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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:遺された暗号と音速の翼

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第四話:鉄の沈める、あるいは外交という名の威力偵察


 学園の静寂を切り裂いたのは、祝祭の喇叭らっぱではなく、大地を震わせる重厚な金属音だった。

 校門を抜け、Fクラス専用ガレージの前まで平然と乗り込んできたのは、漆黒の装甲に覆われた巨大な馬車。いや、それはもはや移動司令部と呼ぶべき鋼鉄の塊だった。馬を介さず、車体下部から漏れ出す青白い魔力の光と、不気味な低周波の唸りを響かせながら、その怪物は俺たちの聖域の前に居座った。




 車体側面には、鋭い剣と広げられた翼を組み合わせたゲシュタルト帝国の紋章が、鈍い銀光を放って刻まれている。

 プシュー、という高圧蒸気の抜けるような音と共に側面のハッチが開き、そこから現れたのは、磨き抜かれた軍靴を地に着けた一人の男だった。


「王立機導学園、Fクラスの諸君。そして、アルスタイン伯爵令嬢。突然の訪問を、まずは外交的儀礼に則り、お詫び申し上げよう」


 帝国外務卿、ハンス・フォン・リヒター伯爵。

 洗練された仕草で手袋を直し、優雅に頭を下げる。だが、その瞳の奥には、獲物を定める猛禽類のような鋭利な殺気が隠されていた。彼の背後には、異様な集団が控えている。全身を漆黒の耐圧服フライトスーツで包み、顔全体を遮光バイザーで覆った操縦士たちだ。彼らの放つ殺気は、戦場で剣を振るう騎士のそれではない。極限の高度、あるいは極限の速度域で感覚を研ぎ澄ませてきた、生身の感覚を捨てた機械のそれに近かった。


「……。外交。おー。笑わせる。土足で。他人の。ガレージに。入り込むのが。帝国の。礼儀か」


 俺は煤に汚れたオーバーオールのまま、イザベラが差し出した三杯目のお茶を啜り、椅子に深く腰掛けた。

 リヒターは鼻を突く重油の匂いや、床に散らばった鉄粉に眉一つ動かさず、むしろ興味深げにガレージ内の設備、特に先ほどまで俺たちが格闘していた地上減圧試験槽へと視線を走らせた。


「ほう。これは驚いた。王国の辺境の学園に、これほどまでの『真理』の片鱗があるとは。……。だが、誤解しないでいただきたい。我々は今日、略奪に来たわけではない。むしろ、建設的な提案に来たのだ」


 リヒターは懐から、一通の重厚な親書を取り出した。帝国皇帝の親印が押されたその封筒を、恭しく俺の前の作業台に置く。


「我が帝国もまた、貴殿らが到達した成層圏という領域に多大なる関心を持っている。そして、我々も持っているのだ。アイゼン元中将が拾ったものと同じ、先駆者の遺産をな」


 リヒターが提示したのは、アイゼンの「手記」と同じ装丁、しかしより後半の部分が記された一冊の報告書だった。

 俺はその中身を遠目から一瞥しただけで、その正体を見抜いた。それは、先駆者が遺した機体の運用記録……。前世のテストパイロットたちが命を懸けて書き残した、フライトログの断片だ。そこには、音速付近での機体の挙動、フラッター現象、そして衝撃波による機体破壊のデータが、残酷なほど正確に記されていた。



「帝国は提案する。この学園を、帝国と王国の共同研究特区としたい。聖女殿。貴殿の持つコアの技術と、我が帝国の持つ遺産の知識。これを合わせれば、空は人類の掌中に落ちるだろう」


 リヒターの言葉は丁寧だが、その裏には「監視」という名の明確な圧力が潜んでいた。数日間は留まるそうだ。

 彼らがこの学園に留まるということは、俺たちの「プロジェクト・アーク」は、常に帝国の目に晒されることになる。五日という猶予は、協力の返答を待つ時間であると同時に、俺たちの技術の底値を測るための威力偵察の時間だ。


