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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:遺された暗号と音速の翼

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第五話:鋼鉄の死神、あるいは双つの空


 ゲシュタルト帝国が学園の演習場に設営した「特設ハンガー」は、親善という言葉が空虚に響くほど、軍事的な威圧感に満ちていた。

 周囲には魔導障壁の発生器が等間隔に配置され、漆黒の甲冑に身を包んだ帝国の精鋭歩兵が、抜き身の殺気を放ちながら周囲を警戒している。昨日までの静かな学園の風景は、たった一晩で帝国の不気味な「橋頭堡」へと塗り替えられていた。


 俺――セリナ・フォン・アルスタインは、アイゼンとフェイ、そしてイザベラを伴い、その鉄の牙城へと足を踏み入れた。



 出迎えたのは、昨日と同じく不敵な笑みを浮かべるリヒター伯爵だ。


「ようこそ、聖女殿。そしてアイゼン卿。我が国の技術の精髄をご覧いただこう。これこそが、空を平伏させる帝国の翼だ」


 リヒターが重厚な防音扉を開くと、そこには「死神」が鎮座していた。

 帝国最新鋭高速試験機『イカロス』。

 王国の『シュトラール零型』が、既存の機体に物理学の理を組み込んだ改良機だとするなら、この機体は最初から物理の理を魔法の暴力でねじ伏せるために造られた、美しくも禍々しい兵器だった。


 機体全身は、魔力を極めて高い効率で伝達する「魔導銀」でコーティングされ、鈍い輝きを放っている。主翼は極端に薄く、後退角はマッハ付近での空気の圧縮を力ずくで切り裂くための鋭利な形状。そしてエンジンカウルからは、高熱によって変色した排気ノズルが、野獣の喉元のように突き出している。


「おー。派手な鉄屑じゃ。アイゼン。見よ。あの翼の付け根を」


 俺はリヒターの視線を無視し、イカロスの主翼の付け根、胴体との結合部を指差した。

 一見すれば完璧な工作精度に見えるが、俺の「エース」としての眼は誤魔化せない。そこには、魔導プラズマによる異常な高出力に耐えきれず、金属が悲鳴を上げた証拠である微細な「熱疲労の亀裂ヘアライン」が走っていた。


「熱の逃げ場が無いな。魔法で無理やり冷やしておるが……。金属そのものが分子レベルで壊れておるわい」


 俺の呟きに、アイゼンが眼鏡をずり上げ、這いつくばるようにして機体底部を覗き込んだ。


「狂気だ……。セリナの言う通りだ。これほどの魔力負荷をかけ続ければ、機体そのものが共振の限界を超えて崩壊する。リヒター伯爵。貴殿らは、この機体を飛ばすたびに、操縦士の命を博打にかけているのか?」


 アイゼンの厳しい指摘に、リヒターは眉一つ動かさなかった。むしろ、楽しげに俺たちを観察している。


「卿らの懸念は、帝国の福音の前では無意味だ。……ところで、セリナ殿。昨日の貴殿の試験……あの地上燃焼試験での、奇妙な現象について伺いたい。物理的にはあり得ぬはずの、異常なまでの振動の収束。そして、青白い放電。我が国の手記によれば、それは『同期駆動核(Sync-Core)』が稼働した際の反応に酷似しているのだが?」


 リヒターの言葉が、ハンマーのようにガレージの静寂を叩いた。

 フェイが息を呑む。ポロたちが隠し持っていた「切り札」の名を、敵が確信を持って口にしたのだ。


 リヒターは、一冊の原本に近い手記を俺の前に広げた。そこには、俺が持っているシンコアの概念図と、その起動条件が記されていた。


「手記にはこうある。『空の理に同期せぬ者、音速の壁に弾かれん。その心臓こそが、同期駆動核なり』と。成層圏飛行の際は、ただの物理設計で乗り切ったようだが……。昨日の試験で、貴殿はついにその心臓に手を出したのではないかな?」


 リヒターの鋭い視線が俺を射抜く。

 俺は、イザベラが差し出した果実水を悠然と一口飲み、喉を潤してから口を開いた。


「おー。心臓。精霊の気まぐれを、大層な名で呼ぶものじゃな。帝国は……幽霊を捕まえるのが仕事か」


 俺の惚けに、リヒターの口角が吊り上がった。彼は俺が「持っている」と確信したのだ。この少女の余裕は、手記にある「心臓」を手に入れた者特有の傲慢さだと、彼は誤読した。


