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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第二十二話:地獄のブートキャンプ、あるいは勘違いの聖域


 王立機導学園の隅にあるFクラスのガレージに、革命が起きていた。

 かつては油の染みと鉄屑、そして「落ちこぼれ」たちの投げやりな空気が沈殿していたその場所は、今や王都の近衛兵舎も驚くほどの規律と清潔感に支配されている。


 壁に掛けられたレンチ、スパナ、ドライバーといった無数の工具は、サイズ順に一ミリの狂いもなく並べられ、鈍い銀光を放つまで磨き上げられている。床には油汚れ一つなく、中央に鎮座する実験機零号の装甲は、鏡のように周囲を映し出していた。

 ニコラ、ルミエ、ボリスといった面々は、ガレージの片隅で背筋をピンと伸ばし、直立不動の姿勢をとっている。彼らの視線の先には、純白のエプロンドレスに身を包み、冷徹なまでの正確さで在庫リストを確認する鉄の侍女、イザベラの姿があった。


「ニコラ様、ボルトの在庫が三本足りません。報告漏れは戦場では死に直結します。……。ルミエ様、そのフラスコの持ち方。指の角度が甘い。やり直しなさい」


「ひ、ひいっ! はいっ、ただちに!」


 イザベラの低い、しかし芯の通った声が響くたび、Fクラスの若造たちは弾かれたように動き出す。そこにはもはや、魔法を使えないことを嘆く暇など一秒も存在しなかった。




「……。おー。箱は。整ったな。次は。中身じゃ。……。若造ども。集まれ」


 俺――セリナ・フォン・アルスタインは、フェイが淹れた格別に渋い茶を飲み干し、木箱から立ち上がった。

 イザベラが整えたこの環境は素晴らしい。だが、機体という「器」を完璧にしても、それを操る、あるいは支える「人間」がひ弱なままでは、本当の戦場では通用しない。


「師匠、嫌な予感がするんだけど……。その、おじいちゃんがニヤリと笑う時って、大抵ロクなことが起きないわよね」


 フェイが頬を引きつらせて一歩下がるが、俺は逃がさない。


「……。フェイ。お主も。例外ではない。……。……。ジャン。ゴミの中から。出てこい。……。全員。裏庭へ。整列じゃ」


 ***


 学園の裏庭、人目につかない広場に、登校拒否組も含めたFクラスの全生徒、三十名が集結していた。

 彼らは一様に不安げな表情を浮かべていたが、その背後で竹鞭をピシャリと鳴らすイザベラの威圧感に押され、私語一つ漏らすことができない。


「……。若造ども。お主らに。足りないのは。魔力ではない。……。己の。肉体への。信頼じゃ」


 俺は十二歳の可憐な少女の身体で、前世の機導大隊で行われていた「新兵教育」の開始を告げた。


「魔法は。杖に。頼る。……。鉄は。己に。頼る。……。……。まずは。己を。鉄に。変えるのじゃ」




 そこから始まったのは、現代の魔法至上主義の若者たちにとっては、拷問にも等しい「地獄の基礎鍛錬」だった。

 

 まずは上半身を晒しての乾布摩擦。皮膚の血行を良くし、機体の僅かな振動を全身の肌で感じ取るための「センサー」を磨く。

 次に、泥まみれの地面を這い進む匍匐前進。重心の移動を極限まで低く保ち、物理的な死角を体得させる。

 そして極めつけは、巨大な薪を背負っての空気椅子。それも、ただ座るだけではない。その姿勢のまま、難解な物理動力学の公式を全員で斉唱させるのだ。


「……来る。三秒後に。限界が。……。……おえっ」


 テオが顔を青白くしながらスクワットを繰り返す。極度の乗り物酔い体質である彼は、平衡感覚が敏感すぎる故に、自分の身体がわずかに揺れるだけで激しい吐き気に襲われる。だが、イザベラがその横で冷たく告げる。