「……。共同研究。おー。笑わせる。お主たちの。空は。支配の。道具じゃ。空を。愛して。おらぬ」


 俺が吐き捨てると、リヒターの背後にいた一人の操縦士が、ゆっくりと遮光バイザーを跳ね上げた。

 その瞳を見た瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。血走り、高Gの負荷による毛細血管の破裂で赤く染まった白目。顔には酸素マスクの跡が深く刻まれている。

 こいつは、ただの操縦士じゃない。無理やり魔導で強化した機体で、身体が壊れるほどの限界飛行を繰り返している、使い捨てのエースだ。彼から漏れる魔力の揺らぎは、エンジンの排熱のように熱く、そして脆い。


「理屈は不要だ。速い者が空を支配する。それがすべてだ。……。いずれ。空で。答え合わせを。しよう。聖女様」


 男の掠れた声は、まるで死神の宣告のようだった。

 リヒターは満足げな笑みを浮かべ、漆黒の馬車と共に去っていった。彼らは学園の貴賓館を接収し、そこを拠点に五日間、俺たちを見張るつもりだろう。


 静まり返ったガレージ。割れた窓から吹き込む冷たい風が、床に広げられた設計図を虚しく揺らす。

 一ヶ月と一週間。俺たちが物理の深淵に手を伸ばしている間に、世界はこの少女が起こした「奇跡」を、取り除くべき軍事的な脅威として認識し終えていたのだ。


「師匠……。あいつら、絶対ろくなこと考えてないよ。共同研究なんて嘘だ。隙を見て、アークの技術を盗むつもりだわ」


 フェイが悔しそうに拳を握り、ポロも震える手でマッハ計を抱え直した。ジャックやミリーも、帝国の放った圧倒的な威圧感の余韻に、言葉を失っていた。


「……。構わぬ。盗めるものなら。盗んでみよ。真理は。図面の中に。あらず。飛ぶ者の。魂に。ある」


 俺は、粉々になったティーカップの破片を無視して、椅子から立ち上がった。

 帝国が居座るというのなら、勝手にすればいい。むしろ、彼らの持つ「手記の続き」……フライトログの中身を盗み取るチャンスでもあった。アイゼンの人生を狂わせた「物理」の、その先がそこにある。


「……アイゼン。先駆者の。続き。読みたくは。ないか」


 俺の言葉に、アイゼンが眼鏡を指先で押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。その瞳には、恐怖を塗りつぶすほどの学究的な狂気が宿っていた。


「フン。元より私は、真理のためなら悪魔に魂を売ってもいいと思っていた。帝国という名の悪魔が、わざわざ資料を持ってきてくれたのだ。……。利用しない。手は。ないな」


 ガッツもまた、無言でハンマーを担ぎ直し、若造たちを鼓舞するように床を叩いた。その重厚な音が、沈んでいたガレージの空気を力強く押し上げる。


「嬢ちゃん。やることは変わらねえな。あの音の壁をぶち破る、最高の翼を組むだけだ。帝国野郎の度肝を抜いてやろうぜ!」


 俺は、イザベラが淹れ直してくれた二杯目のお茶を静かに飲み干した。

 音速への挑戦は、今、帝国の監視という不自由な状況の中で、密やかなる、しかし確実なる胎動を始めた。


「……。忙しくなるな。若造ども。明日から。隠密工作の。時間じゃ」


 十三歳の聖女の瞳には、かつて幾多の空を駆け抜けたエースとしての、冷徹な闘志が宿っていた。

 プロジェクト・アーク。それは今、国家間のスパイ戦を孕んだ、極限の開発競争へと変貌を遂げた。


(つづく)


ご愛読いただきありがとうございました。

次回、「第五話:偽りの握手、あるいは情報奪還作戦」にご期待ください。


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