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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第十九話:煤けた凱旋、あるいは老兵の教え


 機導石鉱山の最深部、『沈黙の回廊』を支配していた汚染の余波が、ゆっくりと引いていく。

 先ほどまでの絶叫と破壊が嘘のように、そこには冷たい鉄の匂いと、過熱した機械が放つ熱気だけが停滞していた。実験機零号の背面排気ポートからは、残圧を逃がす蒸気が「プシューッ」という力ない音を立てて噴き出し、岩肌に滴る重油の音が、洞窟内に規則正しく木霊している。


 俺――セリナ・フォン・アルスタインは、震える手でコクピットのハッチを開いた。

 急激な重力加重と精神的な集中により、全身の毛細血管が悲鳴を上げている。視界の端がチカチカと明滅し、胃の奥からは不快な酸っぱい込み上げが上がってくるが、それを『抗G呼吸法』の残滓で無理やりねじ伏せた。


「……。よっこいしょ。おー。身体が。鉛の。ようじゃわい」


 梯子を一段ずつ、足裏の感覚を確かめるようにして降りる。

 地面に降り立つと、ブーツの底が結晶化した精霊の残骸を「パキリ」と踏み砕いた。

 そのすぐ目の前。かつての光を失い、文字通りの石像と化した三機のシルフィード六型の傍らで、Aクラスのエリート生徒たちが、廃人のように座り込んでいた。


「嘘だ……。精霊が、僕たちを見捨てるなんて……。あれは、聖女様の、奇跡だったんだ。そうでなきゃ、説明がつかない……」


 一人の少年が、煤で汚れた手で顔を覆い、子供のようにすすり泣いている。

 彼はこの王国で、最も精霊に愛される才能を持っていると謳われた天才だったはずだ。だが、魔法という万能の力を剥ぎ取られた今、彼はただの「重たい鉄の箱」の中に閉じ込められた、無力な子供に過ぎなかった。


 俺は、震える足で彼の前まで歩み寄り、冷徹な視線を投げかけた。


「……。奇跡なぞ。ない。あるのは。手入れと。計算じゃ。……。精霊が。おらぬと。何も。できぬのか」


「な、なんだって……!? 君には、この精霊たちの悲しみが聞こえないのか!?」


 少年が、恨みがましい目で俺を見上げる。その瞳には、自分の無力さを棚に上げた、世界への逆恨みが宿っていた。

 俺はため息を一つ吐き、零号のボロボロになった装甲を指差した。


「……。祈る前に。レバーを。握れ。……。鉄を。信じぬ者に。空を。飛ぶ資格はない」


 その言葉に、少年は言葉を失い、ただ呆然と俺を見つめ返した。

 六十五年。戦場という「理不尽」の中で、俺が学んだ唯一の真理。

 神や精霊が救ってくれるのは、常に、自分を救おうと最後までレバーを離さなかった奴だけだ。




 ***




 帰還の準備が始まった。

 物理駆動の利点は、魔法が死んだ環境でも「力」を維持できることにある。

 ボリスの操る作業用ポーンが、太い牽引ワイヤーをシルフィードたちの脚部に巻き付けていく。


「さあ、出発だぜ! ほら、そこのお坊ちゃんたち、ポーンの荷台に乗りな! 魔法の絨毯じゃねえが、こいつの馬力は本物だ!」


 ボリスの豪快な笑い声が、死んでいた洞窟に活気を吹き込む。

 その後方では、エレーナが手慣れた手つきで周囲の警戒を続け、ニコラは敷設した鋼線通信のワイヤーを鮮やかに回収していた。ルミエは、空になった燃料瓶を愛おしそうに磨き、次の調合を既に考え始めている。


 彼らの顔には、かつての卑屈さなど微塵もなかった。

 自分たちの「魔法ではない技術」が、最新鋭のエリートたちを救い、化け物を粉砕した。その事実が、彼らを一流のプロフェッショナルへと変貌させていた。


「師匠、大丈夫? 顔色が真っ白よ。ほら、肩を貸して」


 フェイがキャリアーから飛び降り、俺の身体を支える。彼女の小さな手からは、使い込んだ工具の匂いと、オイルの熱が伝わってきた。


「……。おー。フェイ。相変わらず。鼻が。利くわい。……。少し。……。眠い。……。……」


「寝るならガレージについてからにして! まったく、いつも無茶ばっかり。……でも、最高の機動だったわよ、師匠。あんな綺麗な『質量攻撃』、私一生忘れないわ」


 フェイはそう言うと、俺をキャリアーの助手席へと押し込み、零号を牽引する作業に取り掛かった。

 泥と油、そして煤にまみれた一行が、ゆっくりと「死の森」を脱出し、地上へと這い出していく。

 その光景は、王国の歴史において、精霊の加護を受けない者が初めて「運命」に勝利した、煤けた凱旋式だった。




 ***




 学園の正門が見えてくる頃には、周囲は騒乱の渦に包まれていた。

 偵察隊の行方不明という凶報に沸き立っていた教師陣や家族たちが、ぼろぼろの機体を牽引して帰還するFクラスの姿を見つけ、地鳴りのような叫び声を上げた。


「セリナ様! おお、やはり『聖女』の奇跡だ! この魔力汚染の中、無傷で生還されるとは!」


 ガレット教官を先頭とした教師たちが、我先にと駆け寄ってくる。

 彼らは、零号の装甲が熱で歪み、物理的な杭打ち機が血のように油を滴らせている凄惨な姿など見ていなかった。ただ、「聖女が奇跡を起こした」という自分たちの盲信を補強する事実だけを、熱狂的に受け入れていた。


