第二話:四歳児の「わがまま」は、鉄の匂いがする。
「……師匠、本気ですか? 相手は王国の正規騎士団ですよ。私たち、今はこの通り『ちんちくりん』なんです。話を聞いてもらえるわけが――」
「フェイ。お前はまだ、この身体の『真の価値』を分かっとらんな」
俺――アルスタイン伯爵家令嬢セリナ(中身は六十五歳の頑固親父)は、泥に汚れたドレスの裾をパッパと払い、隣に立つジャガイモのような顔の幼女(中身は弟子の整備士)を、眠たげな半目で見つめた。
「価値、ですか?」
「ああ。四歳の美少女。しかも伯爵家のお嬢様じゃ。……これに勝てる道理など、この世には存在せん。いわば、これは無敵の装甲を纏った最新鋭機と同じよ」
俺は「ふふん」と、幼い鼻を鳴らした。
六十五歳の感性からすれば、この愛くるしい姿を利用することに微塵の躊躇いもない。使えるもんは、エンジンの廃熱だろうが敵の残骸だろうが全部使う。それがエースのやり方だ。
「よっこいしょ。……さて、行くか」
「あー! また『よっこいしょ』って言った! 師匠、その見た目でそれは本当に犯罪的だからやめてくださいって!」
弟子のフェイのツッコミを背中で聞き流し、俺は街道へと向かって短い足を動かした。
目標は、さっき丘の上から見えた、歩き方のなっていない二機の『機殻騎士』だ。
***
ドォォォォォン……。
ドォォォォォン……。
街道をゆっくりと進む二機の鉄の巨人。
全長十メートルを超えるその巨躯は、鈍い銀色の装甲を纏い、背負った魔力排出筒から青白い火花を散らしている。
周囲では、行軍を見守る民衆が歓声を上げ、騎士たちが誇らしげに胸を張っていた。
だが、俺の耳には、その歓声をかき消すほどの「断末魔」が聞こえていた。
キィィィィィィン……。
一番機の右膝。二番機の排気ポート。
金属が摩耗し、魔力の圧力が逃げ場を失って叫んでいる音。
あのままだと、あと数百メートルで一番機の膝関節が焼き付き、前のめりに倒れる。その巨大な質量が街道に倒れ込めば、見物している民衆に死者が出るのは明白だった。
「止まれッ!! 止まらんか、このボケナス共!!」
俺は街道のど真ん中に躍り出て、小さな両手を広げた。
四歳の高い声。だが、その中身にはかつて数千の部下を率いた指揮官の圧が籠もっている。
「……ん? なんだ、子供か?」
「危ないぞ、お嬢ちゃん! 下がっていろ!」
行軍の先頭を行く馬上の騎士が、慌てて手綱を引いた。
一番機のパイロットも、足元に突然現れた小さな影に驚き、慌てて急ブレーキをかける。
――ガガガガガッ!!