「ふふ、いいだろう。隠し通せると思っているのなら。だが、実際に空を殴っている男の声を聞けば、考えが変わるかもしれん」


 リヒターが合図を送ると、機体の影から、漆黒の飛行服を脱ぎ捨てた一人の男が現れた。

 帝国側のエース操縦士、ルーカス。

 バイザーを外した彼の顔は、年齢以上に老け込んで見えた。目の周囲には高Gによる鬱血の跡があり、指先は微かに、しかし絶え間なく震えている。


「おー。若造。空と喧嘩をしておるな」


 俺が声をかけると、ルーカスは立ち止まり、俺の手を見つめた。

 俺の手は、十三歳の少女のものとしては逞しすぎた。操縦桿の激しい振動に耐え、スロットルレバーを繊細に操るための、プロの「マメ」が刻まれている。


「セリナ・フォン・アルスタイン。君の瞳には、私と同じ『空に魅入られた狂気』が見える。だが、君の身体からは、あの忌々しい共振ノイズを感じない。なぜだ」


 ルーカスの問いは、悲痛な叫びに近かった。

 彼はイカロスを駆るたびに、魔法の出力が物理の壁に激突する瞬間の「死の振動」に晒されているのだ。


「私の機体は……マッハ〇・九に達した瞬間、世界が自分を拒絶し始めるのを感じる。大気が鉄板のように機体を叩き、魔法回路が悲鳴を上げ、五臓六腑が撹拌される。君は、どうやってあの壁と対話している?」


 俺は機体の主翼に手を触れた。冷たい魔導銀の感触。その奥で、無理やり圧縮された精霊の力が、出口を求めて絶叫しているのが手に取るようにわかる。


「対話。おー。それは間違いじゃ。空と対話など……できぬ。空は、ただそこにあることわりじゃ。殴れば殴り返してくるぞ。わらわは……ただ空に己を同期あわせておるだけじゃ」


 同期。

 その言葉を聞いた瞬間、ルーカスの瞳に絶望と羨望が混ざり合った。

 物理学における共振現象――固有振動数が外部からの振動と一致したとき、構造物は崩壊する。帝国の技術は、この物理の理を魔法の出力で強引に塗りつぶそうとしている。だが、それでは音速の壁という巨大な共振点を超えた瞬間、機体は自壊する。


「同期だと……? 私は、帝国の誇りにかけて、空を支配しろと教えられてきた。空に合わせるなど、敗北ではないか!」


「おー。支配。笑わせるな。若造……。……。お主、死ぬぞ」


 俺の断言に、周囲の帝国兵たちが色めき立ったが、ルーカスだけは力なく笑った。

 彼は知っているのだ。次のフライトが、あるいはその次が、自分の最後の瞬間になることを。


 ハンマーで鉄を叩くような異音が、ハンガー内に響き渡った。帝国の整備士たちが、過負荷で歪んだエンジンのボルトを強引に締め直している音だ。

 俺はそれを見て、確信した。


 五日。リヒターが与えた猶予。

 それは王国への寛大さなどではない。

 帝国の技術が、この『イカロス』という歪んだ翼が、崩壊するまでに残された限界時間なのだ。


 奴らは、自らの翼が折れる前に、俺のシンコアを奪い、自分たちの暴力に正しい心臓を組み込もうとしている。


「リヒター。お茶は……旨かった。だが、鉄の味は……最悪じゃな」


 俺は一瞥もくれずに、ハンガーを後にした。

 背後で、ルーカスがじっと俺の背中を見つめているのを感じながら。


 ガレージに戻る道すがら、アイゼンが重い口を開いた。


「セリナ……。帝国のやつら、なりふり構わずコアを奪いに来るぞ。あのルーカスという男の機体、あれはもう一回も全開加速には耐えられん。奴らは焦っている」


「おー。焦りは……工学の最大の敵じゃ。若造どもを集めよ。五日。……。逆転の準備をするぞ」


 十三歳の聖女の瞳は、夕闇の中で、シンコアと同じ不気味な光を湛えていた。

 帝国の死神が牙を剥く前に、俺たちは物理という名の神の喉元に、真実の剣を突き立てる。


(つづく)


第五話をお読みいただき、ありがとうございます!

帝国の最新鋭機『イカロス』の欠陥と、追い詰められた帝国側の事情が明らかになりました。

セリナ(おじいちゃん)の技術者としての眼が、いかにしてこの難局を切り抜けるのか、物語は加速していきます。


もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

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次回、「第六話:五日間の煉獄、あるいは偽りの福音」にご期待ください。


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