第二十二話:乱入する白銀、あるいは物理の雷鳴
ちょっと短めです
高度二万メートル。
そこは、音すら凍りつく静寂と、濃紺を通り越して黒に染まった空だけが広がる「死の世界」だ。
その頂点から、一塊の鋼鉄が解き放たれた。
「……フェイ。重力加速度の計算は済んでおるな?」
「はい、師匠。機体重量、空気抵抗、熱膨張率……全ての物理演算は完了しています。現在の機体強度ならば、マッハ一・八までの急降下に耐えられます」
「……ふむ。マッハ一・八か。少々熱いが、挨拶代わりには丁度よい」
セリナは、眼下に広がる王都の惨状を冷徹に見据え、操縦桿をゆっくりと、しかし限界まで前方へ倒した。
――開始。
白銀の機体『アーク・フェニールⅡ』が、天頂から地上へ向けて、一直線に落下を始める。
双発の物理駆動エンジンが、推力ではなく「加速の補助」のために唸りを上げた。重力という名の地球最大のエネルギーを、全て速度へと変換していく。
キィィィィィン……!
大気が悲鳴を上げ始めた。
機体の先端が空気を切り裂き、圧縮された大気が白熱したプラズマのように機体を包み込む。断熱圧縮。魔法機ならば一瞬で溶解するほどの熱量だが、ニコラが削り出した「呪われた鉄」の装甲と、フェイが組み上げた物理冷却循環系が、それを嘲笑うかのように受け流す。
ドォォォンッ!!
一回目の衝撃音。音速(マッハ一)の壁を突破。
だが、加速は止まらない。
マッハ一・二、一・五……。
機体の周囲に、白く輝く円錐状の衝撃波雲が発生する。それは、天空から地上へ突き刺さる巨大な「物理の槍」そのものだった。
一方、地上。王都ナハトの上空。
そこは一方的な蹂躙劇の終盤であった。
帝国のエースが駆る「黒い機体」は、最後の抵抗を試みた王国軍機を実弾ブレードで両断し、その残骸をマクシミリアン中将が震えている貴賓席の目の前へと蹴り落とした。
「……終わりだ。魔法に頼った貴様らの時代は、今日ここで終わる」
黒い機体の外部スピーカーから、冷酷な勝利宣言が響き渡る。
マクシミリアンは絶望に膝をつき、王宮を守る魔法師団は、せめて王族だけでも守ろうと、王宮全体を覆う最大出力の「多重絶対魔法障壁」を展開していた。いかなる高火力魔導砲撃をも跳ね返す、王国の最後の砦だ。
だが、その時。
上空の空中母艦ブリッジにいたリヒターのコンソールが、けたたましい警報音を鳴らした。
「……熱源反応? いや、これは……質量体の超高速接近!? ば、馬鹿な! レーダーには何の魔力予兆もなかったぞ!」
「リヒター様! 真上です! 天頂方向から、何かが墜ちてきます!」
オペレーターの悲鳴。リヒターが慌てて上空モニターを見上げた。
そこに映っていたのは、青空を引き裂いて落下してくる、白銀の流星であった。
「……速すぎる! あの角度、あの速度での突入は、物理的に不可能だ! 機体が空中分解する!」
リヒターの常識が否定したその瞬間、白銀の流星は王都の上空、高度五〇〇メートルで、信じがたい機動を見せた。
――グォォォォォォンッ!!
セリナは、マッハ一・五の速度域で、操縦桿を全力で引き上げた。
常人ならばG(重力加速度)で意識を失い、普通の機体ならばフレームがひしゃげるほどの急制動。だが、セリナの老練な肉体操作と、『対熱重合金』の剛性がそれを耐え抜いた。
機体は墜落することなく、王都の空を滑るように水平飛行へと移行する。
そして、遅れて「それ」がやってきた。
超音速飛行によって圧縮され続けてきた、巨大な空気の壁――衝撃波の到達である。
ドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
王都全域を、天地がひっくり返るような轟音が襲った。
物理的な空気の圧力が、暴風となって地上の全てを薙ぎ払う。貴賓席のテントは吹き飛び、マクシミリアンは無様に転がった。帝国の黒い機体群ですら、予期せぬ暴風に煽られ、体勢を崩す。
そして、その衝撃波の直撃を受けたのが、王宮を守る「多重絶対魔法障壁」であった。
パキィィィィィンッ!!
何万回もの魔法攻撃に耐えると謳われた透明なドームに、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
次の瞬間、障壁はガラス細工のように粉々に砕け散り、美しい魔力の破片となって空中に霧散した。
「……な、何が起きた!? 魔法攻撃ではない! ただの……ただの『音』で、絶対障壁が割れたというのか!?」
王宮の魔導師長が、信じられないものを見る目で叫ぶ。
魔法障壁は、魔力による干渉を計算し、中和する盾だ。だが、そこに魔力など一切含まれていなかった。ただ純粋で、暴力的なまでの「空気の圧力」。計算不能の物理的質量が、魔法の理を強制的に突破したのだ。
轟音が過ぎ去った後、王都の上空には、奇妙な静寂が訪れた。
粉砕された障壁の光の粒が舞い落ちる中、悠然と旋回する一機の機体がある。
太陽の光を反射し、神々しいまでに輝く、白銀と鉄の翼。
「……やれやれ。少し強くノックしすぎたかのう。」
王都中の通信機、そして帝国の全機体に、ノイズ混じりの、しかし凛とした少女の声が割り込んだ。
セリナは、眼下の混乱を睥睨し、誰に見せるわけでもなく優雅に紅茶(の入っていた空の水筒)を傾ける仕草をした。
「……王国軍の老害ども、そして帝国の若造たちよ。授業の時間じゃ。席に着け。魔法という名の揺りかごから、物理という現実へ叩き落としてやろう。」
伝説のエースが、その真の姿を現した瞬間であった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
お待たせいたしました。ついにセリナの乱入です!
高度二万メートルからの急降下、そしてマッハ1.5超の「衝撃波」による物理的な障壁粉砕。
魔法至上主義の世界に、物理の理を叩きつけるカタルシスを感じていただければ幸いです。
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第二十三話「粉砕される障壁、あるいは衝撃波の宣告」。
お楽しみに!




