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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第五話:鉄の処女の入学式


 王立機導学園。

 この国の未来を担う騎士と整備士が集うその最高学府の門を、一台の馬車がくぐり抜けた。

 アルスタイン伯爵家の紋章が刻まれた、少しばかり塗装の剥げた古い馬車だ。だが、そこから降り立った少女の姿を見た瞬間、周囲の喧騒は魔法にかけられたかのように一変した。


「……見て。あの方、アルスタイン家の……」

「なんて……なんて美しいのかしら。まるで、冬の月が地上に降りてきたみたい」


 銀糸のような髪が、春の柔らかな日差しを浴びて真珠色の輝きを放つ。

 歩を進めるたびに、計算され尽くした淑女の所作がドレスを優雅に揺らした。背筋は定規を当てたかのように真っ直ぐで、その歩幅は一ミリの狂いもなく一定だ。

 その神々しいまでの美貌と、儚げに伏せられた碧眼。

 その場にいた男子生徒はもちろん、同性の新入生たちでさえもが、ため息を漏らして道を空けた。


(……あー、重い。……腰が、腰が砕けるわい。……。……このドレス、見た目を重視しすぎて通気性が皆無じゃ。脇の下が蒸れていかん……)


 俺――セリナ・フォン・アルスタイン(中身は六十五歳の頑固親父)は、絶世の美少女という『最高級の装甲(仮面)』の裏側で、ひたすら毒づいていた。


(……カミラのクソ婆め、コルセットを締めすぎなんじゃ。……。……おかげで内圧が上がりすぎて、さっきから逆流性食道炎になりそうじゃ。……。……おい、若造ども、そんなにこっちを見るな。……。……眼球に指を突っ込んで油の温度を測ってやろうか)


 儚げな表情で遠くを見つめる俺の視線の先には、学園の広場に展示された旧式機『ガーゴイル三型』があった。……。……俺の脳内では、その機体の錆びた関節をどう抉じ開け、劣化した潤滑剤をどう入れ替えるかのシミュレーションが猛烈な勢いで展開されている。

 他人から見れば「遠くの空を憂う、消えてしまいそうな令嬢」に見えるだろうが、実態は「重機のメンテナンスプラン」を練っているだけだ。


「……セリナお嬢様。……。……左斜め前方、女子生徒たちの視線が熱いですよ。……。……あーあ、また一人、目がハートになって固まっちゃいましたね」


 俺の斜め後ろ、完璧な侍女の距離を保って歩くフェイが、唇を動かさずにささやいた。

 彼女もまた、この数年で『完璧な侍女』の皮を被る技術を習得していた。

 周囲から見れば、美しき令嬢とそれを献身的に支える愛らしい侍女の、一枚の絵画のような光景。


「……。……。……(フェイ、無駄口を叩くな。……。……。今、俺は『抗G呼吸法』で内臓を固定しておるんじゃ。……。……。話しかけると圧が抜ける)」


「……(えー、そんなこと言って。……。……。師匠、さっきから鼻の下、少しピクピクしてますよ。……。……。あの展示機の排気ポートの詰まりが気になって仕方ないんでしょ?)」


「……(当たり前じゃ。……。……。あんなズサンな管理をされて、機体が泣いておるわい。……。……。今すぐハッチを抉じ開けて、ピストンリングの遊びを確認したい。……。……。あ、やばい、涎が出そうじゃ)」


