第五話:鉄の処女の入学式
王立機導学園。
この国の未来を担う騎士と整備士が集うその最高学府の門を、一台の馬車がくぐり抜けた。
アルスタイン伯爵家の紋章が刻まれた、少しばかり塗装の剥げた古い馬車だ。だが、そこから降り立った少女の姿を見た瞬間、周囲の喧騒は魔法にかけられたかのように一変した。
「……見て。あの方、アルスタイン家の……」
「なんて……なんて美しいのかしら。まるで、冬の月が地上に降りてきたみたい」
銀糸のような髪が、春の柔らかな日差しを浴びて真珠色の輝きを放つ。
歩を進めるたびに、計算され尽くした淑女の所作がドレスを優雅に揺らした。背筋は定規を当てたかのように真っ直ぐで、その歩幅は一ミリの狂いもなく一定だ。
その神々しいまでの美貌と、儚げに伏せられた碧眼。
その場にいた男子生徒はもちろん、同性の新入生たちでさえもが、ため息を漏らして道を空けた。
(……あー、重い。……腰が、腰が砕けるわい。……。……このドレス、見た目を重視しすぎて通気性が皆無じゃ。脇の下が蒸れていかん……)
俺――セリナ・フォン・アルスタイン(中身は六十五歳の頑固親父)は、絶世の美少女という『最高級の装甲(仮面)』の裏側で、ひたすら毒づいていた。
(……カミラのクソ婆め、コルセットを締めすぎなんじゃ。……。……おかげで内圧が上がりすぎて、さっきから逆流性食道炎になりそうじゃ。……。……おい、若造ども、そんなにこっちを見るな。……。……眼球に指を突っ込んで油の温度を測ってやろうか)
儚げな表情で遠くを見つめる俺の視線の先には、学園の広場に展示された旧式機『ガーゴイル三型』があった。……。……俺の脳内では、その機体の錆びた関節をどう抉じ開け、劣化した潤滑剤をどう入れ替えるかのシミュレーションが猛烈な勢いで展開されている。
他人から見れば「遠くの空を憂う、消えてしまいそうな令嬢」に見えるだろうが、実態は「重機のメンテナンスプラン」を練っているだけだ。
「……セリナお嬢様。……。……左斜め前方、女子生徒たちの視線が熱いですよ。……。……あーあ、また一人、目がハートになって固まっちゃいましたね」
俺の斜め後ろ、完璧な侍女の距離を保って歩くフェイが、唇を動かさずにささやいた。
彼女もまた、この数年で『完璧な侍女』の皮を被る技術を習得していた。
周囲から見れば、美しき令嬢とそれを献身的に支える愛らしい侍女の、一枚の絵画のような光景。
「……。……。……(フェイ、無駄口を叩くな。……。……。今、俺は『抗G呼吸法』で内臓を固定しておるんじゃ。……。……。話しかけると圧が抜ける)」
「……(えー、そんなこと言って。……。……。師匠、さっきから鼻の下、少しピクピクしてますよ。……。……。あの展示機の排気ポートの詰まりが気になって仕方ないんでしょ?)」
「……(当たり前じゃ。……。……。あんなズサンな管理をされて、機体が泣いておるわい。……。……。今すぐハッチを抉じ開けて、ピストンリングの遊びを確認したい。……。……。あ、やばい、涎が出そうじゃ)」
「……(お嬢様、顔、顔! ……。……。あ、ほら。また『儚げで素敵な、物思いに沈むお顔』って誤解されてますよ)」
フェイの言う通り、俺の禁断症状に近い渇望の表情は、周囲の目には「繊細で高潔な魂が、戦いの道具(機体)を見て悲しんでいる」という、最高に尊いものに変換されていた。
皮肉なもんじゃな。……。……中身はお茶と油の匂いを愛する汚いジジイだというのに。
***
入学式が終わり、生徒たちは大講堂から演習場へと移動した。
ここからが本番だ。
クラス編成のための適性チェック。
機殻騎士の模擬コクピットに座り、精霊とのシンクロ率を最終確認する儀式。
アルスタイン家の「測定不能の0%」という噂は、すでに学園中に広まっていた。
期待と、蔑みと、好奇の視線。
「次、セリナ・フォン・アルスタイン」
冷淡な声で教官が呼ぶ。
俺は優雅に、しかし内心では「よっこいしょ」と唱えながら、測定用の座席へと腰を下ろした。
眼前に設置された、巨大な水晶球。
これに手を触れ、己の魔力を通わす。
(……。……。さて、やるか。……。……。……。若造どもの精霊さんよ、今日も俺の邪魔をするなよ。……。……。引っ込んでいろ、と言ったはずじゃぞ)
俺が水晶に指先を触れさせた瞬間。
ドォォォォォン……!!
水晶の奥底に眠る精霊たちが、俺の魂の『匂い』を嗅ぎつけ、狂喜乱舞を始めた。
『主様!』『命令を!』『私の全力をあなたに!』。
俺は、その熱烈なアプローチを、数年かけて練り上げた『絶縁の壁』で力ずくで叩き伏せた。
(……黙れ。……。……俺は、お前らの手は借りん。……。……。お前らは、俺のレバー操作を物理的な力に変えるだけの、ただのバネ(動力)であればよい。……。……。魂まで繋ぐ必要はない。……。……。……消えろ)
精神の深淵で、俺の「エースとしての自負」が精霊たちの首根っこを掴んで押し戻す。
結果。
水晶球は、光の一つも放つことなく、ただの石ころのように沈黙を守った。
「……。……。……。……判定、やはり『0%』。……適性、皆無」
教官の失望した声が、スピーカーを通じて演習場に響き渡った。
「……っ、ふふっ。やっぱり噂通りね」
「美しいだけの飾り物。アルスタイン家も、これで本当に終わりね」
「あんなに儚げで綺麗なのに……精霊に嫌われているなんて、可哀想に」
嘲笑、憐れみ、蔑み。
あらゆる感情が俺に降り注ぐ。
俺は、ゆっくりと座席から立ち上がった。
碧眼を少しだけ潤ませ(ドライアイのせいじゃが)、唇を微かに震わせ(コルセットが苦しいせいじゃが)て、誰とも目を合わせずに歩き出す。
(……よーし、計画通りじゃ。……。……これでFクラス確定。……。……。ボロい部室、油臭い倉庫、そして何より、誰も手をつけていない『鉄屑』が俺のものになる……!)
