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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:遺された暗号と音速の翼

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第三話:マッハへの階梯、あるいは減圧の試練


 「プロジェクト・アーク」の青写真がガレージの床一面に広げられてから、三日が過ぎた。

 アイゼンが廃村で見つけた「手記」の断片的な記述と、俺が前世のエースパイロットとして、そしてエンジニアとして培ってきた知識を融合させる作業は、この世界の既存の魔法工学を根底から解体し、再定義する狂気の作業だった。





 ガレージには昼も夜もなかった。窓を板張りにして外界の称賛と喧騒を遮断し、俺とアイゼン、そして計算担当のエレーナは、ただひたすらに数式と格闘した。魔法で空を飛ぶのではない。空気を力ずくで圧縮し、爆発させ、その膨張エネルギーをシンコアという未知の心臓で物理的な回転運動へと完璧に同期シンクロさせる。

 アイゼンは時折、手にした計算尺を震わせ、俺が提示する「衝撃波」の概念図を見て呻いた。


「セリナ……。君の言う通りなら、空気はもはや気体ではない。マッハ一に近づくにつれ、空気は機体を粉砕する鋼鉄の壁へと変貌するのか」


「……。おー。だから。翼は。薄く。鋭く。せねばならぬ。アイゼン。お主の。数式が。……。……。鉄を。変えるのじゃ」


 俺が指し示したのは、機体の速度 $v$ と音速 $a$ の比率を示すマッハ数の方程式だった。


$$M = \frac{v}{a}$$


 この数式が意味するのは、神への祈りでも精霊への感謝でもない。剥き出しの物理法則が支配する絶対的な境界線だ。設計図が完成した四日目の朝、俺は煤で汚れた顔を拭い、集まったFクラスの面々を見渡した。


「……。おー。設計図は出来た。ここからは時間との戦いじゃ。一ヶ月。一ヶ月でこれを形にせよ。若造ども。死ぬ気で。槌を。振るえ」


 俺の宣言と共に、静まり返っていたガレージが爆発したような熱量に包まれた。そこからの三十日間は、まさに油と煤、そして火花が支配する地獄の工期となった。


 ジャックとハンスは、ガレージの地下に眠っていた古い鋳造設備を魔改造し、大型の真空高周波炉を自作した。シンコアの生み出す超高回転と、燃焼室の数千度に及ぶ熱に耐えうる「耐熱魔鋼」のタービンブレードを鋳造するためだ。

 一ミリの気泡も許されない。ジャックは火床の熱に皮膚を焼きながらも、「嬢ちゃんの命を預ける羽だ、魔法に頼ってられるか!」と叫び、手作業でブレードを一枚ずつ研ぎ上げていった。


 その隣では、ニコラが旋盤の前に張り付いていた。吸気タービンの中心軸、シャフトの偏心率はコンマ〇〇五ミリ以下が求められる。魔法で形を整えるのではない。自らの手の感覚を研ぎ澄ませ、鉄を削り出す。ニコラの目は血走り、その集中力はアイゼンすら戦慄させるほどだった。


 そして今回、新たに加わった「若造」が一人いた。

 下級生のポロ。学園の時計塔の巨大な歯車を一人で整備していたという、ジャンが「指先の細かさなら俺の数倍は上だ」と太鼓判を押して連れてきた少年だ。


「せ、セリナ様……。この、マッハ計の内部機構……組み上げました。魔法回路を介さない、純粋な空気圧駆動の差圧計です。」

「ポロ……。よくやった。お主の。指先は。……。……。宝物じゃな」


 ポロは頬を赤らめながらも、ミリーと共に計器盤の構築に没頭した。マッハ計、吸気温度計、シンクロ率モニター。どれもがこの世界の誰も見たことがない、物理を数値化するための新しい「瞳」だった。



 ガレージの裏手では、ジャンとルミエが巨大な「鋼鉄の怪物」を作り上げていた。

 地上減圧試験槽。

 軍の廃棄場からジャンが拾ってきた巨大な防魔貯水槽を横倒しにし、内壁を耐圧鋼で補強したものだ。内部の空気を大型の排気ポンプで強制的に抜き取り、地上に成層圏の環境……低圧と極低温を再現するための「人工の地獄」だ。



 三十日間。俺たちは一日たりとも休まなかった。イザベラが「お嬢様、せめてお着替えを」と差し出すドレスを拒み、俺は油まみれのオーバーオールに身を包んで、ガレージ中を歩き回った。アイゼンの理論をガッツが現場の腕で形にし、若造たちがそれを磨き上げる。


 そして、一ヶ月と三日が過ぎた運命の日。

 地上減圧試験槽の中に鎮座したのは、鈍い銀光を放つ試作一号エンジン「アーク・エンジン」だった。








「……。アイゼン。ガッツ。準備は良いか。ポロ。ミリー。……。記録を。頼むぞ」


 俺は試験槽のコントロールパネルの前に立ち、重厚なレバーを握った。覗き窓の向こうで、エンジンの心臓部に埋め込まれたシンコアが、呼吸をするように青白く発光を始める。

 排気ポンプが重低音を響かせ、試験槽内の気圧が急速に低下していく。高度一万二千メートル。成層圏の疑似空間が完成した。


「燃料噴射……。点火!」


 ――ドォォォォォォンッ!!