「……(お嬢様、顔、顔! ……。……。あ、ほら。また『儚げで素敵な、物思いに沈むお顔』って誤解されてますよ)」


 フェイの言う通り、俺の禁断症状に近い渇望の表情は、周囲の目には「繊細で高潔な魂が、戦いの道具(機体)を見て悲しんでいる」という、最高に尊いものに変換されていた。

 皮肉なもんじゃな。……。……中身はお茶と油の匂いを愛する汚いジジイだというのに。




 ***




 入学式が終わり、生徒たちは大講堂から演習場へと移動した。

 ここからが本番だ。

 クラス編成のための適性チェック。

 機殻騎士ギアドライブの模擬コクピットに座り、精霊とのシンクロ率を最終確認する儀式。


 アルスタイン家の「測定不能の0%」という噂は、すでに学園中に広まっていた。

 期待と、蔑みと、好奇の視線。



「次、セリナ・フォン・アルスタイン」



 冷淡な声で教官が呼ぶ。

 俺は優雅に、しかし内心では「よっこいしょ」と唱えながら、測定用の座席へと腰を下ろした。


 眼前に設置された、巨大な水晶球。

 これに手を触れ、己の魔力を通わす。

 

(……。……。さて、やるか。……。……。……。若造どもの精霊さんよ、今日も俺の邪魔をするなよ。……。……。引っ込んでいろ、と言ったはずじゃぞ)


 俺が水晶に指先を触れさせた瞬間。

 

 ドォォォォォン……!!

 

 水晶の奥底に眠る精霊たちが、俺の魂の『匂い』を嗅ぎつけ、狂喜乱舞を始めた。

『主様!』『命令を!』『私の全力をあなたに!』。

 

 俺は、その熱烈なアプローチを、数年かけて練り上げた『絶縁の壁』で力ずくで叩き伏せた。

 

(……黙れ。……。……俺は、お前らの手は借りん。……。……。お前らは、俺のレバー操作を物理的な力に変えるだけの、ただのバネ(動力)であればよい。……。……。魂まで繋ぐ必要はない。……。……。……消えろ)


 精神の深淵で、俺の「エースとしての自負」が精霊たちの首根っこを掴んで押し戻す。

 

 結果。



 水晶球は、光の一つも放つことなく、ただの石ころのように沈黙を守った。

 

「……。……。……。……判定、やはり『0%』。……適性、皆無」


 教官の失望した声が、スピーカーを通じて演習場に響き渡った。

 

「……っ、ふふっ。やっぱり噂通りね」

「美しいだけの飾り物。アルスタイン家も、これで本当に終わりね」

「あんなに儚げで綺麗なのに……精霊に嫌われているなんて、可哀想に」


 嘲笑、憐れみ、蔑み。

 あらゆる感情が俺に降り注ぐ。

 俺は、ゆっくりと座席から立ち上がった。

 碧眼を少しだけ潤ませ(ドライアイのせいじゃが)、唇を微かに震わせ(コルセットが苦しいせいじゃが)て、誰とも目を合わせずに歩き出す。


(……よーし、計画通りじゃ。……。……これでFクラス確定。……。……。ボロい部室、油臭い倉庫、そして何より、誰も手をつけていない『鉄屑』が俺のものになる……!)


 俯く俺の顔は、周囲には「あまりの屈辱に耐え、今にも泣き出しそうな令嬢」に見えていただろう。

 実際には、俺の脳内では祝杯を挙げるための茶葉の選定が始まっていた。



 ***



 クラス分けが終わり、俺は案の定、学園の隅っこにある『Fクラス(機体整備及び予備戦力科)』へと配属された。

 ここは貴族の落ちこぼれや、最初から整備士を目指す平民たちが集まる、文字通りの「溜まり場」だ。


「……師匠、お疲れ様です。……。……。最高の演技でしたよ。……。……。あの教官、本気で同情してましたね」


 Fクラスの校舎裏。人影のない場所で、フェイが俺に水筒を差し出した。

 俺は周囲を一度確認してから、淑女の座り方をかなぐり捨て、地面にどっかりと腰を下ろした。


「……ふぅ。……これじゃ。……。……。やはり、本心を隠して歩くのは、重力に逆らうより疲れるわい。……。……。フェイ、お茶の温度、完璧じゃ。……。……。お前の整備(淹れ方)は、相変わらず信頼できる」


