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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第十七話:静寂の咆哮、あるいは鉄の理


 その場所から、あらゆる「音」が消えていた。

 王立機導学園から馬車で半日の距離にある『静寂の森』。かつては豊かな精霊の歌声が響き、王国に機導石の恵みをもたらしていたその地は、今や魔力を食らい尽くす「汚染事象コラプション」の震源地へと変貌していた。

 大気はどす黒く淀み、空を見上げても太陽の光は届かない。立ち並ぶ巨木は結晶化し、葉の一枚一枚が鋭利な刃物のように硬直している。



「……助けて……。精霊よ、……なぜ、答えてくれない……」



 森の奥深く、機導石鉱山の入り口付近で、最新鋭機『シルフィード六型』が三機、無様な石像となって立ち往生していた。

 救出のために派遣されたはずのAクラス偵察隊。だが、彼らが誇る「精霊との高いシンクロ率」は、この汚染地域では致命的な弱点となった。機体内部の精霊石が狂暴化した外部環境に呼応して魔力を逆流させ、回路を焼き切り、全ての機能を停止させたのだ。

 密閉されたコクピット。魔導式の換気システムが死んだ空間で、エリート生徒たちは己の酸欠の吐息と、闇の中から響く不気味な蠢動の音に怯えることしかできなかった。


 ――ガシャン。ガシャン。


 絶望に塗り潰された森に、場違いな「不協和音」が響き始めた。

 精霊の美しい歌声ではない。それは、硬い金属同士が激しく噛み合い、重い油がシリンダーを突き動かす、野太く暴力的な機械音だった。


 ズゥゥゥゥゥン……!!


 結晶化した下草を容赦なく踏み荒らし、闇の中から一筋の「赤」が浮かび上がる。

 漆黒の煤煙を排気ポートから噴き出し、内部の廃熱で装甲を赤く染めた怪物――『実験機零号』。

 精霊回路を一切持たず、旧時代の物理駆動と『大罪の心臓』の暴走エネルギーだけで動くその機体にとって、魔力の汚染など、ただの「向かい風」に過ぎなかった。


「……。おー。お主ら。精霊がおらぬだけで。これほど。無力か」


 外部スピーカーから響く、冷徹でどこか眠たげな少女の声。

 シルフィードの中に閉じ込められた生徒たちが驚愕に目を剥く中、零号の背後からさらなる異形が姿を現した。


「ほらほら、そこをどいたどいた! 棺桶の中で泣いてる暇があったら、手動排気弁を回しなさい! 死にたいの!?」


 零号を追い越すようにして現れたのは、フェイが操る『多脚式装甲貨物機キャリアー』だった。

 六本の脚で不整地を自在に駆け、荷台には予備の重油タンクや無数の工具が積み込まれた移動工房。魔法を一切使わず、ニコラが組み上げた蒸気機関と複雑な歯車機構だけで動くそれは、まさに「物理の城」だった。


「師匠、一時の方向に反応あり! 汚染されたシャドウが群がってるわ! 魔力はゼロ、純粋な『負の質量』の塊よ!」


「……。よし。フェイ。座標を。固定しろ。……。……。仕事じゃわい」


 俺――セリナ・フォン・アルスタインは、コクピットの中で物理操縦桿をズシリと引き絞った。

 視界を覆うのは、魔導ホログラムではなく、ニコラが磨き上げたアナログの潜望鏡と、真鍮製の計器類。針の振れ、振動の伝わり方、それら全てが「本物の情報」として俺の脳に流れ込んでくる。


 目の前の闇が爆発した。

 実体化した汚染精霊――魔力を食う不定形の怪物が、零号の質量に反応して襲いかかる。

 通常、魔法騎士マギ・ナイトたちは精霊の加護による障壁でこれを防ぐ。だが、ここは魔法が死んだ場所だ。


「……。若造ども。見ておれ。これが。祈りなき。鉄の殴り合いじゃ」


 俺はペダルを全力で踏み込み、零号の右腕に内蔵された物理式杭打ちパイルバンカーを起動させた。

 蒸気圧が限界まで高まり、安全弁が叫び声を上げる。


 ドォォォォォォォォンッ!!


 衝撃波が森を震わせた。

 魔法を吸って肥大化したはずの怪物が、数トンの鋼鉄の杭によって物理的に「貫通」され、その質量を維持できずに霧散する。

 精霊の意思など関係ない。ただの運動エネルギーによる暴力。


 だが、森の奥からさらに巨大な影が這い出してきた。

 それは鉱山に眠る巨大な精霊石を核として取り込んだ、全長十メートルを超える巨大な汚染獣だった。


「キギィィィィィィッ!!」


 耳を劈く絶叫と共に、巨大な結晶の腕が零号を薙ぎ払う。

 俺は操縦桿を強引に操作し、物理的な姿勢制御バーニアを噴射させたが、汚染された森の異常な粘性が機体の動きをコンマ数秒遅らせた。


 ガキィィィィンッ!!