その瞬間、耳を刺すような金属の悲鳴が上がった。
無理な急停止。不健全な膝関節にかかった負荷が、俺の計算通りの臨界点を超えた。
「おい、機体の様子が――」
騎士が叫ぶよりも速く、一番機の右膝からドス黒い油と火花が噴き出した。
ガクン、と巨躯が傾く。
「あ、あわわわ! 機体が、精霊様が暴れておられる!!」
コクピットから聞こえてくるパイロットの情けない悲鳴。
祈って直るなら、俺は今頃神様になっとるわい。
「フェイ! 踏み台だ! ……あと、あそこの工具箱をひったくってこい!」
「了解です、師匠! もう、こうなったらヤケクソです!」
俺は周囲の騒然とする大人たちを「背景」程度に認識し、傾いた機体へと走り寄った。
乳母や騎士たちが「セリナお嬢様!?」と絶叫しているが、知ったことか。
俺の目の前には、今にも壊れそうな「愛すべき機械」がある。それだけで十分だ。
「おい、そこをどけ! 邪魔じゃ!」
俺は呆然と立ち尽くしていた整備兵の股をくぐり抜け、機体の脚部に設置されたメンテナンス・ハッチに手をかけた。
「お、お嬢ちゃん! 何をしてるんだ、そこは危険だ!」
「うるさい! 黙って見ておれ、若造が!」
四歳の美少女が、筋金入りの軍人のドスを効かせる。
その迫力に、大男の騎士が思わず一歩引いた。
「フェイ、状況は!」
「最悪です師匠! 魔力伝達液が逆流して、このままじゃ脚部リアクターが爆発します!」
「ふん、相変わらず最近の精霊機は軟弱じゃのう。……物理レバーでバイパスを抉じ開けるぞ。よっこいしょ!」
俺はフェイが持ってきた踏み台に飛び乗り、ハッチの奥にある「緊急減圧弁」に手を伸ばした。
普通、この世界の整備士は、精霊に祈りを捧げて「お願いだから鎮まってください」と語りかける。
だが、俺に言わせればそんなのは時間の無駄だ。
機械には機械の、物理的な「急所」がある。
俺は細く白い指先を、灼熱の蒸気が吹き出す隙間に躊躇なく突っ込んだ。
「あ、危ない!! 手が焼けるぞ!!」
誰かが叫ぶ。
だが、俺の指は、最小限の動きで熱源を回避し、奥にある小さなピンを正確に捉えた。
六十五年、あらゆる機体の腹わたを弄り回してきた俺の感覚だ。目で見ずとも、金属の感触だけでどこをどう動かせばいいか、脊髄が覚えている。
――カチリ。
心地よい手応え。
「フェイ、今だ! 三番バルブを閉めろ!」
「はいなっ!!」
フェイが重たいスパナを両手で振り回し、俺の指示通りにボルトを一気に締め上げる。
四歳の小さな身体。だが、俺たちの動きには一ミリの無駄も、迷いもない。
プシューッ……!!
勢いよく噴き出していた黒煙が、一瞬で消えた。
激しく震えていた機体の駆動音が、安定した低い唸りへと変わっていく。
「……ふぅ。……これでお茶が飲めるわい」
俺は油で汚れた銀髪をかき上げ、トントンと腰を叩いた。
沈黙。
街道は、まるで時間が止まったかのような静寂に包まれていた。
騎士たちも。
整備兵たちも。
歓声を上げていた民衆も。
そして、さっきまで死を覚悟していたパイロットも。
全員が、泥だらけになったドレス姿で、スパナを肩に担いだ四歳の幼女二人を見つめていた。
「……治った。……精霊の暴走が、止まったのか……?」
「あんな小さな子供が……いや、今の動き、ベテランの整備長でもあんなに速くは……」
「おい、そこのパイロット。……降りてこい」
俺は、上方のコクピットに向かって声を上げた。
ハッチが開き、顔を真っ青にした若い騎士が顔を出す。
「は、はい……!」
「……お前、機体から『熱い』って悲鳴が聞こえんかったのか? 右膝の違和感、行軍開始からずっとあったはずじゃ。それを『精霊様のご機嫌』で済ませるとは……万死に値するぞ、このボケナスが」
「ひっ、ひぃっ……申し訳ございません!」
二十歳を過ぎた騎士が、四歳の子供に本気で頭を下げた。
その光景は、側から見れば喜劇でしかない。
だが、今の俺から放たれるオーラは、まぎれもなく「戦場を支配するエース」のそれだった。
