第二十四話:王都の晩餐、あるいは牙を剥くエース
王都、王宮「白銀の間」。
天井を埋め尽くす巨大なクリスタル・シャンデリアが放つ光は、広間に集った貴族たちの虚栄心を等しく照らし出していた。金糸銀糸を惜しみなく使った礼服、煌びやかな宝石、そしてそれらを身に纏う者たちの口から漏れる、魔力と利権にまみれた甘い噂話。
その社交界という名の戦場において、俺――セリナ・フォン・アルスタインは、完璧な「聖女」として展示されていた。
イザベラが心血を注いで仕立て上げた白銀のドレス。それは光の加減で虹色に揺らめき、俺の幼い身体を神聖な輝きで包み込んでいる。しかし、その内側は地獄だった。
「……。重い。……。……。浮力装置。……。……。締めすぎ。……。死ぬわい」
俺は扇子で口元を隠しながら、隣に控えるイザベラにだけ聞こえる声で毒づいた。腹部を極限まで圧迫され、肺の容量は通常の三割ほどに制限されている。重力下での激しい機動に耐える『抗G呼吸』すらままならないこの衣装は、俺にとって最新の拘束具以外の何物でもなかった。
「お嬢様、背筋を。ここは機導学園のガレージではありません。一挙手一投足が、アルスタイン伯爵家、そしてFクラスの命運を左右するのだとお忘れなく」
イザベラの峻厳な声が背後から届く。彼女自身も、隙のない完璧な筆頭侍女として振る舞いながら、周囲の貴族たちの視線――「聖女の力をどう利用するか」という野心に満ちた熱視線を冷徹に弾き返していた。
そんな喧騒の中心へと、一人の男が歩み寄ってきた。
軍の重鎮であり、特使カイルの父、ベルシュタイン公爵。彼の背後には、白い布に覆われた巨大な「何か」が控えている。
「おお、これは聖女セリナ様。本日の叙勲、心よりお祝い申し上げますぞ。……。さて、貴女様の門出を祝し、我が家門と軍の技術の粋を集めた『贈り物』をご披露したく思いましてな」
公爵が合図を送ると、随行の兵士たちが布を一気に引き剥がした。
現れたのは、王立騎士団の次期主力機として開発が進められている最新鋭機、『アルテミス一型』だった。精霊石の輝きを透過させる特殊なクリスタル装甲に覆われたその機体は、美しく、そしてどこか歪な威圧感を放っていた。
「これこそ、精霊の加護を極限まで高めた『神の依代』。……。聖女様、どうかこの機体に貴女様の祝福を。貴女が手を触れるだけで、この機体は無敵の翼を得る。……。大衆はそれを望んでおりますぞ」
周囲の貴族たちが一斉に固唾を呑んで見守る。
公爵の狙いは明白だ。ここで俺に「加護」という名の演出をさせ、最新鋭機と聖女を結びつける。そうすることで、自分の派閥の軍事予算を正当化し、俺を軍の広告塔として完全に囲い込むつもりなのだ。
俺は、無機質なクリスタル装甲を見つめた。
公爵の厚顔無恥な笑み。周囲の期待。だが、俺の「エースの眼」が捉えたのは、そんな世俗の思惑ではなかった。
「……。おー。美しい。……。……。だが。……。……。これは。ただの。……。……。火葬場。……。じゃな」
広間に、凍りつくような沈黙が流れた。
公爵の顔から笑みが消え、代わりに怒気を含んだ赤みが差す。
「……な、なんですと? 聖女様、今、なんと仰った」
「……。わらわの。目は。誤魔化せぬ。……。……。冷却系。……。……。配置が。……。……。素人仕事。……。じゃわい」
俺はドレスの裾を翻し、機体の脚部付近へと歩み寄った。公爵の制止を無視し、装甲の継ぎ目にある「物理的な排熱スリット」を扇子で指し示す。
「精霊の加護に。頼りすぎた。……。……。魔力による。冷却。……。……。それだけでは。熱応力を。……。……。相殺できぬ。……。……。計算を。……。……。したのか」