 激しい金属音と共に、零号の右腕が不自然な方向に折れ曲がる。内部の油圧パイプが破裂し、真っ赤な作動油が血のように吹き出した。


「師匠っ!!」


「……。くっ。右腕の。油圧が。死んだか」


 モニター代わりの潜望鏡が激しく揺れる。

 敵の次なる一撃が振り下ろされようとした、その時。


「そのまま固定! 師匠の背中は私が守るって言ったでしょ!」


 フェイの叫びと共に、キャリアーから巨大なワイヤーアンカーが射出された。

 ニコラが設計した高張力ワイヤーが、巨大獣の腕に絡みつき、その動きを数秒だけ拘束する。その隙に、フェイはキャリアーから身を躍らせ、零号の脚部に飛び乗った。


「フェイ! 危ないぞ!」


「いいから操縦桿を握ってて! 私を誰だと思ってるの!」


 フェイは、火花を散らす零号の肩関節へとよじ登り、腰のベルトから特殊な「瞬間硬化グリス」と予備の継ぎ手を取り出した。

 周囲には汚染された影が群がっているが、彼女はそれらを一切見ない。ただ、目の前の壊れた「鉄」だけを見つめていた。

 真っ赤に焼けたパイプを素手同然の早業で掴み、無理やり継ぎ手を噛ませる。皮膚が焼ける匂いがしたが、フェイの瞳に迷いはなかった。


「……。おー。相変わらず。えげつない。手際じゃわい」


「御託はいいから、ブーストを全開にして! 三、二、一……今よ!!」


 フェイが油圧バルブを強引にこじ開けた瞬間、死んでいた右腕に爆発的な駆動力が戻った。

 俺はコクピットの奥底に隠された、物理式オーバーブースト・スイッチを叩き込んだ。


「……。よし。フェイ。戻れ。……。……。決着をつけるぞ」


 フェイがキャリアーへと飛び退くと同時に、零号の背面から真紅の火柱が立ち上った。

 汚染精霊が魔力を吸おうとするが、零号が放出しているのは魔力ではなく、不完全燃焼した重油の煤煙と、純粋な物理的熱量だ。吸えば吸うほど、怪物の内部回路が煤で詰まり、自壊を始める。


「……。沈め」


 俺は零号の全体重を乗せた一撃を、怪物の核である結晶へと叩き込んだ。

 魔法の光など一滴もない。あるのは煤けた鉄の拳と、極限まで高められた蒸気圧の咆哮。


 ドガァァァァァァァンッ!!


 巨大な結晶が砕け散り、森に束の間の静寂が戻った。

 汚染の根源を物理的に粉砕されたことで、大気を覆っていたどす黒い靄が、わずかに薄れていく。


 俺は大きく息を吐き、コクピットのハッチを開いた。

 外の空気はまだ重いが、鉄と油の匂いが混じっていることで、不思議と安心感を覚える。

 隣に停まったキャリアーから、フェイが顔を煤だらけにして降りてきた。彼女は火傷を負った右手を隠すようにしながら、不敵に笑う。


「ふふん、どう? 整備員の力、思い知ったかしら」


「……。おー。助かったわい。フェイ。お主がいねば。……。今頃。……。鉄屑になっておった」


 俺は木箱から取り出した魔法瓶をフェイに差し出した。

 中身は、彼女が淹れてくれた最高に渋いお茶。

 それを半分ずつ分け合い、死んだ森の中で俺たちは喉を鳴らした。


 立ち往生していたAクラスの生徒たちが、ハッチを開けて這い出してくる。

 彼らは、自分たちを救ったのが、学園で最も蔑んでいた「落ちこぼれ」と「鉄屑」であったという事実に、言葉を失っていた。


 だが、俺の視線は彼らではなく、森のさらに奥、鉱山の最深部へと向けられていた。

 

「……。さて。フェイ。茶を。飲み干しておいて。正解じゃったな。……。……。本番は。これからじゃわい」


 鉱山の奥底から、ガッツが警告していた「精霊の真の狂乱」を思わせる、地鳴りのような咆哮が響き渡った。

 本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。


(つづく)


第十七話をお読みいただき、ありがとうございます。


 「魔法が死んだ森」という極限の環境下で、魔法至上主義の限界と、対照的な「物理駆動」の力強さを描かせていただきました。最新鋭機が沈黙する中で、重油を燃やし、ギアを軋ませて進む零号の姿に、ロマンを感じていただければ幸いです。


 今回は特に、整備士としてのフェイの活躍を重点的に描写しました。戦闘中に機体に飛び乗り、力技で油圧を復旧させる彼女の姿は、セリナにとって最も頼れる相棒であることを象徴しています。魔法を使えない者たちが、知恵と技術で「奇跡」を超える瞬間こそが、本作の醍醐味です。


 立ち往生していたAクラスの生徒たちが、その光景をどのような思いで見つめていたのか。常識を物理的に粉砕された彼らの今後の変化にもご注目ください。


 そして、鉱山の最深部で胎動するさらなる脅威。

 セリナとフェイ、そしてFクラスの面々が、この未曾有の危機をどう乗り越えていくのか。


 引き続き、鉄と油の物語をお楽しみください。


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