「セリナお嬢様ぁぁぁ!! 何を……何をなさっているのですかぁぁ!!」
そこへ、ようやく追いついた乳母が、腰を抜かさんばかりの勢いで突進してきた。
彼女は俺の油まみれの顔を見て、白目を剥いて倒れそうになる。
「おー、乳母か。安心しろ、機体はもう大丈夫じゃ。……それより、フェイ。あいつの工具箱、良いスパナが入ってたな。一つ、もらっておいてもバチは当たらんよな?」
「師匠、それはさすがに泥棒です! ……あ、でも、あのソケットレンチは最新型ですね。……交渉してみますか?」
幼女二人が、ヒソヒソと悪巧みを始める。
「セリナ……セリナ・フォン・アルスタイン。……面白い」
その時、行軍の馬車の中から、一人の人物が姿を現した。
贅を尽くした衣装。冷徹そうな、しかし興味深げな瞳。
この領地を狙う、公爵家の関係者だろうか。
だが、今の俺にとってそんな権力闘争など、お茶に浮いた茶柱ほどの関心事でもない。
「……フェイ。帰るぞ。腰が痛いわい」
「はいはい、師匠。……あーあ、このドレス、絶対怒られますよ」
「……若いうちは、怒られるのも仕事のうちじゃ。……さて、お茶にするか。渋めのやつをな」
俺は「よっこいしょ」と、再び自分に言い聞かせるように呟き、驚愕に包まれた街道を堂々と歩き去った。
***
その日の晩。
アルスタイン伯爵邸の自室。
俺は乳母に散々お説教を食らい、たわしでこすられるような勢いで全身を洗われた後、ようやくお気に入りのお茶を啜っていた。
「……師匠。今日の騒ぎで、完全に目立っちゃいましたね」
部屋の隅、影に隠れるようにして、フェイが顔を出した。
彼女は侍女の候補生として、正式に俺の側に置かれることになったらしい。……まあ、俺が「こいつじゃないとお茶を淹れさせん!」と駄駄をこねた結果なのだが。
「目立って結構。……機殻騎士をあんな無様な状態で歩かせておく方が、俺の性分に合わんわい。……それより、フェイ。あの機体の構造、どう思った?」
フェイは、待っていましたとばかりに目を輝かせた。
「酷いもんですよ。魔力の伝達効率がスカスカです。精霊の意志を介在させすぎて、物理的なレスポンスが犠牲になってますね。……あれじゃ、いざという時の急制動に耐えられません」
「そうじゃな。……なら、やることは一つじゃ」
俺は、飲み干した茶碗を置き、ニヤリと笑った。
「俺たちが乗る機体は、すべてマニュアル仕様に作り替える。精霊には『補助(OS)』に回ってもらい、操縦はすべて俺たちの手に取り戻すんじゃ。……フェイ、設計図を書くぞ。……よっこいしょ」
「はいな、師匠! 夜通し付き合いますよ!」
四歳の美少女二人が、夜な夜な巨大ロボットの魔改造計画を練り上げる。
その異常な光景こそが、この世界の常識を根底から覆す、最強の革命の始まりだった。
セリナお嬢様は、まだ知らない。
彼女のこの「わがまま」が、やがて王国全体を、そして世界を揺るがす巨大な嵐を呼ぶことになるということを。
「……あー、やっぱりお茶は熱いのが一番じゃな」
エースおじいちゃん令嬢の、悠々自適(?)な無双生活は、まだ一筆目が描かれたばかりである。
第ニ話をお読みいただき、ありがとうございます。
見た目は天使な四歳児、中身は油まみれの六十五歳。
大人たちを「若造」と呼び捨て、巨大な機体を物理的に叩き直す……そんなセリナとフェイのコンビを描くのが、作者自身も楽しくて仕方ありません。
「精霊へのお祈り」ではなく「バルブの抉じ開け」。
魔法の世界に、前世の泥臭い技術を持ち込むカタルシスを今後も加速させていく予定です。
もし「この幼女二人組、もっと暴れてほしい!」「マニュアル操作の無双が見たい!」と思っていただけましたら、
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第三話では、いよいよ二人の「秘密のガレージライフ」が本格始動します。
引き続き、よろしくお願いいたします!




