お主、どさくさに紛れてまた触ろうとしておるな!?」


 フェイの乱入をきっかけに、ルミエとミリーも参戦。

「師匠、紅茶の温度が高すぎます! 私が冷却液(ただの氷)を入れますから!」

「ああっ、ドレスが汚れる! 師匠、脱いで! 今すぐここで脱いでください!」


「やめぬか! お主ら、規律はどうした、規律はーっ!!」


 阿鼻叫喚の作法教室。

 最終的に、セリナの回し蹴りがハンスの座っていた椅子を物理的に粉砕し、ドレスの裾が派手に破れることで、地獄の時間は終わりを告げた。






 騒動の後。

 セリナはボロボロになったドレスを脱ぎ捨て、いつもの油染みのついたオーバーオールに着替えていた。

 デッキの端で風に当たっている彼女の元に、イザベラが静かに歩み寄る。


「……結局、こうなりましたわね」

「すまぬな、イザベラ。私には、シルクの感触よりも、鉄の冷たさや油の匂いの方が、どうやら肌に合うらしい」


 セリナは、汚れた手で顔を拭い、鼻先に煤をつけたまま笑った。その顔は、先ほどのどんなドレス姿よりも、生き生きとして、そして美しかった。


「いいえ。……やはりお嬢様には、その油まみれの姿が、世界で一番美しくお似合いですわ」

 イザベラは、諦め混じりの、しかし深い慈愛を込めた笑みを浮かべた。


「……さて。イザベラ。遊びは終わりじゃ。……世界が私を標的にしているというのなら、それ相応の準備をせねばな」


 セリナの瞳に、再び物理の理を統べるエースの輝きが戻る。

 背後では、Fクラスの面々が、次なる空への準備のために、ハンマーとレンチを握り直していた。


 油の匂い。鉄の打撃音。

 それこそが、彼女たちにとっての最高のレクイエムであり、新たなる航跡への序曲であった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


第三十三話は、幕間三部作の締めくくりとして、Fクラス全員集合のドタバタコメディを描写いたしました。

セリナの「操縦に特化しすぎた肉体」ゆえにドレスが似合わないという、技術者集団ならではの視点でのコメディ展開を楽しんでいただければ幸いです。


イザベラのスパルタ、フェイの暴走、そして最後は「やっぱり油の匂いが一番」と落ち着く結末。

これで、戦士としてのセリナが日常へと戻り、再び第三部への英気を養うプロセスが完了しました。


面白い、続きが気になる! と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価、感想をよろしくお願いいたします。皆様の応援が、セリナの次なるドレス(新型装甲)の強度を上げます!

次回からはいよいよ、世界全土を敵に回した逃走劇が始まります!


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