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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:遺された暗号と音速の翼

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第二十六話:極限の格闘戦、あるいはマッハの舞踏


 王都ナハトの上空。そこはもはや、人が生存を許される領域ではなかった。

 二つの航跡が、蒼天を縦横無尽に切り裂く。一つは禍々しい紫色の魔光を撒き散らす漆黒の影。もう一つは、火薬の煙をたなびかせ、白銀の輝きを失わぬ一筋の光。


 ドォォォォォォォォォン!!


 マッハ一・五を超える速度域で両機が交錯するたび、王都の建物が震え、窓ガラスが物理的な圧力で砕け散る。

「……ははははっ! 捉えたぞ、白銀! 貴様の機動は、この『アポカリプス』の魔導演算からは逃げられん!」


 漆黒の機体『アポカリプス・リヒター』を駆る帝国少尉は、狂喜に目を血走らせていた。リミッターを解除した彼の機体は、魔法によって機体周囲の空気抵抗を「無」へと変換し、物理エンジンの出力をそのまま三次元的な瞬間移動へと昇華させていた。魔法による未来予測が、セリナが次に向かうべき座標を網膜に投影する。


 対するセリナの視界は、真っ赤に染まっていた。

 急激な旋回に伴う重力加速度――九G、十Gという、十三歳の少女の肉体には到底耐えられぬはずの負荷が彼女を襲う。だが、セリナは老練な呼吸法と、機体各所に張り巡らされたポロとミリーの精密な姿勢制御補助によって、その意識を「点」のように鋭く保っていた。


「……予測、か。不純物を混ぜた計算など、所詮は『あり得る可能性』を並べているに過ぎんよ」


 セリナは、操縦桿をミリ単位で、しかし暴力的なまでの速度で動かした。

 

「――今じゃ! エレーナ、ルミエ、ハンス!」

「了解、セリナ様! 敵機の慣性制御、切り替えの瞬間まで残り〇・八秒! 座標、右三二、高四一! 弾着まで〇・二秒の偏差計算完了!」

 エレーナの弾丸のような数字の羅列が、セリナの脳内へと直接流し込まれる。


「循環圧力限界突破! 私の冷却液が、エンジンの叫びを鎮めます! ハンスさん、回して!」

「おうよ、ルミエの嬢ちゃん! 師匠、このエンジンが火を噴くのが先か、あの黒い紛い物がバラバラになるのが先か、賭けようじゃねえか! 喰らえッ、オーバーブースト!!」


 ハンスがスロットルレバーを限界まで押し込む。

 アーク・フェニールⅡの双発エンジンが、これまでとは質の違う「物理の絶叫」を上げた。魔法機のような優雅な羽ばたきではない。火薬と熱と質量が、大気を物理的に踏みつける音だ。


 瞬間、白銀の機体は「物理的にあり得ない」挙動を見せた。

 急激な上昇から、一瞬にして全動翼を最大角で固定。機体はマッハの世界で大きく失速ストールするかに見えたが、次の瞬間、機首を支点にして円を描くように急速反転したのである。


 空気を「掴み」、その反動を利用して独楽のように回る。

 魔法による姿勢制御では決して再現できない、物理的な慣性と空気抵抗の「喧嘩」を、セリナは力尽くで制した。


「なっ……!? 減速せずに……回転した!? 魔法予兆マナ・フローなしで、そんな機動ができるわけが……!」


 帝国の少尉が驚愕した瞬間には、セリナの三〇ミリガトリングが火を噴いていた。

 ズガガガガガガガガガッ!!


 未来を射抜く鉄の雨。エレーナが算出した「敵が魔法で逃げるであろう場所」を、セリナの指先が正確に掃射する。

 黒い機体の左主翼に実弾が直撃し、魔法障壁を物理的な質量が突き破った。


「――ぐあぁっ! シールドが……物理演算が追いつかない! リヒター様、これでは……!」


 母艦のブリッジで、リヒターは椅子から立ち上がり、モニターに食らいついていた。

「……信じられん。魔法を一切使わずに、アポカリプスの予測機動を……いや、魔法による『効率的な回避』そのものを逆手に取って、網を張っているというのか!?」


 リヒターの額に、脂汗がにじむ。

 魔法補完型物理――それは「最も効率的な解」を魔法が導き出し、それを物理が実行するシステムだ。だがセリナは、その「効率的すぎる動き」こそが最大の隙であることを見抜いていた。魔法が導き出す「正解」は、物理の理を極めた者からすれば、あまりに「予定調和」なのだ。


 一方、地下ドック。

 フェイは、モニターに映し出される機体表面の歪み数値を、狂気的な眼差しで見つめていた。

「……耐えて。ニコラが削ったネジ一本、ジャックが打ったリベット一個……。師匠の魂を支えるのは、私たちの『鉄』だけ。魔法なんて不確かな奇跡に、私たちの愛した理が負けるはずがない……!」


 フェイの爪が手のひらに食い込み、血が滲む。

 ガッツとジャンは、予備の部品を握りしめたまま、祈るようにセリナの数値を監視していた。

「ジャン、冷却系のバイパス、第三系統に切り替えろ! ルミエの薬液が足りねえ!」

「やってます、ガッツさん! ……師匠、もう一回……もう一回だけ、あの物理の舞いを見せてくれ……!」




 空の上。

 セリナは、機体の限界、そして自身の肉体の限界を、恍惚とした表情で楽しんでいた。

 肺が潰れるような圧力。耳鳴りの向こうで聞こえる、金属が引き千切られるような悲鳴。

 それら全てが、彼女に「生きている」実りを与えていた。


「……楽しいのう、リヒター。お主の作った人形も、なかなかどうして根性がある。……だが、魔法という糸に操られた操り人形では、この自由な空を掴むことはできんよ」


 セリナは、操縦桿を再び前方に倒した。

 高度を捨て、速度を得る。

 アポカリプス・リヒターが紫の光を強め、必死の追撃を試みる。魔法による瞬間加速。

 しかし、セリナはそれを「待っていた」。


「……ポロ、ミリー。マニュアル・オーバーライド、最終段階へ。……機体の全神経を、私に預けよ」

「「了解、師匠!!」」


 白銀と漆黒。

 二つの航跡が、王都の真上で巨大な円を描き、そして真っ向から衝突する軌道へと入った。

 マッハの領域での「正面衝突」。魔法の盾か、物理の剣か。


 王都の観衆が、そしてマクシミリアンたちが、首が折れんばかりに空を仰ぎ見る。

 そこにあるのは、もはや戦争ではない。

 どちらの「理」が、この空に相応しいかを決める、神聖な舞踏であった。


「……さて。お茶の時間にするには、少々荒っぽい客じゃが。……そろそろ、幕を引くとしようか」


 セリナの指が、右座席の奥に隠された「物理振動剣」の起動レバーへと伸びた。

 魔法の刃ではない。鉄を、一秒間に数万回振動させることで、あらゆる原子結合を物理的に断ち切る、呪われた鉄の断罪者。


 激突まで、あと三秒。

 王都の空に、物理の雷鳴が轟こうとしていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


エレーナの計算、ルミエの冷却、ハンスの咆哮。

そして、それらを束ねて空を舞うセリナの老練な操縦。

Fクラス全員の技術が、リミッターを外した帝国の魔神を追い詰めていく。

これこそが、鉄と油を愛する者たちの、魔法文明への回答です。


面白い、続きが気になる! と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価、感想での応援をよろしくお願いいたします。皆様の熱量が、セリナの機体をさらに加速させます!


第二十七話「物理ブレード、あるいは鋼の断罪」。

お楽しみに!


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