表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:遺された暗号と音速の翼

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/86

第七話:残光の調律、あるいは五日目の夜明け

見辛かったのでセリナのセリフは句読点でなくスペース空けて表記しています。


 猶予、残り四十八時間。

 ガレージ内の空気は、もはや酸素よりも焦げたオイルと鉄粉、そして極限まで研ぎ澄まされた人間の「執念」の方が濃かった。

 表では帝国の観測班が交代で監視を続け、時折、彼らの魔導探知機が放つ不快な高周波が、防音壁を抜けて俺たちの鼓膜を震わせる。その走査波は、まるで獲物の心音を測る死神の鎌のようだった。

 だが、地下ピットに籠もるFクラスの面々に、それを気にする余裕は一欠片もなかった。


「セリナ様、可変吸気ノズルの連動、コンマ二ミリの遅延が発生しています! シンコアの演算速度に、物理的な油圧駆動部が追いついていない。このままでは超音速域での吸気停止インテークストールが起きます!」


 ポロが悲鳴のような声を上げた。彼の繊細な指先は、不眠不休の作業で爪の間まで油に染まり、極限の緊張で細かく震えている。時計塔の整備で培った彼の超精密技術をもってしても、音速という「未知の物理領域」が要求する一ミリ秒以下の精度は、想像を絶する壁となって立ちはだかっていた。


「おー 若造 落ち着け 誤差は わらわが 操縦で ねじ伏せる お主は 歯車に 魂を 込めよ」


 俺はポロの肩を軽く叩き、再びシンコアの出力グラフに目を戻した。

 マッハ〇・九付近。そこは、大気がもはや流体ではなく、硬質な打撃となって機体を破壊しようとする境界線だ。シンコアが弾き出す「共振相殺波形」は完璧だが、それを受け取る機体各部の「しなり」が、理論値に追いついていない。


 アイゼンが計算尺を激しく叩きつけ、血走った目で数式を睨みつける。その背中は、老学者のそれではなく、真理を追い求める狂人のそれだった。


「だめだ…… 既存の理論では、このマッハ・タックによる機首下げ現象を抑えきれない! 物理学の限界だ。魔法で機体を固めれば自壊を招き、固めなければ衝撃波に引き裂かれる。セリナ、我々は…… 詰んだのか?」


 アイゼンの絶望に満ちた言葉が、ガレージの熱気を一瞬で凍りつかせた。

 神の領域へ足を踏み入れようとする人間への、物理法則という名の拒絶。

 その重苦しい沈黙を破ったのは、フェイの明るい、しかし芯の通った声だった。


「詰んでなんかいないですよ、教授! 師匠、この子の名前、決めたんです。名前が決まれば、魂が入る。そうすれば、あと一押しできるはずです!」


 フェイが指差したのは、組み上げられ、調整を待つ純白の試験機だった。


「『アーク・フェニール』…… 暁を駆ける伝説の白鳥です。師匠のその…… 真っ白で、小さくて、でも誰よりも空に近くて神々しい姿を見てたら、この名前しか浮かびませんでした。師匠という『アーク(方舟)』に載る、最高の翼。どうですか、師匠!」


 フェイの言葉に、ジャックやミリーも顔を上げた。みんな、煤に汚れた顔で、その「白い鳥」を見上げている。


「おー 鳥 フェニールか おー これは 良いな 綺麗な 名じゃな わらわに 似合わず」


 俺は少し照れ臭さを感じながらも、その名前を口の中で転がした。アーク・フェニール。悪くない。俺の「おじいちゃん」としての自覚を少しだけ脇に置いて、この少女としての象徴を受け入れた瞬間だった。




 その夜、深夜二時。

 密やかなノックと共に、影から現れたのは憔悴しきった帝国の操縦士、ルーカスだった。

 彼は言葉を発さず、一束の汚れた羊皮紙を俺の手元に置いた。それは、帝国が誇る最新鋭機『イカロス』の、最も秘匿されるべき「実測振動データ」…… 彼自身が死の淵で記録した、真実の塊だった。


「ルーカス お主 良いのか これは 帝国への 裏切り じゃぞ」


「帝国の福音に…… 空は救えない。私はただ、君が言った『空と踊る』という真理が見たいだけだ。そのデータには、マッハ〇・九五で発生する特異な共鳴周期が記してある。これを、君の…… アーク・フェニールの心臓に食わせてくれ」