俯く俺の顔は、周囲には「あまりの屈辱に耐え、今にも泣き出しそうな令嬢」に見えていただろう。
実際には、俺の脳内では祝杯を挙げるための茶葉の選定が始まっていた。
***
クラス分けが終わり、俺は案の定、学園の隅っこにある『Fクラス(機体整備及び予備戦力科)』へと配属された。
ここは貴族の落ちこぼれや、最初から整備士を目指す平民たちが集まる、文字通りの「溜まり場」だ。
「……師匠、お疲れ様です。……。……。最高の演技でしたよ。……。……。あの教官、本気で同情してましたね」
Fクラスの校舎裏。人影のない場所で、フェイが俺に水筒を差し出した。
俺は周囲を一度確認してから、淑女の座り方をかなぐり捨て、地面にどっかりと腰を下ろした。
「……ふぅ。……これじゃ。……。……。やはり、本心を隠して歩くのは、重力に逆らうより疲れるわい。……。……。フェイ、お茶の温度、完璧じゃ。……。……。お前の整備(淹れ方)は、相変わらず信頼できる」
「光栄です、師匠。……。……。それで、どうします? 入学初日の『機体搭乗試験』。……。……。Fクラスは、あのボロボロの『ポーン一型』をあてがわれるみたいですけど」
「……ふん。……ポーン一型か。……。……。いいじゃないか。……。……。あれは関節の自由度だけは高い。……。……。俺がマニュアル仕様に弄るには、最高の素体じゃ」
俺は茶を飲み干し、汚れた自分の白い手を見つめた。
この学園には、最新鋭の機体が並んでいる。
精霊の力で全自動で動き、パイロットが寝ていても戦えるような、軟弱な機体。
「……。……。……。フェイ。……。……。俺たちが作る『専用機』、地下倉庫からこっそり運び出す準備、進めとけよ。……。……。……学園の若造どもが、お行儀よく精霊にお願いしている横を、音速でぶち抜いてやるんじゃ」
「了解です、師匠。……。……。……。あ、お嬢様。……。……。……。顔、また悪い顔になってますよ。……。……。誰か来ます。……。……。……はい、儚げな表情に切り替えて!」
足音を聞き、俺は瞬時に背筋を伸ばし、ティーカップを両手で包み込んだ。
「……あら。……。……。セリナ・フォン・アルスタイン様かしら?」
現れたのは、上級クラスの制服を着た一人の女子生徒だった。
彼女は、俺の「あまりにも寂しげな(と誤解されている)」佇まいに、胸を打たれたような顔をして近づいてきた。
「……はい。……。……左様でございますが」
俺は、消え入りそうな声で、しかし気品を失わずに応じる。
内心では「なんだ、このガキ。……。……。俺のお茶の時間を邪魔するな」と悪態をつきながら。
「……あなた、あんな無能な判定に負けないで。……。……。あなたの美しさは、精霊の加護なんてなくても輝いているわ。……。……。私、あなたのことを……応援したいの」
「……。……。……お、恐れ入りますわ。……。……(ええから、さっさと行け。茶が冷める)」
俺の「儚げな微笑み(=早く帰れという無言の圧力)」に、女子生徒は顔を赤らめて去っていった。
「……師匠、また一人被害者が増えましたね。……。……。女性にまでモテモテじゃないですか」
「……。……。……やかましい。……。……。……フェイ、次のお菓子を出せ。……。……。脳みそが疲れて、糖分が足りんわい」
絶世の美少女、セリナ・フォン・アルスタイン。
彼女の学園生活は、周囲の熱狂的な誤解と、本人のゲスい野望を乗せて、今、華々しく(?)幕を開けたのだった。
「……。……。……。よっこいしょ。……。……。……さて、まずは倉庫のボロをバラしに行くか」
エースおじいちゃんの、やりたい放題の学園生活が始まった。
(つづく)
第五話をお読みいただき、ありがとうございます!
いよいよ始まった学園生活。
見た目は「神聖で儚げな絶世の美少女」、でも中身は「重機のメンテナンスプランしか頭にない頑固ジジイ」というギャップ、書いていて本当に楽しいです。
淑女教育のおかげで、立ち居振る舞いだけは完璧(抗G呼吸法で体幹も最強)なので、周囲が勝手に深読みして「尊い……」となってしまう勘違いコメディ的な要素も強めてみました。
フェイとの会話も、外からは「麗しき主従」に見えますが、中身はただの「油まみれの師弟」の愚痴大会。
この二人の、世界を騙しながら進んでいく様子を、今後もしっかりと描いていきたいと思います。
「おじいちゃん令嬢、同性もタラしてて草」「フェイとの掛け合いが最高にゲスい!」
と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や、下の【☆☆☆☆☆】での評価で応援してください!
次回、いよいよFクラスでの機体搭乗実習。
シンクロ率0%のセリナが、ボロ機体を「マニュアル操作」で動かしたとき、どんな衝撃が走るのか……?
引き続き、よろしくお願いいたします!




