第二十八話:魔法の終焉、あるいは物理の理
王都ナハトの空に、巨大な紫色の花火が散った。
帝国の最新鋭魔導機兵『アポカリプス・リヒター』。魔法と物理を醜悪に融合させたその魔神は、白銀の刃によって真っ向から両断され、数千の鉄屑となって夕闇に沈んでいく。
だが、その劇的な幕引きは、真の「絶望」の序章に過ぎなかった。
――グォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
遅れてやってきた衝撃波が、王都を襲った。
魔法障壁を失った王都は、無防備な肉体も同然だった。超音速機動によって圧縮され、積み上げられた巨大な「空気の壁」が、目に見えるほどの陽炎を伴って地上の全てを薙ぎ払う。
パリパリンッ!! と、王都中の窓ガラスが同時に砕け散った。
王立魔導学院の尖塔に掲げられていた、歴代の大魔導師たちの石像が、物理的な圧力に耐えきれず根元からへし折れる。
それは、王国が数百年かけて築き上げてきた「魔法という名の権威」が、ただの空気の塊によって物理的に粉砕された瞬間であった。
「……ありえない。あんな、ただの風が……我らの歴史を、これほどまで容易く……」
泥に塗れた貴賓席で、マクシミリアン中将は震える手で地面を掻いた。
彼の目の前には、かつて「最新鋭」と誇っていた『エクス・レガリア』の首だけが転がっている。魔導回路は焼き切れ、美しい装甲はただの汚れた銀細工に成り果てていた。
彼らがゴミと呼び、野蛮と捨てた「鉄と油」の塊が、彼らの信じる神(魔法)を殺したのだ。
その光景を、上空二〇〇〇メートルで水平飛行へと移ったセリナは、冷徹に見下ろしていた。
「……ポロ、ミリー。各動翼の熱膨張率を確認せよ。……ルミエ、冷却液の残量は?」
「師匠! 右主翼のリベットが三本飛んでるけど、まだ保てる! 神経系、感度維持!」
「ルミエです! 冷却液、残量一五%! 循環ポンプが悲鳴を上げてますが、師匠の翼を溶かさせはしません!」
通信機越しに響く、Fクラスの面々の切迫した、しかし歓喜に満ちた声。
地下ドックでは、エレーナが狂ったように計算機を叩き、勝利の余韻に浸る間もなく次なる機体負荷のシミュレーションを行っていた。
「セリナ様、周辺の魔素分布に乱れはありません。……つまり、今の衝撃波は純粋な流体力学の産物です。計算通り、魔法による中和は不可能です。……ふふ、勝負になりませんね。物理に逆らうなど、算術を知らぬ子供の我儘と同じです」
エレーナの冷徹な分析に、ハンスが豪快な笑い声を重ねる。
「ガッハッハ! 見たか、あのエンジンの咆哮を! 俺が据え付けたピストンが、魔法の障壁ごと空をぶち抜いたんだ! 鉄は裏切らねえ、油は嘘をつかねえ! ざまぁみやがれ、王国軍の腰抜け共め!」
ニコラとジャックは、互いの肩を叩き合いながら、自分たちが仕上げた部品の数値を噛み締めていた。
「ジャック、お前が打ったフレーム、一ミリも歪んでねえぞ」
「当たり前だ、ニコラ。お前の削ったネジが緩まねえんだからな。……師匠、俺たちの理は、間違ってなかった!」
ガッツとジャンは、予備の資材を抱えながら、モニターに映る白銀の機影に涙を流していた。
「ジャン……俺たちが拾い集めたあの『呪われた鉄』が、今、世界で一番美しく光ってるぞ」
「ええ、ガッツさん。あれはもうゴミじゃない。空を支配する、真実の鋼だ」
Fクラス十二人全員の想いが、通信回路を通じてコックピットのセリナへと集約される。
彼女は、血の気の引いた王都の惨状を、そして自分を「出来損ない」と蔑んだ父・アルスタイン伯爵が、遠く離れた本邸のテラスで腰を抜かしているであろう方向を、一瞬だけ見据えた。
「……さて。お主たちの『教科書』には、今起きた現象の正解は載っておるかな?」
セリナの声は、広域通信を通じて、王都中の魔導受信機へと叩き込まれた。
「物理とは、奇跡ではない。それは誰にでも公平で、残酷なまでに実在する理じゃ。お主たちがどれほど祈ろうとも、重力は等しくお主らを地に縛り、慣性はお主らの肉体を押し潰す。……魔法という名の『嘘』で塗り固めた平和の時代は、今、この物理の衝撃波と共に終わったのじゃ」
セリナの宣告。それは、王国という国家そのもののアイデンティティへの、死刑宣告に等しかった。
魔法を操る者こそが上位であり、物理に頼る者は下位であるという階級社会。その根底が、油塗れの少女が駆る一機の機体によって、根底から粉砕されたのである。
上空では、一筋の飛行機雲が、夕暮れの空を二つに割っていた。
白銀の猛禽は、王国の監視網すら届かぬ高度へと再び機首を向ける。
地上では、マクシミリアンが、そして王宮の魔導師たちが、己の指先から魔力が霧散していくような、言いようのない喪失感に震えていた。
彼らが一生を懸けて学んできた魔法学は、ただ一度のソニックブームの前に、紙屑同然の価値しか持たないことを、その肉体が理解してしまったからだ。
「……規律、正しき決着でしたわ。お嬢様」
筆頭侍女イザベラは、モニターに映るセリナのバイタルサインが、激戦の後とは思えぬほど静かに、そして誇らしく拍動しているのを確認し、深く頭を垂れた。
王都ナハト。
かつて栄華を極めた魔法の都は、今や鉄と油の匂い、そして崩れ去ったプライドの残骸が散らばる、物理の理が支配する荒野へと変わり果てていた。