 ルーカスはそれだけを言い残し、闇へと消えた。

 俺はその重みを掌に感じながら、データをアイゼンに叩きつけた。


「…… これだ! 衝撃波が発生する直前、大気が特定の周期で機体を叩いている! この周期をシンコアの基準クロックに同期させれば…… セリナ、いけるぞ! 衝撃波を拒絶するのではなく、機体そのものを衝撃波の波長に共鳴させて、物理的に透過させるんだ!」


$$M_{cr} = \frac{v}{a} \cdot \cos \Lambda$$


 臨界マッハ数 $M_{cr}$ の壁を、翼の「しなり」とシンコアの「調律」で無効化する。

 そこからの二十四時間は、まさに狂乱の沙汰だった。

 ジャックとニコラは、ルーカスのデータを元に、主翼の付け根に微細な遊びを持たせた特殊結合パーツを、手作業で削り出した。ミリーとポロは、シンコアのプログラムを根底から書き換え、世界で初めて「衝撃波と同期する」演算回路を完成させた。


 誰もが極限だった。食事を摂る暇も、眠る隙もない。

 だが、一人として弱音を吐く者はいなかった。

 俺たちの手の中に、今、人類が数千年にわたって見上げてきた「空の理」の正体が、その形を現そうとしていたからだ。





 そして、五日目の朝。

 ガレージの最奥で、ベールを剥がされた『アーク・フェニール』が、朝日を浴びて銀白の翼を輝かせた。

 主翼は極限まで薄く、それでいて生き物のようにしなやか。エンジンの吸気口には、ポロが調整した可変コーンが、獲物を狙う野獣の瞳のように鋭く突き出している。

 機体中央に鎮座するシンコアが、朝日を浴びて、これまでになく透明な「波紋」を周囲の空気に広げていた。


「セリナ様 間に合いました 私たちの フェニールです」


 ミリーが泣き出しそうな声で呟いた。

 Fクラスの面々は、泥と油にまみれたまま、自分たちが作り上げた奇跡を見上げていた。


 約束の正午。

 ガレージの扉の外には、リヒター伯爵率いる帝国の特使団が、漆黒の馬車と最新鋭機『イカロス』を伴って整列していた。

 リヒターは、俺たちが失敗を演じ続けていた三日間の報告を信じ切り、既に勝利を確信した傲慢な笑みを浮かべている。


「さあ、アルスタイン嬢。五日の猶予は尽きた。共同研究の契約書にサインをするか、あるいはその無価値な鉄屑を帝国に献上するか。選択の時だ」


 俺は、イザベラが用意した真っ白な、それでいて機能性を極めた耐圧スーツに袖を通し、ゆっくりとガレージの外へ歩み出た。

 俺の背後で、重厚な鉄扉が左右に開く。

 そこから現れた『アーク・フェニール』の威容に、帝国の兵士たちが思わず息を呑み、リヒターの笑みが凍りついた。


「おー リヒター 待たせたな 契約 おー それは 空の上で 考えよう 最高級の 景色を 用意 したぞ」


 俺はリヒターを無視し、傍らに立つルーカスと視線を合わせた。

 ルーカスの瞳には、全てを賭けた男の覚悟と、かすかな期待が宿っていた。


「勝負だ セリナ・フォン・アルスタイン。君が神の壁を越えるか、私が空に散るか」


「おー 若造 答えは 風に 訊け」


 俺はフェニールのコクピットに飛び乗り、ハッチを閉じた。

 シンコアに手を触れると、前世のエースとしての魂と、今世の少女の身体、そしてエンジンの回転が、完璧な一つの円となって溶け合った。


「プロジェクト・アーク 出撃 アイゼン 若造ども 翼を 見ておれ」


 スロットルレバーを力強く押し込む。

 シンコアが青白く発光し、エンジンの咆哮が学園全体を、そして見守る帝国軍を震撼させた。

 それは、帝国の「福音」という名の偽りを葬り去る、物理と魂が奏でる真実の旋律だった。


(つづく)


ご愛読いただきありがとうございました!

フェイが名付けた「アーク・フェニール」。セリナの白く美しい外見と、伝説の鳥を重ね合わせた名前、気に入っていただけたでしょうか。

次回、いよいよ帝国機『イカロス』との直接対決、そして人類初の「音速突破ソニックブーム」を描くクライマックス回となります。


面白いと思っていただけましたら、評価(★★★★★)やブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります!


次回、「第八話:音の壁、あるいは真理の咆哮」にご期待ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