「テオ様、吐くのは結構ですが、姿勢が乱れています。あと百回。……。ジャン様、ゴミ山で培った身軽さはどこへ行きましたか? 腕立て伏せの速度を上げなさい」


「く、くそっ! なんで俺までこんな原始的なことを!」


 ジャンが泥を噛みながら叫ぶが、セリナ(俺)が横で涼しい顔をして同じメニューをこなしているのを見て、言葉を飲み込んだ。

 俺のこの身体は十二歳の華奢な令嬢のものだ。だが、呼吸法を最適化し、骨格のバランスを完璧に制御すれば、若造たちに負ける道理はない。


「……。ほら。若造。……。……。おじい……。いや。わらわに。負けて。どうする」


 泥だらけの美少女が平然と腕立て伏せを続ける光景は、あまりにも異常であり、同時に、Fクラスの生徒たちの魂に火をつけるには十分な衝撃だった。




 ***




 その頃。裏庭の異様な光景を、遠くの校舎の屋上から隠れるようにして見守る一団があった。

 Aクラスのエリート生徒たちである。


「……おい、あれを見ろ。アルスタイン家の聖女様が、何やら『秘儀』を行っているぞ」


 一人が震える手で望遠鏡を覗き込み、戦慄した声を上げた。

 彼らの目には、セリナたちの過酷な訓練が、文字通りの意味で映っていなかった。


「あの泥にまみれた動き……間違いない。大地の魔力を直接、肌から吸収するための『土属性の古代術式』だ! 魔法杖を介さず、全身を回路化しているんだ!」


「なんてことだ。あのタオルで肌を激しく擦り合わせる儀式……あれは皮膚の魔導抵抗を摩擦熱でゼロにする、失われた秘策に違いないわ。聖女様は、Fクラスの無能たちを、その身を持って救済しようとしているんだ!」


 勘違いは光の速さで、そして尾ひれを付けて学園中に広まっていった。

 聖女様は、魔法の限界を超えた。

 泥をまとい、肌をこすり、脚を曲げて耐える。その先にこそ、真の魔力が宿る。

 鉱山での「奇跡」を目の当たりにした生徒たちにとって、セリナの行動はすべてが「高次の神聖な儀式」として解釈されたのだ。




 ***




 翌朝。

 俺がいつものようにガレージへ向かおうと廊下を歩いていると、妙な光景に出くわした。


「……。おー。若造ども。……。何をして。おるんじゃ」


 廊下のあちこちで、Aクラスの男子生徒たちが上半身裸になり、必死の形相でタオルを肌にこすりつけていた。さらに、高慢なはずの令嬢たちが、豪華なドレスの裾を捲り上げ、プルプルと足を震わせながら壁際で空気椅子に励んでいる。


「あ、聖女様! 見て下さい、私もようやく『摩擦の呼吸』のコツを掴んできました!」


 筋肉痛で顔を歪ませた男子生徒が、崇拝の眼差しで俺に敬礼を送ってくる。


「……。流行病か。……。……。近づかぬように。しよう」


 俺は全力で目を逸らし、逃げるようにガレージへと駆け込んだ。

 学園中が「聖女様の修行」と称して原始的な筋トレに励むという狂気。おじいちゃんの俺には、今の若者の流行というものが全く理解できなかった。




 ***




 その日の夜。

 泥まみれの訓練を終えたFクラスの面々は、ガレージでイザベラが用意した食事を囲んでいた。

 メニューは質素な鶏肉のスープと黒パン、そして新鮮な野菜のサラダだ。だが、規律正しく盛り付けられたその食事は、驚くほど滋養に満ち、酷使した身体に染み渡っていく。


「ふう……。死ぬかと思った。けど、不思議ね。みんなで同じ泥を舐めたら、なんだかアイツらの顔が前よりマシに見えるわ」


 フェイが、隣に座るルミエとスープを分け合いながら笑う。

 以前は互いを「無能同士」と蔑み、バラバラだったFクラス。だが、セリナに鍛えられ、イザベラに律せられたことで、彼らの間には一つの「部隊」としての結束が芽生え始めていた。


 俺はその様子を、ガレージの特等席で茶を啜りながら眺めていた。

 

「……。おー。よう。笑っておるわい。……。……。飯が。美味いのは。良いことじゃ」


 おじいちゃんの教官冥利に尽きる瞬間だ。

 平和な、あまりにも平和な光景。だが、その輪から離れた場所で、イザベラが一通の手紙をじっと見つめているのに気づいた。


 それは王都の本邸から届いた、伯爵の印章ではなく、より公的な、国の中枢を感じさせる不穏な封蝋が施された手紙だった。

 イザベラの峻厳な横顔が、影の中でさらに険しくなる。

 

 どうやら、おじいちゃんの「余生」を楽しむ時間は、そう長くは続きそうになかった。


(つづく)


 第二十二話をお読みいただき、ありがとうございます。


 今回は、セリナ(おじいちゃん)のスパルタ教育と、それを「高貴な儀式」と勘違いして全校生徒が筋トレに励むという、壮大な勘違いコメディを描かせていただきました。


 Fクラスの面々が、ただの落ちこぼれから、同じ泥にまみれることで「仲間」へと変わっていく過程。そして、イザベラという規律の象徴が加わったことで、彼らの生活そのものが「エースの戦場」に耐えうるレベルへと底上げされていく様子。これこそが、次なる大きな戦いへの布石となります。


 次回、第二十三話。

 「王都の招待状、あるいは檻の中の聖女」

 日常回から一変、セリナを巡る国家規模の暗闘が再び始まります。

 引き続き、鉄と油、そして勘違いが織りなす物語をお楽しみください。


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