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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第四話:淑女の仮面と、錆びた心臓



「……お嬢様。背筋が曲がっておりますわよ。……。……それから、その『よっこいしょ』という言葉! 禁止したはずですわ!」


 鋭い声が、陽光の差し込む美しいサロンに響いた。

 俺――セリナ・フォン・アルスタイン(中身は六十五歳の頑固親父)は、頭の上に分厚い百科事典を三冊載せたまま、プルプルと震える膝を必死に抑えていた。


「……。……。……。ああ、いや。……ついな。……。……。しかしカミラ、この椅子は腰に悪い。クッションの低反発具合が足りんのじゃ。もっとこう、G(重力)を分散させるシートのような……」


「おだまりなさい! 椅子に文句をつける淑女がどこにおりますか!」


 乳母のカミラが、扇子でパシッと机を叩く。

 鑑定官バルカスによる『シンクロ率0%』という、ある種の死刑宣告から数年。

 我がアルスタイン家の空気は、一変した。

 父である伯爵は、あの日以来、俺を見るたびに「……ああ、この美貌がせめて精霊に愛されていれば」と、溜息を漏らすのが日課になっている。

 



 親父の中では、俺はすでに「機殻騎士ギアドライブの乗り手」としてのリストからは外されたらしい。

 代わりに、俺に課せられたのは、吐き気がするほど過酷な『淑女教育』だった。

 没落寸前の我が家にとって、俺の「美貌」は、有力貴族へ嫁がせて実家を立て直すための、最後にして唯一の換金カードなのだ。


「……あー、喉が渇いたわい。フェイ、茶を。……。……。ああ、失礼。フェイ、お紅茶をいただけるかしら?」


「はい、セリナお嬢様。……。……(師匠、今の『お紅茶』の言い方、ちょっと気持ち悪かったですよ)」


 侍女として側に控える弟子のフェイが、澄まし顔で茶を差し出す。

 カミラが茶葉の補充のために中座した隙を見計らって、俺は頭の上の本を豪快に放り出し、ソファにどっかりと深く腰掛けた。

 ドレスの裾を気にせず足を広げる俺を見て、フェイが「やれやれ」と肩を竦める。


「……ふぅ。……これじゃ。やはり人間、節目節目で茶を飲まんと、魂のネジが緩んでいかん。……しかしフェイ、この淑女修行とやらは、空中戦ドッグファイトよりよっぽど疲れるわい。重力(G)より世間体の方が重いとは、前世では気づかなんだ」


「師匠、その見た目で『よっこいしょ』を我慢するだけでも大変そうですもんね。……。……。でも、身体の方はどうです? 例の『魔力循環』」


 フェイが小声で尋ねる。

 俺は茶を啜りながら、自分の細い腕を見つめた。

 五歳から八歳、そして今、俺は十歳になろうとしている。身体は多少成長したが、やはりこの世界の同年代のパイロット候補生に比べれば、あまりに貧弱で華奢だ。


 精霊の力で動く機殻騎士だが、その操縦には強烈な加速と旋回によるGが伴う。

 この世界の連中は、魔法による安直な「身体強化フィジカル・ブースト」でそれを補い、筋肉を無理やり膨らませて耐えるが……。……。俺は、魔法という不確かなリソースをそこに割くのは非効率だと考えていた。


「……ああ。……。……順調じゃ。……。……。前世の戦闘機乗りが使っていた『抗G呼吸法』を、魔力の内気循環に応用してみた。……。……。魔力で筋肉を固めるんじゃなく、内臓の位置を固定し、血管の圧力を魔法の膜で一定に保つための『芯』を作るんじゃ」


「師匠、それ、失敗したら血管が破裂しません……?」


「……。……。何度も死にかけたわい。……。……。だが、おかげで見た目は弱々しい幼女のままだが、中身は十Gの急旋回にも耐えられる『特殊耐G仕様』になった。……。……。淑女のダンスの授業中も、ずっとこの呼吸を続けておるからな。……。……。カミラが『セリナ様の体幹は神がかっておりますわ!』と泣いて喜んでおったが……。……まさか、それが超高機動戦闘に耐えるための訓練だとは夢にも思わんだろうな」


 俺は不敵に笑った。

 見た目は可憐な令嬢。だが、その内側は、鋼鉄の如き魔力の「骨組み」によって守られた、プロの操縦士の身体へと着実に作り替えられていたのだ。




 ***




 それから数日後。

 俺とフェイは、屋敷の奥深く、もはや誰も立ち入らない『第四地下倉庫』に忍び込んでいた。

 ここは、アルスタイン家がかつて栄華を極めていた頃、禁忌とされた技術や失敗作が投げ込まれた「鉄の墓場」だ。


「……師匠、ありましたよ。……例の、親父さんが隠蔽したっていう『呪い』の出所」


 フェイが埃だらけの毛布を剥ぎ取った。

 そこにあったのは、巨大な黒い円筒形の機械。……。……機殻騎士の『動力核コア』だ。

 だが、通常のものとは明らかに様子が違う。

 表面には血管のような真っ赤な亀裂が走り、近づくだけで肌がピリつくような、不快な高周波の振動を放っていた。


「……ほう。……。……こいつが、アルスタイン家を没落させた元凶、『大罪の心臓シン・コア』か」


 かつて、俺の祖父か曾祖父か、誰だか知らんが狂った技術者がいたらしい。

 彼は最強の機体を作るため、精霊との対話を一切排除し、純粋な魔力出力のみを追求した動力核を開発した。

 だが、あまりに出力が強すぎ、さらに「精霊とのシンクロを拒絶する」という致命的な欠陥があった。

 どんな天才パイロットが触れても、精霊が悲鳴を上げて意識を断絶させてしまうため、一度も実戦投入されることなく、莫大な開発費だけを食いつぶして我が家を没落させたのだ。


「……あいつらにとっては呪いでも、俺たちにとっては『最高のエンジン』じゃな」


 俺は、その禍々しいコアにそっと手を触れた。


 瞬間。

 


 ドォォォォォン……!!