俺は脳内で、前世で叩き込まれた熱力学の公式を弾き出す。精霊石から放出される膨大な熱エネルギーに対し、この装甲素材の耐熱限界と冷却液の循環速度があまりに不釣り合いだ。
「熱応力の計算。……。……。教えてやろう。
$$\sigma_{thermal} = E\alpha\Delta T$$
……。……。
この。……。……。弾性係数 $E$。……。……。線膨張係数 $\alpha$。……。……。そして温度差 $\Delta T$。……。……。これらを。無視した。……。設計。……。……。起動して。十秒。……。……。内部で。膨張した熱が。……。……。逃げ場を失い。……。……。装甲ごと。弾け飛ぶわい」
俺の言葉は、魔法を信仰する者たちには呪文のように聞こえたかもしれない。だが、広間の端にいた軍の技術者たちの顔色が、瞬時に土色に変わった。彼らは、開発段階で「原因不明の破損」として隠蔽してきたバグを、この十二歳の少女が、一目見ただけで数式をもって証明したことに戦慄したのだ。
「……。祝福など。不要。……。……。まずは。図面を。……。……。引き直せ。……。……。若造。……。……。死人を。……。……。増やしたい。……。……。のか」
公爵は、もはや言葉を発することもできず、ただ震えながら俺を凝視していた。
叙勲の晩餐会は、一瞬にして「軍の欠陥告発場」へと変貌した。俺は、政治的な包囲網を、純粋な「技術の正論」という名のパイルバンカーで粉砕したのだ。
***
騒然とする広場を後にし、俺は火照った身体を冷ますため、バルコニーへと出た。
冷たい夜風が、窮屈なドレスの中で蒸れた肌に心地よい。月明かりに照らされた王都の街並みは静かだが、俺の心臓はまだエースとしての高揚でドクドクと脈打っていた。
「……。さて。……。……。帰って。……。……。お茶を。……。……。啜りたい。……。……。ものじゃ」
そう呟いた時、背後の影から、一人の老紳士が音もなく現れた。
軍の最高礼装に身を包んでいるが、その眼光はこれまでのどの貴族とも違う。深い知性と、それ以上に深い「修羅場」を潜り抜けた者だけが持つ、独特の重圧。
彼は俺の横に並び、王都の夜景を見つめながら、魔法の詠唱でも社交辞令でもない言葉を口にした。
「……コンタクト。……。……。右15度。……。……。エンゲージ」
俺の思考が、一瞬停止した。
それは、この世界には存在し得ないはずの言葉。
レーダーが敵を捉え、交戦を開始する際に、前世の俺たちが無線機越しに交わしていた「戦闘隠語(軍事用語)」だ。
俺は反射的に、隣の男を睨みつけた。
だが、彼は不敵な笑みを浮かべたまま、こちらを見ようともしない。
「……。お主。……。……。今。……。何と言った」
「いい物理演算だった、お嬢さん。空軍の。教本通りだな……」
男はそれだけを言い残すと、驚愕に目を見開く俺を置き去りにして、雑踏の中へと消えていった。
名前は知らない。だが、あの完璧な発音、そしてあの「空気」。
「……。さて。……。……。藪から。……。蛇が。……。……。出たわい」
俺は、震える指先でバルコニーの手すりを強く握りしめた。
この世界に、俺と同じ「空」を知る者がいる。
王都という名の戦場は、俺が想像していたよりも遥かに、煤と油にまみれた「泥沼」であるようだった。俺は、十二歳の少女の可憐な仮面の下で、数十年ぶりに「強敵」に出会った時のような、残酷で歓喜に満ちた笑みを浮かべていた。
(つづく)
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次回、「第二十五話:灰色の記憶、あるいは残像の追跡」です。




