第二十七話:物理ブレード、あるいは鋼の断罪
王都ナハトの上空、高度三〇〇〇。そこは物理と魔法が互いの限界を削り合う、極限の摩擦熱に包まれた戦場であった。
白銀の猛禽『アーク・フェニールⅡ』の機体表面は、度重なるマッハ一・五超の空戦機動により、もはや目視できるほどに赤熱している。対する帝国の魔神『アポカリプス・リヒター』もまた、リミッター解除による過負荷で、機体各所のダクトからどす黒い紫色の魔力煙を噴き上げていた。
「……はぁ、はぁ……。しぶといな、白銀! だが、これで終わりだ。我が演算機が、貴様の慣性制御の『癖』を完全に学習したぞ!」
漆黒のコックピットで、帝国の特務少尉が叫ぶ。魔法補完による未来予測のグリッドが、セリナが次の一瞬に存在する座標を無数に描き出す。それは逃れられぬ死の網のように、白銀の機影を包囲していた。
だが、セリナは意識の混濁する十Gの加速の中で、ただ不敵に口角を上げた。
「……ふむ。学習したか。ならば、その『正解』を叩き壊してやるとしよう」
セリナの指先が、操縦席の右端、これまで一度も使われることのなかった無骨な鋼鉄のレバーを掴んだ。それは、Fクラスの面々が「最後の断罪」のために用意した、魔法文明を根底から否定する物理の牙であった。
「――Fクラス各員、最終同期。……我が娘の最後の一振りに、お主たちの魂を乗せよ」
セリナの声が地下ドックに響いた瞬間、十二人の技術者たちの動きが一つに重なった。
「了解、セリナ様! 物理振動剣、磁気拘束解除! 周波数、一〇万ヘルツまで引き上げます!」
エレーナが狂ったような速度で、振動子の共振を制御する数式をコンソールに叩き込む。
「ルミエ、冷却系を剣の基部へ回せ! 摩擦熱で刃が溶ける前に、あいつを両断するぞ!」
ハンスの怒号に、ルミエが即座に応じる。
「分かってます! 第十六号高圧冷却液、全量バイパス! 刃の温度を三〇〇度以下に凍結させます!」
機体右舷から、一振りの鈍い輝きを放つ実体剣がせり出した。
魔法の光は一切ない。ただ、ニコラが削り出し、ジャックが数万回叩き上げた『対熱重合金』の鉄塊だ。だが、その刃が起動した瞬間、周囲の大気がキィィィィィィィィン……という、脳髄を直接かき乱すような高周波の唸りを上げた。
「……物理振動剣、定常振動へ移行。……師匠、この剣に斬れぬものはありません。……魔法という幻想ごと、世界を切り裂いてください!」
フェイの叫びが通信機を震わせる。
ポロとミリーが、セリナの神経と剣のトリガーをダイレクトにリンクさせた。ガッツとジャンが積み込んだ高出力バッテリーが、最後のエネルギーを剣へと注ぎ込む。
激突まで、三秒。
アポカリプス・リヒターが、漆黒の実弾ブレードを構え、最大出力の多重魔法障壁を展開した。それは、山一つを消し去る魔導砲撃すらも無効化するとされる、帝国の誇る「絶対の拒絶」だ。
「……死ねぇッ、白銀!」
漆黒の魔神が、紫の光を纏って突っ込んでくる。
セリナは回避を選ばなかった。逆にスロットルを押し込み、正面衝突の軌道へとアーク・フェニールⅡを導いた。
「……教えてやろう。物理とは、積み重ねた理の重さじゃ」
接触。
パキィィィィィィィィィィィンッ!!!!
王都全域に、空が割れるような乾いた音が響き渡った。
魔法障壁と、物理振動剣。
帝国のエースは、信じられない光景を目撃した。
自慢の魔法障壁が、切断されたのではない。刃が触れた瞬間に、障壁を構成する魔力の結合そのものが「物理的な超高周波の振動」によって、強制的に分解され、霧散していくのだ。
魔法の盾は、魔力を中和することはできても、分子結合を物理的に解体する振動を防ぐようには作られていなかった。理の隙間を突いた、絶対的な断罪。
「なっ……!? 障壁が……消えた……!? ぐあ、ああああああああっ!!」
白銀の刃は、そのまま紙細工を裂くように、アポカリプス・リヒターの漆黒の装甲を真っ向から両断した。
魔法銀で作られたフレームが、物理振動の前ではただの柔らかい飴細工のように千切れ飛ぶ。
一瞬の交錯。
白銀の機体は、帝国の魔神を背後で爆散させながら、夕暮れの空へと突き抜けていった。
ドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
遅れてやってきた大爆発が、王都の空を赤く染める。
帝国の最新鋭機は、その自慢の魔法技術も、リヒターの野心もろとも、数千の鉄屑となって地上へと降り注いだ。
静寂が訪れる。
高度二万メートルから始まった戦いは、一機の白銀が空に浮き、一機の漆黒が地に墜ちるという、あまりに明白な結末を迎えた。
セリナは、操縦桿から手を離した。
機体は熱で歪み、ガトリングの銃身は焼き付いている。だが、アーク・フェニールⅡは、まだ誇らしげに空を掴んでいた。
「……見ておるか、リヒター。お主が捨てた鉄と油の理は、お主の求めた奇跡を超えたぞ」
地下ドックでは、Fクラスの面々が抱き合い、あるいは涙を流し、勝どきを上げていた。
エレーナが計算し、ハンスが回し、ルミエが冷やし、フェイが愛したこの翼が、世界を支配していた「魔法」という名の嘘を、今、この瞬間に粉砕したのだ。
イザベラは、震える手で茶器を置き、モニターに映る無事なセリナの姿を見つめて、小さく、しかし誇らしげに微笑んだ。
「……お見事でしたわ、お嬢様。……規律正しき、最高の物理でした。」
王都の空には、一筋の飛行機雲だけが残されていた。
それは魔法が死に、物理の理が新たな歴史を刻み始めた、最初の一頁であった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
魔法障壁を「切る」のではなく、高周波振動で「結合を解体する」という、物理至上主義ならではの解決策と、Fクラス全員がそれぞれの役割を果たして勝利を掴むプロセスに重点を置きました。
魔法という奇跡を、油まみれの技術者たちが物理で超えていくカタルシスを感じていただければ幸いです。
面白い、続きが気になる! と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価、感想をよろしくお願いいたします。皆様の熱い応援が、アーク・フェニールⅡの次なる戦いへのエネルギーとなります!
第二十八話「(タイトル未定)」。
お楽しみに!




