第三十一話:蒸気と油、あるいは聖女の休息
15歳以上対象…でいいのかな。
お風呂回です
移動母艦『アイアン・パレス』。
原生林の奥深くに沈黙するその巨大な鉄塊の内部は、常に鈍い駆動音と、重厚な油の匂いに満ちていた。王都ナハトでの決戦から数日。白銀の猛禽『アーク・フェニールⅡ』は、ニコラやジャックの手によって解体・整備が進められ、Fクラスの面々もまた、溜まった疲労を癒やすための時間を許されていた。
「……ふぅ。ようやく、このベタつきから解放されるか」
セリナは、油汚れと火薬の煤で黒ずんだ耐Gスーツを脱ぎ捨て、母艦の最下層にある「蒸気浴場」へと足を踏み入れた。
そこは、物理エンジンの冷却排熱を利用した、この母艦で唯一の潤いの場である。無骨なリベット打ちの鉄板に囲まれた空間には、高温の蒸気が立ち込め、剥き出しの配管からは時折、熱水が噴き出す音が響く。およそ令嬢の入浴には程遠い光景だが、鉄と油の理を愛するセリナにとっては、どの豪華客船のサロンよりも落ち着く場所であった。
セリナは、少女特有の細い指先で、首元に張り付いた白銀の髪をかき上げた。
蒸気の中に現れたその肢体は、観る者を息を呑ませるほどの「二律背反」を孕んでいた。
十三歳の少女らしい、透き通るような白い肌と、未発達ゆえの儚い曲線。しかし、その内側には、マッハの空で九Gを超える重力加速度を耐え抜き、肉体そのものを「操縦装置」の一部として機能させるための、しなやかな筋肉が宿っている。
ラダーペダルを力強く踏み抜くための、引き締まった大腿部。
操縦桿からの物理振動を全身で受け止め、体幹を支えるための、薄くも強靭な腹筋。
そして、背中には、まるで翼の骨組みを思わせるような、鋭く、美しい肩甲骨のラインが浮き上がっている。
「……まさに、機能美。これこそが、空を統べるための黄金比……」
突如、蒸気の向こう側から、陶酔しきった吐息混じりの声が響いた。
セリナが驚いて振り向くと、そこには湯気に濡れた眼鏡を指で押し上げ、鼻血が出る寸前の熱い眼差しを向けるフェイが立っていた。
「フェ、フェイ!? お主、いつからそこに……!」
「師匠が入室した瞬間からです。……いえ、正確には、師匠が耐Gスーツを脱ぎ、その皮膚表面の温度が上昇し始めた一六分前から、私はこの『観測ポイント』で待機しておりました」
フェイは、手に持った特殊な「計測器つきのスポンジ」を掲げ、一歩、また一歩とセリナへ歩み寄る。その瞳には、親愛を通り越した、狂気的な技術者としての執着が宿っていた。
「さあ、師匠。メンテナンスの時間です。……戦いによって蓄積された筋繊維の疲労、および毛穴に詰まった重油の不純物。これらを完璧に除去できるのは、この世界で私だけです。他の誰にも、あなたの『外装』を触らせるわけにはいきません」
「待て、待つのじゃフェイ! 私は自分で洗える! お主、その目は整備対象を見る時の目じゃぞ!」
「同じことです! 師匠の肉体は、アーク・フェニールⅡの一部……いえ、最も重要なメインプロセッサーなのですから! ほら、じっとしていてください。……あぁ、見てください、この僧帽筋のしなり。……素晴らしい。マニュアル操作による急旋回の負荷が、ここに完璧な『理』を刻んでいます……」
フェイは、セリナの背後に回り込むと、まるで最高級の精密機器を扱うような手付きで、その背中に手を触れた。
熱を帯びたフェイの手のひらが、セリナの白い肌をなぞる。
セリナは、背中を走るゾクりとした感覚に、思わず声を漏らした。
「ひゃうんっ!? ……な、何を、どこを触っておる!」
「キャリブレーションです。……師匠、左の肩甲骨周辺に、コンマ数ミリの歪みを感じます。……ポロの制御系をリンクさせた際、左の引き込みが甘かったのではないですか? ……あぁ、いけませんね。……私が、もっと、深く、あなたの筋肉の奥まで……解して差し上げますから」
フェイの声が耳元で囁かれる。彼女の指先は、マッサージという名目を超え、もはや肉体という構造物の深淵を探るような、執拗で、熱い愛撫に変わっていた。
セリナの、操縦で鍛えられた強靭な肉体が、フェイの「技術」によって、じわじわと甘い痺れに侵食されていく。
「ふ……ぅ、ぁ……。フェイ、お主……腕を、上げたな……。くっ、理屈ではわかっておるのに、力が……」
「そうです、師匠。……あなたのバイタルは、今、完全に私の管理下にあります。……鼓動の速さ、毛細血管の拡張。……全て、私の計算通り。……あなたは、私の手のひらで、ただの『少女』に戻ればいいのです……」
フェイのヤンデレ気味な独占欲が最高潮に達しようとしたその時、浴場の扉が乱暴に開かれた。
「ちょっと! フェイだけズルいじゃない! 私だって、師匠の『冷却効率』をチェックしに来たんだから!」
「ルミエ!? それにミリーまで……!」
ルミエが自作の「冷却成分配合石鹸」を、ミリーが「肌の通電率を上げるオイル」を手に、蒸気の中へと乱入してきた。
「師匠、お肌が乾燥したら、神経系の伝達速度が落ちちゃうわ! 私が隅々までオイルを塗ってあげる!」
「ルミエ、温度管理は私の仕事よ! 師匠の体温を、私が直接……肌と肌を合わせて確認してあげるんだから!」
「お主ら……! やめぬか! 私は……私は機体ではないと言っておろうがーっ!!」
ドタバタという音と共に、蒸気浴場は一瞬にしてカオスな戦場へと化した。
数分後。
結局、三人に徹底的に「洗われ」たセリナは、真っ赤な顔をして脱衣所に座り込んでいた。イザベラが用意した、清潔で、それでいて少しだけ可愛らしい刺繍の入った下着を身に着けながら、彼女は大きくため息をつく。
「……マッハ一・五の空戦よりも、お主らとの入浴の方が、よほど疲れるわ……」
窓から見える夜空には、静かに月が浮かんでいる。
自らの腕、白く細いながらも、確かな物理の力を宿したその肢体を見つめ、セリナは少しだけ微笑んだ。
前世では、戦いの後の孤独こそがエースの証だと思っていた。だが、こうして油臭い仲間たちに、半ば強引に「人間」として扱われる時間も、悪くはない。
……まあ、フェイのあの「次のメンテナンス(お風呂)計画」と書かれた分厚いノートを見なければ、の話だが。
「……さて。次は、あの老人どものところへも、少しばかり顔を出してやるかのう」
セリナは、まだ熱を持った体に、心地よい夜風を浴びながら、アイアン・パレスの奥へと歩き出した。
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