 ガレージ全体を、これまでにない衝撃が突き抜けた。シュトラール零型のそれとは根本的に違う、空気を質量として押し潰すような、暴力的な咆哮。


「回転数上昇! シンクロ率、九十六……九十七……九十九パーセント! 安定しています!」


 ポロが叫ぶ。ミリーが計器の数値を読み上げ、エレーナがそれを瞬時にグラフ化していく。

 マッハ〇・五、〇・六。試験槽内の空気が超高速で吸い込まれ、エンジンのテールパイプからは目に見えるほどの「ダイヤモンド・ショック」の火炎が噴き出した。


「……。ここからじゃ。……。マッハ。〇・八。……。壁に。触れるぞ」


 俺がさらにレバーを押し込み、魔法燃料の流量を最大にした瞬間。

 試験槽全体が、激しい振動に襲われた。キィィィィィィィン、という鼓膜を直接針で刺すような高周波。音速の壁の目前で、空気が悲鳴を上げている。衝撃波が発生し、タービンブレードの先端が空気の壁に衝突し始めたのだ。


「圧力が臨界点を突破! エンジン各部に異常振動! 槽内の魔法障壁が持ちません、爆発します!」


 ポロの悲鳴が響く。アイゼンも顔を青ざめさせ、「中止だ! セリナ、理論値を超えている! 物理の壁がエンジンの素材強度を上回っているぞ!」と叫び声を上げた。


「……。カット。燃料。遮断。……。……。」


 俺がレバーを力ずくで引き戻すと、猛烈な余韻を残して、世界に静寂が戻った。

 試験槽の排気弁から白い蒸気が噴き出し、熱を帯びた鉄がパチパチと音を立てて収縮していく。静まり返ったガレージ。全員が、自分の心臓の音すら聞こえるほどの静寂の中で、覗き窓を注視した。


 アイゼンが震える手でハッチを開け、冷却を待ってから中のエンジンを調べた。

 そこには、マッハ〇・八の「壁」の圧力によって、目に見えぬほど微細に、しかし確実に表面が「削り取られた」耐熱魔鋼のタービンブレードがあった。


「……。これこそが。物理の。壁。音の。速さが。……。……。質量を。持った。証拠じゃ」


 俺は汗を拭い、煤けた顔で不敵に笑った。

 一ヶ月強の血の滲むような努力の末、俺たちはようやく、神の領域の入り口にある「絶壁」に触れることができた。この削り跡こそが、俺たちが正しい道を歩んでいる証明だった。



 だが、その達成感に浸る時間は一瞬で奪われた。

 学園の門の向こうから、これまでにないほど華やかな喇叭の音と、重厚な馬の嘶きが聞こえてきた。パレード用の浮ついた音ではない。それは、権力と軍事力を背景にした、威圧的な調べだった。


 ジャンが血相を変えてガレージに飛び込んでくる。


「せ、セリナ様! 枢密院じゃありません! ゲシュタルト帝国の……皇帝の親書を携えた、正式な親善特使団です! 今、校門を突破してこちらに向かってます!」


 一ヶ月と一週間。俺たちが物理の深淵に手を伸ばしている間に、世界はこの少女が起こした「成層圏到達」という奇跡を、軍事的な脅威として認識し終えていたらしい。


「……。おー。来たか。……。忙しく。なるな。……。若造ども。お茶を。淹れ直せ。……。最高級の。茶葉で。……。……。挨拶を。してやるわい」


 音速への挑戦は、今、国家という巨大な嵐に飲み込まれようとしていた。

 十三歳の聖女の瞳には、かつて幾多の空を駆け抜けたエースとしての、冷徹な闘志が宿っていた。


(つづく)


第三話をお読みいただき、ありがとうございます。

設計に3日、製作に30日。Fクラスの若造たちが一丸となって作り上げた「地上減圧試験槽」での初実験を描きました。

単に魔法で速くなるのではなく、「空気の壁(衝撃波)」という物理的な壁を具体的に描くことで、セリナたちが挑もうとしていることの困難さを強調しています。

新キャラのポロも、時計塔の整備で培った指先の技術で、マッハ計という重要なパーツを完成させました。


面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークをしていただけると大変励みになります。


次回、「第四話:帝国の福音、あるいは空の独占権」です。


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