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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第二十話:聖女の受難、あるいはゴミ捨て場の隠者


 王立機導学園の朝は、常に清冽な魔力の香りと、精霊たちの柔らかな歌声と共に始まる。白亜の校舎を朝焼けが染め、未来の魔法騎士たちが誇らしげに胸を張って歩く姿は、まさしく王国の平和と繁栄を象徴する光景だった。

 だが、その輝かしい日常の裏側で、俺――セリナ・フォン・アルスタインは、自室の鏡の前で人生最大級の危機に直面していた。



「……。父上。この。拘束具は。何の。嫌がらせか」



 目の前に広がるのは、淡い桃色のシルクを幾重にも重ね、贅沢なレースとフリルで縁取られた、伯爵令嬢としての「正装」である。中身が六十五歳の元・エースパイロットである俺にとって、この衣装は敵軍の捕虜収容所が用意した屈辱の制服か、あるいは物理的な機動を一切封じるための拘束衣にしか見えなかった。


「何を言っているんだい、セリナ! 今日はAクラスの令嬢たちだけでなく、学園の理事たちまでもが君を囲んでの『聖女様を讃えるティータイム』を心待ちにしているんだよ。鉱山を救った英雄として、相応しい格好をしてもらわなくては!」


 父、アルスタイン伯爵は、朝から絶好調を通り越して狂乱に近い熱を帯びていた。娘が「聖女」として神格化され、家門の価値が跳ね上がったことが、彼にとっては何よりの誇りなのだろう。だが、俺が今この瞬間に求めているのは賞賛の拍手でもお茶会でもない。錆びたレンチの冷たい感触と、焦げた重油の匂い、そして一人静かに啜る、出がらしの渋い茶だ。




 学園に足を踏み入れれば、そこは模擬戦よりも過酷な包囲網が敷かれていた。校門をくぐった瞬間、視界を覆い尽くすのは色とりどりの制服と、熱狂を帯びた瞳だ。


「セリナ様! 本日の放課後、ぜひ我が家のお茶会へ!」

「聖女様、どうかこの魔導書にサインを! 鉱山で見せたという奇跡の術式、ぜひ後学のために!」


 次から次へと寄ってくる若造ども。彼らの瞳にあるのは、セリナという一人の少女への関心ではなく、「聖女」という都合のいい偶像への盲目的な信仰だ。魔法というあやふやな力に依存し、その頂点にあると勝手に信じ込まれた俺を拝むことで、自分たちもまた選ばれた存在であると錯覚したいのだろう。


「……。やかましい。お茶が。冷めるわい」


 俺は極限まで抑えた、しかし芯の通った声でそう吐き捨てると、ドレスの裾を令嬢らしからぬ豪快な手つきで掴み上げ、人混みの隙間を縫った。前世のゲリラ戦で培った隠密歩法。曲がり角の死角を突き、追手の視線を切り、俺は学園のきらびやかな表通りから「脱出」した。




 ***




 辿り着いたのは、学園の北端。

 華やかな校舎からは想像もつかない、錆びた鉄の腐食臭と、使い古された魔導具の死骸が山をなす「機導廃棄物置き場」だった。

 エリートたちにとって、役目を終えて魔力を失った残骸は、忌むべきゴミでしかない。だが、俺にとってこここそが、失われた技術と物理の英知が眠る、王国で唯一の「聖域」だった。




「……。おー。落ち着く。場所じゃな」


 俺は窮屈なドレスの背中のジッパーを緩め、山積みにされたスクラップの影に腰を下ろした。絹の衣擦れと、冷えた鉄の触感。そのギャップが、ようやく俺の意識を「セリナ」から「エドワード・グレイ」へと引き戻してくれる。

 ふと、近くのゴミの山が不自然に動いた。


「……おい。そこは俺の特等席だぞ。勝手に座るなよ、聖女様」


 スクラップの山の中から、一人の少年が這い出してきた。

 泥と油で顔の半分が汚れ、服装は継ぎ接ぎだらけの作業着。首からは無数のレンズを組み合わせた奇妙なゴーグルを下げている。彼の周囲には、バラバラに解体された古い魔導具の心臓部が、まるで精密な外科手術を受けた後のように綺麗に並べられていた。


「……。お主。良い。手際じゃな」


 俺が少年の手元にある「物理増幅器ブースター」の残骸を指差すと、少年は意外そうに目を丸くした。


「あんた、これが何かわかるのか? 魔法が使えない俺たちが、せめて物理的に出力を上げようとして失敗した、学園の負の遺産だぜ。みんな『ゴミ』って呼んで捨てちまうけどよ」


