第二十四話:鉄の火雨、あるいはマニュアルの照準
王都ナハトの上空。障壁という名の「殻」を物理的に剥ぎ取られた王国に、帝国の黒き死神たちが牙を剥こうとしていた。だが、その矛先は今、天頂から舞い降りた一機の白銀へと完全に向けられている。
「……各機、散開せよ! 魔法補完を最大に。あの機体は『異常』だ。従来の機動計算を捨て、空間予測に全リソースを割け!」
帝国の独立特務少尉が駆る『黒い機体』が、背部の物理ブースターを全開にして空間を跳ねた。魔法によって機体周囲の空気抵抗を極限まで減らし、物理的な推進力を魔導的に指向させるその動きは、もはや飛行というより、三次元的な空間跳躍に近い。彼ら帝国軍人にとって、自らの機体こそが物理と魔法を合一させた「完成形」であるという自負があった。
対するセリナは、操縦席の横に無骨に配置された「物理式安全弁」を力強く引き抜いた。
「……ほう。予測させるな、か。若いのう。……お主たちの動きなど、重力と風の理を読み解けば、ただの予定調和に過ぎんよ。」
セリナの指先が、計器盤の下にあるガトリング砲の回転スイッチを入れた。
――キィィィィィィィィィン……!
ニコラが旋盤一本で削り出し、ガッツが情熱を込めて組み上げた、六銃身の三〇ミリガトリング砲が高速回転を始める。それは魔法的な予兆を一切伴わない、冷徹で暴力的な機械音であった。
「……ポロ、ミリー。機体のバイパスを切り替えよ。ここからは電気信号の補助など不要。私の『指先』で直接、鉄の弾道を引くぞ。」
「了解、師匠! 全制御系、マニュアル・オーバーライド完了!」
「ミリー、給弾ベルトの同期確認……完璧よ。師匠、鉄の雨を降らせてやって!」
セリナは、瞳を閉じるようにして世界を「視た」。
魔導レーダーではない。機体各所の物理センサーが拾う微かな風の唸り、大気の密度、そして敵機が振りまく魔力の残滓。それら全てが、伝説のエースとしての脳内で「物理的な三次元座標」へと瞬時に変換されていく。
カチリ、とセリナの指がトリガーを引いた。
――ズガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
王都の空に、これまでの魔法機同士の戦いではあり得なかった、大気を物理的に粉砕する「破砕音」が響き渡った。
魔法の火球でも、光の矢でもない。火薬の爆発によって加速された、圧倒的な質量を持つ鉛の塊――三〇ミリ実弾が、一秒間に百発という狂気的な密度で掃射されたのだ。
「なっ……!? 何だ、この衝撃は! 魔法反応がない攻撃だと!? ぐああっ!」
帝国の随伴機の一機が悲鳴を上げた。
魔法障壁は、熱や魔力的な干渉には高い防御力を誇る。だが、火薬の爆発エネルギーを一点に凝縮し、音速の三倍で飛来する「物理的な連続衝突」は、障壁の演算処理を瞬時に飽和させた。
パリンッ、パリンッ、パリンッ!!
空中で障壁が砕ける音と、装甲が肉を裂くようにえぐれる音が同時に響く。
魔法機にとっては「回避不能な死の雨」。セリナの射撃は、敵機が今いる場所ではなく、コンマ数秒後に「いるであろう場所」へと、正確な偏差計算を持って置かれていた。
「……魔法の追尾弾は、過去の熱源を追う。だが物理の弾丸は、未来の理を射抜くのじゃ。」
セリナは、操縦桿を微細に震わせ、空中に鉄の筋を描いた。それはまるで、セリナの指先が直接空を撫で、そこに不可視の死線を引いているかのようであった。
帝国のエース――青年将校は驚愕に目を見開いた。
自分の『黒い機体』が、魔法補完による予測回避を行っているにもかかわらず、まるで吸い込まれるように弾丸の軌道上へ自分から飛び込んでいるのだ。物理の理に基づいた「逃げられない網」に絡め取られていく。
「……馬鹿な! 予測されているのか!? 魔法的な予兆がないのに、どうやって私の機動を!? ぐっ……シールドが、もたない!」
空中母艦のブリッジでモニターを注視していたリヒターも、椅子から立ち上がった。
「……信じられん。あの少女、機体の物理挙動だけで弾道を制御しているのか? 魔法によるオートエイムの補助すらなしで、マッハの空戦で実弾を百発百中で当てるだと!? 狂気の沙汰だ……!」
空を埋め尽くす薬莢の雨。機体横の排莢口から吐き出される、熱を帯びた真鍮の殻が、王都の屋根に降り注ぐ。
イザベラが教えた「規律」を保つように、セリナの射撃は一点の無駄もなく、帝国の黒き翼を次々と食いちぎっていく。
「……ジャン、良い弾薬を拾ってきたのう。火薬の回りが実にスムーズじゃ。……ジャック、このガトリング、熱ダレ一つせん。お主の鍛えた鋼は、やはり世界一じゃな。」
通信機の向こうで、Fクラスの面々が歓声を上げる。彼らが油にまみれ、徹夜で磨き上げた「部品」たちが、今、伝説のエースの腕によって「神を屠る武器」として完成されていた。
セリナは、加速する物理エンジンの唸りに合わせ、不敵に笑った。
「……さあ、帝国の若造よ。魔法という潤滑剤に頼りきったその翼、物理の摩擦熱で焼き切ってやろう。」
白銀の猛禽は、火薬の煙をたなびかせながら、さらなる加速を開始した。
魔法の時代が終わり、空が「鉄と火薬」の匂いに塗り替えられていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
排莢の音、火薬の匂い、そして魔法の盾が物理的質量に粉砕されるカタルシス。
これこそが、Fクラスが作り上げた「鉄と油の聖女」の真髄です。
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第二十五話「真実の機体名、あるいは弟子の矜持」。
お楽しみに!