 


 俺の脳内に、猛り狂う獣のような衝撃が走った。

 

『触れるな!』『消えろ!』『誰にも従わない!』


 それは精霊の声などという生易しいものではなかった。

 あまりに高純度の魔力が凝縮され、物質そのものが「狂気」を帯びた、純粋なエネルギーの叫びだ。



「……おー、おー。元気でよろしい。……。……。……フェイ、こいつの『声』が聞こえるか?」


「いえ、私には耳鳴りくらいにしか……。……。やっぱり、師匠には分かるんですか?」


「……ああ。……こいつは、誰の言うことも聞きたくないと駄々をこねておる。……。……。シンクロなんていう、お上品な『対話』を求めていないんじゃな。……。……。こいつが求めているのは……自分を力でねじ伏せ、限界まで絞り尽くす『乗り手』だけじゃ。……。……。……ちょうどいい、俺も対話なんてめんどくさいもんは御免なんでな」



 俺は、半開きの目をカッと見開き、狂気的な笑みを浮かべた。

 

 シンクロ率0%。精霊を無視する俺。

 シンクロ不能。乗り手を拒絶するコア。

 

「……。……。……フェイ。……。……。こいつを、俺の『専用機』の心臓にするぞ。……。……。精霊に愛されない俺たちが、精霊を拒絶するこいつに乗って、世界をぶち抜くんじゃ。……。……。愉快だと思わんか?」


「……。……。最高に悪趣味ですね、師匠! ……。……。わかりました。……。……。十二歳で学園に入るまでに、こいつをマニュアル操作のレバーに繋ぐための『インターフェース』、私が徹夜で設計しておきます!」


 幼女二人の笑い声が、埃っぽい倉庫に響き渡った。

 

 この『大罪の心臓』は、すべてのリソースを防御や姿勢制御には回さない。

 ただひたすらに、すべての魔力を「推力ブースト」と「火力パワー」へと転換する、欠陥だらけの、しかしロマンの塊のようなエンジンだ。

 

 防御? そんなもん、当たらなきゃええんじゃ。

 安定? そんなもん、俺の腕で無理やり抑え込んでやるわい。


 俺は、淑女のドレスのポケットから、隠し持っていた使い古したスパナを取り出し、黒いコアにカツン、と当てた。


「……待ってろよ、相棒。……。……。学園の若造どもが、お前の加速にゲロを吐く姿を見せてやるからな」




 ***




 それから数年。

 俺は、表向きは「没落しつつも気品を失わない、美しきセリナお嬢様」を完璧に演じ続けた。

 

 そして、十二歳。

 いよいよ、王立機導学園への入学の日がやってくる。

 

 俺の元には、すでに「美貌」を狙った公爵家や、他国の貴族たちからの、下卑た視線が混じった招待状や縁談の打診が山ほど届いている。

 親父はそれを見て、「これで我が家も安泰だ……」と涙を流しているが……。


「……フェイ。……。……準備はいいか」


 入学前夜。俺は鏡の前で、学園の制服――清楚な白と青のドレス――を眺めながら、フェイに尋ねた。


「もちろんです、師匠。……。……。地下の『秘密の棺桶(専用機)』は、もういつでも火を入れられます。……。……。シンクロ率0%の無能令嬢が、入学式の演習でどんな騒ぎを起こすか……。……想像しただけで、お茶が三杯飲めますね。……あ、もちろん渋めのやつを淹れますよ」


「……。……。……。よっこいしょ。……。……。……。さて、行くか。……。……。若いやつらに、本当の『空』と『絶望』を教えてやらんとな」


 俺は、十二歳になった自分の身体をトントンと叩き、いつものように半開きの目で、窓の外の夜空を見上げた。

 

 精霊に祈り、優雅に舞う騎士たちの時代は、明日終わる。

 

 次に空を支配するのは。

 油の匂いと、鋼鉄の手応えを愛する、時代遅れのエースおじいちゃんなのだから。


「……あー、やっぱり油の匂いは、お茶の香りの次によろしいな」


 鏡の中の美少女は、可憐な微笑みの裏に、凶悪なエースの牙を隠し持っていた。


(つづく)


第四話をお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、五歳から十二歳までの「雌伏の時」を描かせていただきました。

親からは期待されず「嫁入りのための道具」として淑女教育を受けさせられるセリナ。

しかし、そのドレスの下では、魔力の内気循環による「抗G身体強化」を行い、着々と戦闘準備を進めている……というギャップを描写しました。


魔法的な筋力アップではなく、血管や内臓を魔力で守るという「パイロット特化型の身体強化」という設定、おじいちゃんエースらしくて気に入っております。


また、後の専用機となる『大罪の心臓シン・コア』という、ロマンあふれる「呪いのパーツ」も登場しました。

精霊を拒絶し、火力と加速だけに特化した「ピーキーすぎて誰にも乗りこなせない」エンジン。

これをセリナがどう乗りこなすのか、ぜひご期待ください。


「おじいちゃん感と淑女教育の組み合わせがシュール!」「専用機の予感に痺れる!」

と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や、下の【☆☆☆☆☆】での評価をよろしくお願いいたします!


次回、いよいよ十二歳の学園入学編が開幕。

シンクロ率0%の無能として蔑まれるセリナが、最初に見せる「神業」とは……?

引き続き、よろしくお願いいたします!


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