「……。ゴミなぞ。ない。あるのは。知恵の。欠片だけじゃ」






 少年の名は、ジャン。

 Fクラスに在籍しながらも、貴族への反発から登校を拒否し、このゴミ捨て場で「失われた物理エンジン」のパーツを拾い集める隠者。彼が手に持っていたのは、最新の魔導機には存在しない、職人の魂が刻まれた「物理式変速ギア」の試作型だった。


「……。ジャン。それを。直せるか」


「直す? パーツも予算もねえよ。ここで拾ったガラクタを繋ぎ合わせて、動けば御の字だ」


「……。なら。我が。城に。来い」


 俺は、十二歳の少女には似合わない、獲物を見つけた猛禽のような老練な笑みを浮かべた。




 ***




 一方その頃、Fクラスのガレージ。

 主であるセリナを欠いたその場所では、残されたメンバーたちが、これまでの彼らからは想像もつかないような濃密な「仕事」に没頭していた。


「エレーナ、左側面シリンダーの熱膨張率の計算は終わったの!? ルミエの調合した新型重油だと、燃焼温度が想定より五十度も高いわよ!」


 フェイが実験機零号の脚部に潜り込み、スパナを握り締めながら叫ぶ。彼女の額には汗が滲み、頬には黒いオイルが跳ねていたが、その瞳に宿る光は以前の何倍も鋭い。


「うるさいわね、フェイ。さっきから羽ペンを動かす手が止まってないわ。鉱山での戦闘データを元に、物理ワイヤーへの負荷係数を再算出しているの。……。ベヒーモスの装甲を物理で砕くなんて、理論上はまだ説明がつかないことが多いんだから」


 エレーナは分厚い計算用紙の山に囲まれながら、凄まじい速度で計算式を書き連ねていた。彼女にとって、セリナが見せる物理無双は、解くべき価値のある至高の数式となっていた。


「ニコラ! シリンダーの耐圧限界、あとコンマ五ミリ厚くできない!? 高圧時の振動で、物理パッキンが保たないわ!」


 ルミエがフラスコを振りながら、旋盤を回しているニコラに声をかける。


「簡単に言わないでくれよ、ルミエ。もうこれ以上の切削は、素材の強度が限界なんだ。……。ジャンのゴミ捨て場に眠っているような、旧時代のクロム鋼があれば話は別だけどさ」


 ニコラがゴーグルを上げ、溜息を吐く。そこへ、ボリスが巨大な機材を軽々と担いで戻ってきた。


「おい、お前ら! 聖女様……じゃなかった、セリナ様が戻ってくるまでに、この新型クランクの組み付けを終わらせるぞ! あの人が戻ってきた時に『鈍い』なんて言わせたくないからな!」


「わかってるわよ! 誰に言ってるの!」


 ガレージ内に響く、互いへの叱咤と、鋼鉄が打ち鳴らされる音。そこにはもはや、魔法を使えないことを嘆く「落ちこぼれ」の姿はなかった。セリナという絶対的なエースに認められたことで、彼らは己の技術が世界を覆す唯一の手段であるという、狂気にも似た自負を持ち始めていたのだ。


「……。あ。来る。三秒後に。扉が。開く。……。おえっ」


 隅で震えていたテオが予知した瞬間、ガレージの重厚な扉が勢いよく開かれた。

 そこには、泥と油でドレスを台無しにしたセリナと、それ以上に汚れた少年・ジャンが、不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「……。ただいま。良い。拾い物を。したわい。ニコラ。これを。磨け」


 セリナが掲げたのは、ジャンの秘密基地から持ち出した、鈍い銀光を放つ伝説のギアパーツだった。

 学園の狂乱をよそに、Fクラスという名の「吹き溜まり」は、今や王国で最も熱く、危険な技術の揺籃へと変貌を遂げようとしていた。


(つづく)


 第二十話をお読みいただき、ありがとうございます。


 鉱山での激闘を終え、英雄としての「偶像」に祭り上げられてしまったセリナ(おじいちゃん)の苦悩と、新たな仲間・ジャンとの出会いを描かせていただきました。


 また、セリナがいない時のFクラスの面々の様子も深掘りしました。魔法という才能に依存せず、計算、化学、精密工作、そして力学を突き詰める彼らの姿は、セリナという「エース」がもたらした最大の変革です。ジャンという「廃品の天才」が加わったことで、実験機零号の改修はさらなる未知の領域へと進んでいきます。


 豪華なドレスを泥まみれにし、お茶会を蹴ってゴミ捨て場へと走ったセリナ。この「聖女様」の破天荒な行動が、伯爵家や学園側にどのような波紋を広げるのか。そして、彼女を更生させるために送り込まれる「伝説のメイド」とは……。


 次回、第二十一話。

 「伯爵家からの刺客、あるいは鉄の教育係」

 日常回としてのコメディと、技術的な深掘りを両立させてお届けします。

 引き続き、鉄と油の物語をお楽しみください。


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