「光栄です、師匠。……。……。それで、どうします? 入学初日の『機体搭乗試験』。……。……。Fクラスは、あのボロボロの『ポーン一型』をあてがわれるみたいですけど」


「……ふん。……ポーン一型か。……。……。いいじゃないか。……。……。あれは関節の自由度だけは高い。……。……。俺がマニュアル仕様に弄るには、最高の素体おもちゃじゃ」


 俺は茶を飲み干し、汚れた自分の白い手を見つめた。

 この学園には、最新鋭の機体が並んでいる。

 精霊の力で全自動で動き、パイロットが寝ていても戦えるような、軟弱な機体。


「……。……。……。フェイ。……。……。俺たちが作る『専用機』、地下倉庫からこっそり運び出す準備、進めとけよ。……。……。……学園の若造どもが、お行儀よく精霊にお願いしている横を、音速でぶち抜いてやるんじゃ」


「了解です、師匠。……。……。……。あ、お嬢様。……。……。……。顔、また悪い顔になってますよ。……。……。誰か来ます。……。……。……はい、儚げな表情モードに切り替えて!」


 足音を聞き、俺は瞬時に背筋を伸ばし、ティーカップを両手で包み込んだ。

 

「……あら。……。……。セリナ・フォン・アルスタイン様かしら?」


 現れたのは、上級クラスの制服を着た一人の女子生徒だった。

 彼女は、俺の「あまりにも寂しげな(と誤解されている)」佇まいに、胸を打たれたような顔をして近づいてきた。


「……はい。……。……左様でございますが」


 俺は、消え入りそうな声で、しかし気品を失わずに応じる。

 内心では「なんだ、このガキ。……。……。俺のお茶の時間を邪魔するな」と悪態をつきながら。


「……あなた、あんな無能な判定に負けないで。……。……。あなたの美しさは、精霊の加護なんてなくても輝いているわ。……。……。私、あなたのことを……応援したいの」


「……。……。……お、恐れ入りますわ。……。……(ええから、さっさと行け。茶が冷める)」


 俺の「儚げな微笑み(=早く帰れという無言の圧力)」に、女子生徒は顔を赤らめて去っていった。


「……師匠、また一人被害者が増えましたね。……。……。女性にまでモテモテじゃないですか」


「……。……。……やかましい。……。……。……フェイ、次のお菓子を出せ。……。……。脳みそが疲れて、糖分が足りんわい」


 絶世の美少女、セリナ・フォン・アルスタイン。

 彼女の学園生活は、周囲の熱狂的な誤解と、本人のゲスい野望を乗せて、今、華々しく(?)幕を開けたのだった。



「……。……。……。よっこいしょ。……。……。……さて、まずは倉庫のボロをバラしに行くか」


 エースおじいちゃんの、やりたい放題の学園生活が始まった。


(つづく)


第五話をお読みいただき、ありがとうございます!


いよいよ始まった学園生活。

見た目は「神聖で儚げな絶世の美少女」、でも中身は「重機のメンテナンスプランしか頭にない頑固ジジイ」というギャップ、書いていて本当に楽しいです。

淑女教育のおかげで、立ち居振る舞いだけは完璧(抗G呼吸法で体幹も最強)なので、周囲が勝手に深読みして「尊い……」となってしまう勘違いコメディ的な要素も強めてみました。


フェイとの会話も、外からは「麗しき主従」に見えますが、中身はただの「油まみれの師弟」の愚痴大会。

この二人の、世界を騙しながら進んでいく様子を、今後もしっかりと描いていきたいと思います。


「おじいちゃん令嬢、同性もタラしてて草」「フェイとの掛け合いが最高にゲスい!」

と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や、下の【☆☆☆☆☆】での評価で応援してください!


次回、いよいよFクラスでの機体搭乗実習。

シンクロ率0%のセリナが、ボロ機体を「マニュアル操作」で動かしたとき、どんな衝撃が走るのか……?

引き続き、よろしくお願いいたします!


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