第二十五話:真実の機体名、あるいは弟子の矜持
ゲシュタルト帝国空中母艦『ヴォルテクス』。その最深部に位置する中央指揮ブリッジは、かつてない戦慄と、拭い去れぬ敗北の予感に支配されていた。
正面のメインモニターには、王都の蒼天を切り裂く白銀の航跡が映し出されている。それは優雅な舞踏などではない。物理という名の無慈悲な理が、帝国が誇る魔導技術の結晶を、文字通り塵へと変えていく「処刑」の記録であった。
「――各機、第四小隊まで全滅! 第三小隊も残存二機のみ! 指揮系統、崩壊しています! ……馬鹿な、あの白銀、こちらの魔法予測を完全に嘲笑っているようです! 魔法演算が……追いつかない!」
オペレーターの悲鳴が、リヒターの耳を打つ。
ブリッジの司令席。リヒターは手すりを指が白くなるほど強く握りしめ、身を乗り出すようにしてモニターを凝視していた。彼の瞳に映っているのは、単なる敵機ではない。それは、彼がかつて捨て去り、否定し、そして心の底で誰よりも畏怖していた「師の理想」の完成形だった。
「……ありえない。あんな高度な機動を、魔法による慣性中和なしで行えば、パイロットの肉体は内部から粉砕されるはずだ。だが、魔力反応は依然としてゼロ……。くっ、あの機体、空気の反動そのものを、装甲の形状変化と推力偏向だけで『掴んで』いるというのか!」
リヒターの脳裏に、かつてアイゼン先生の門下で過ごした日々が蘇る。
油の匂い、鉄を打つハンマーの音。そして、魔法を「不純物」と断じる師の厳しい声。
リヒターはその理想を「老人の妄執」と断じ、魔法という潤滑剤を混ぜることで、魔導科学の正解を見出したはずだった。だが今、目の前で舞う白銀の翼『アーク・フェニールⅡ』は、魔法という「杖」を一本も使わずに、リヒターの最高傑作を子供扱いしていた。
「アイゼン先生……! まだ、生きておられたのですか! あのゴミ溜めのような地下ドックで、これほどの『正解』を……あのような不完全な令嬢と共に育て上げていたというのか!」
リヒターの胸中で、どす黒い嫉妬と、それを凌駕するほどの「弟子の矜持」が火花を散らす。彼は震える手で、自身の最高機密へと繋がるバイオメトリクス認証を実行した。
「――聞こえるか、特務少尉。貴様の乗っている機体は、そんな『部隊名』で呼ばれる程度の端的な代物ではない。教えてやろう。それこそが、魔法という偽りの空を物理の暴力で蹂躙するために私が産み落とした、真の魔神。……その名は、『アポカリプス・リヒター』。私の名を冠し、魔法と物理を最も醜悪に、そして最も強力に融合させた、唯一無二の終焉だ」
リヒターが実行キーを叩いた瞬間、黒い機体のリミッターが強制的に解除された。機体各所の吸気ダクトから、禍々しい紫色の魔力光がオーバーフローして溢れ出し、物理エンジンの回転数が、設計限界を遥かに超えて咆哮を上げる。
一方、戦域を支配していたセリナは、敵機の「呼吸」が変わったことを瞬時に察知した。
「……ほう。ようやく、重い腰を上げたか。不純物を混ぜた力、どこまでその強情な鉄が持つか、見ものじゃな。」
セリナの指先が、操縦桿を通じて伝わる「大気の震え」の変化を繊細に感じ取る。通信機からは、地下ドックのFクラス全員の怒号と興奮が、一気に飛び込んできた。
「師匠……! あの黒い機体、熱源反応が異常値です! 魔法で物理的な限界を強引に引き延ばしている……!」
フェイの叫びに重なるように、ルミエの鋭い声が響く。
「師匠、外壁温度の上昇が予測値を上回ります! 私の調合した第十四号冷却液、循環圧力を最大に上げます! 鉄を溶かさせはしません!」
ルミエがモニター越しに薬液の配合を微調整する傍らで、エレーナの早口な計算が耳を打つ。
「セリナ様、敵機の加速度、これまでの1.4倍に跳ね上がります! 旋回半径が縮小します、三秒後に右後方から回り込まれます! 迎撃角度、プラス十五度です!」
「エレーナ、助かるぞ! ……ハンス、聞こえるか! 心臓が止まりそうじゃぞ!」
「ガッハッハ! 師匠、心配いらねえ! 俺が据え付けたこのエンジンは、マシンの悲鳴なんかじゃ止まらねえ! 焼き付く前に、俺が気合で回してやる!」
巨大なスパナを肩に担いだハンスが吠え、その横でニコラとジャックが、自分たちが仕上げた部品の数値を血走った目で見つめている。
「ニコラ、削り出したベアリングの油膜、切れてねえな!?」
「当たり前だジャック! 100分の1ミリの狂いもねえ! お前が叩いたフレームが歪まねえ限り、俺のパーツは回り続ける!」
ガッツとジャンは、予備の弾薬とパーツの積み込みを終え、いつでも再出撃のサポートができるようスタンバイしている。
「ジャン、あの『呪われた鉄』の強度はどうだ!」
「ガッツさん、計算上はあとマッハ0.5上げても耐えられますよ! 師匠、もっと贅沢にこの娘(機体)を使い潰してください!」
ポロとミリーが神経系の同期を極限まで高め、イザベラが冷静にセリナのバイタルサインを監視する。
「セリナ様、血圧安定。規律正しき心臓の鼓動です。……そのまま、あのお下品な紫の光を消し去ってらしてください。」
Fクラス12名全員の魂。油にまみれ、魔法に捨てられた者たちが、己の技術だけを頼りに積み上げた「理の結晶」。その全てが、セリナの指先に集約される。
「……アイゼン、見ておれ。お主の教え子が作った、あの歪な『絶望』。……我らFクラス全員の絆で、その化けの皮を剥いでやろう。」
セリナは、機首を真っ向から、紫の魔光を放つ『アポカリプス・リヒター』へと向けた。
火薬の煙をたなびかせ、白銀の猛禽が、理を蹂躙する魔神へと肉薄する。
二つの思想、二つの技術、そして二人の師弟の因縁が、王都の空で正面から激突しようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに姿を現した『アポカリプス・リヒター』。
次回、音速を超えた死の舞踏が始まります!
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第二十六話「極限の格闘戦、あるいはマッハの舞踏」。
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