「……。勝手に。拝んでおけ。……。腰が。痛いわい」


 俺はキャリアーの助手席で、彼らの騒ぎを冷めた目で眺めていた。


 その時、人混みを割って、一人の男が馬を飛ばしてきた。


「セリナ! ああ、セリナ……!」


 アルスタイン伯爵。俺の、いや、この身体の父親だ。

 彼は馬から転げ落ちるようにして降りると、泥まみれの俺を力任せに抱きしめた。

 高級なコロンの匂いと、彼の流す熱い涙の温度。

 中身は六十五歳のジジイである俺にとって、これほど戸惑う瞬間はない。


「……。父上。お茶を。こぼします。……。……」


「お茶などいい! 無事で、本当によかった……。我が家の誇り、慈悲深き聖女よ……!」


 ……だめだ、この親馬鹿も完全に『聖女』モードに入っている。

 俺は呆れながらも、彼の腕の中で小さく溜息を吐いた。

 だが、その震える手の温もりだけは、前世で孤独に死んだ俺の魂に、ほんの少しだけ沁みたのも事実だった。




 ***




 騒がしい凱旋式から数時間後。

 俺たちは、学園の喧騒を離れ、いつもの「吹き溜まり」へと戻ってきた。

 Fクラスのガレージ。

 そこには豪華な食事も、賞賛の拍手もない。あるのは、使い古された工具と、修理を待つ鉄の塊だけだ。


「よし、みんな! 今夜は特別に、学園の貯蔵庫からくすねて……じゃなかった、譲ってもらった最高級の食材でパーティーよ!」


 ルミエがどこからか持ってきた巨大な鍋を火にかけ、即席のスープを作り始めた。

 ニコラは戦利品(ベヒーモスの結晶の欠片)を熱心に磨き、エレーナは既に学園内の噂話の修正に余念がない。ボリスは疲れ果てて、ポーンの脚に寄りかかって大いびきをかいている。


「師匠、お疲れ様。これ、特別なお茶よ」


 フェイが差し出したのは、いつもの安物ではなく、少しだけ香りのいい茶葉を使った一杯だった。

 俺はそれを両手で包み、ゆっくりと喉に流し込んだ。

 

「……。おー。格別じゃ。……。……。若造たちが。よう。笑っておるわい」


 ガレージの中に響く、若い連中の笑い声。

 彼らは今日、初めて「自分の力」で世界を勝ち取った。

 おじいちゃん目線で言わせてもらえば、この満足げな顔を見られることこそ、教官としての最高の報酬だ。





 だが、その温かな空気は、不意に訪れた「冷気」によって遮られた。


「……楽しんでいるところ、悪いがな」


 ガレージの影から、静かにガッツが姿を現した。

 彼は祝杯を上げている生徒たちを素通りし、俺の目の前まで歩み寄る。その手には、ベヒーモスの核――砕かれた機導石の欠片が握られていた。


「嬢ちゃん。これを見ろ……」


 ガッツが差し出した結晶の断面には、自然界の精霊石には決して存在しない、幾何学的な「魔法刻印」の痕跡が刻まれていた。

 俺は、その不自然な文様を見て、眉を潜めた。


「……。人工の。石。……。……。そういう。ことか」


「ああ。今回の汚染事象は、自然災害なんかじゃねえ。人為的な実験だ。それも、王国内部の相当に権力を持った連中が絡んでやがる」


 ガッツの声には、かつて軍を追放された時以上の怒りと、そして深い警戒の色が混じっていた。

 

「お前が今日解体したのは、ただの怪物じゃねえ。……この国の『中枢』が作り上げた、最悪の兵器のプロトタイプだ。嬢ちゃん、あんたはとんでもない火遊びを始めちまったぜ」


 俺は、飲み干した茶碗を静かに木箱の上に置いた。

 外では風が吹き始め、ガレージの扉をカタカタと揺らしている。

 

「……。兵器。中枢。実験なぞ。……。……。おー。面白そう。ではないか」


 俺は、十二歳の可憐な少女の唇で、不敵な、そして狂気に満ちた老兵の笑みを浮かべた。

 

「……。レバーを。引く。……。……。……。理由が。……。……。増えたわい」


 闇の奥底で胎動する、国家規模の陰謀。

 伝説のエースの「余生」は、どうやら穏やかな隠居生活からは、ますます遠ざかっていくようだった。


(つづく)

 第十九話をお読みいただき、ありがとうございます。


 激闘の後の凱旋、そして束の間の休息と、背後に忍び寄る巨大な陰謀を描かせていただきました。


 特に、ガレージでの「ほのぼのとした祝宴」のシーンは、魔法という才能に依存せず、自らの技術で道を切り拓いたFクラスの面々の成長を感じていただけるよう筆を尽くしました。セリナがおじいちゃん目線で彼らを見守る温かな視線と、その直後にガッツが提示する冷酷な真実のコントラストを楽しんでいただければ幸いです。


 ベヒーモスが「人工的な実験」の産物であったという事実は、物語をさらなる深淵へと導きます。王国の権力者たちが何を企んでいるのか。そして「聖女」として神格化されていくセリナを、彼らがどう利用しようとするのか。


 鉄と油の物語は、ここからさらに加速していきます。

 引き続き、よろしくお願いいたします。


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