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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第十五話:嵐のあとの茶会、あるいは英雄の休息


 王立機導学園の医務室。最上位クラスの生徒のみが使用を許される個室には、夕暮れの赤い陽光が差し込み、不気味なほど長く伸びた影が床に這っていた。

 豪華なシルクのシーツの上に横たわるアルベルト・フォン・公爵令息は、数時間前の出来事が未だに信じられず、虚空を見つめていた。彼の視線の先には、窓から見えるスタジアムの残骸。そこには、彼が全能と信じた「精霊の加護」を無惨に打ち破った、あの黒い鉄屑の残像が焼き付いている。


「……僕が、負けた? ……あんな、泥臭い、ただの質量に……?」



 彼のプライドと共に、最新鋭機『シルフィード六型』は文字通りバラバラに解体された。

 枕元には、学園長からの厳しい通告書が置かれている。禁忌の魔導触媒を暴走させ、演習場を破壊し、観客を危険に晒した罪。さらに公爵家からは、「一族の恥晒し」として、事実上の勘当に近い内容の書状が届いていた。

 精霊に愛された選民としての物語は、たった一人の「魔力0%の少女」の手によって、物理的に粉砕されたのだ。アルベルトは、自分を負かしたのが魔法ですらなく、逃れようのない物理法則であったという屈辱の檻から、二度と抜け出すことはできないだろう。




 ***




 一方、学園の最果て。ひび割れたアスファルトの先に建つFクラスのガレージ。

 そこは今、スタジアムの熱狂をそのまま持ち帰ったかのような、騒がしくも重厚な空気に包まれていた。


「……。よっこいしょ。……。……。おー。身体が。バラバラじゃわい」


 俺――セリナ・フォン・アルスタインは、ガレージに辿り着いた瞬間に、愛機の巨大な脚部に寄りかかるようにして座り込んだ。

 十二歳の華奢な身体に、三倍から四倍の重力(G)をかけた代償は想像を絶していた。抗G呼吸法で内臓の破裂こそ免れたが、全身の筋肉が断末魔を上げ、肺が灼けるように熱い。鼻からは一筋の血が垂れ、視界がチカチカと明滅していた。


「師匠! ほら、言わんこっちゃない! 骨格の安全係数を完全に無視してあんな超機動するからですよ!」


 フェイが怒鳴りながら、濡れタオルを持って駆け寄ってくる。

 彼女は俺の鼻血を乱暴に拭き取りながらも、その瞳には隠しきれない心配の影が浮かんでいた。俺の身体を支えるフェイの肩越しに、実験機零号を見上げる。

 背面排気ポートは廃熱で歪み、漆黒の装甲のあちこちには、無理な物理加重で発生した亀裂が走り、そこから黒い油が涙のように漏れていた。


「……。ふん。……。この程度。かすり傷じゃよ。それより。あそこの。物陰におる。若造ども。いつまで。隠れておるんじゃ?」


 俺の声が、薄暗いガレージの隅へと向けられた。

 そこには、俺とフェイの帰還を待っていた人影がいくつかあった。


「あ、あの……セリナ様。お疲れ様でした。……凄かったです。本当に、俺たちと同じFクラスなのかって……」


 恐る恐る姿を現したのは、今までガレージに近寄ることすらしていなかった、他のFクラスの生徒たちだった。

 

 まずは、ニコラ。時計職人の息子として学園に入ったが、魔力が全くないため、魔法式時計の回路を刻むことができず、無能としてFクラスへ放り込まれた少年だ。しかし、その手には、魔法では決して再現できない精密な工具が握りしめられていた。

 

「……。おー。ニコラさん。お主。その指のタコ。……。精密時計を。組んでおるな?」


「は、はい。魔力がないからゴミ扱いされましたけど、ゼンマイ式の古い時計なら、誰にも負けない自信があります」


「……。合格じゃ。物理ワイヤーの。張力調整に。魔法はいらん。お主の指先なら。零号の、コンマ一ミリの、ズレを直せるわい」


 次に進み出たのは、エレーナ。没落した情報貴族の娘だ。彼女は常に斜に構え、学園内のあらゆる人間関係やスキャンダルを把握しているが、それを「魔法的な解析」ではなく、純粋な「観察と足跡」で集めていた。


「……。エレーナさん。お主。模擬戦の。観客席の、配置を。全部。数えておったな?」


「……ええ。趣味よ。誰がどの陣営に賭けて、どの派閥がアルベルト様に失望したか。全部私の脳内に記録されてるわ」


「……。俺たちの。戦いは。演習場だけでは。終わらん。お主の耳を。俺に貸せ」


 そして、農家出身で力だけはある巨漢のボリス。彼は重い魔法荷役ができないため不器用とされていたが、その背筋は俺の三倍はあるだろう。そして最後に、自作の不安定な燃料で実験室を吹き飛ばしたルミエ。


「……。ボリスさんは。重装甲の運搬を。ルミエさんは。高効率燃料の精製を。……。足りないものは。お主らが。埋めればええ」


 俺は前世で数多の部隊を編成し、死地を乗り越えてきた「エース」の目を持って、彼らのくすぶっていた才能を次々と指名していった。彼らは戸惑いながらも、自分たちに向けられた「期待」という熱に当てられ、次第に瞳に生気が宿っていく。

 彼らもまた、この世界の「魔法至上主義」という歪な秤によって、価値を否定された犠牲者なのだ。


 こうして、ただの落ちこぼれクラスだったFクラスは、セリナという絶対的な「芯」を得て、一つの独立したプロフェッショナル軍団へと変貌を遂げようとしていた。




 ***




 ガレージ内が新メンバーたちの興奮で沸き立っていた、その時だった。


 ギィ、と。

 古びた扉が、ノックもなしに、しかし極めて静かに開かれた。

 

 ガレージの活気が一瞬で凍りつく。

 入ってきたのは、学園の生徒でも、ましてやガレットのような盲信的な教師でもなかった。

 

 使い込まれた革のコートを羽織り、白髪混じりの短髪を逆立てた、鋼のような肉体を持つ中年男。その肌には、幾多の戦場を潜り抜けてきた者に特有の、深い傷跡が刻まれている。腰には、軍制式の剣ではなく、無骨なレンチと、何かの操縦桿を模したような不思議な杖が差されていた。


 男の鋭い眼光が、ガレージの中央に鎮座し、未だに熱を帯びて呻いている実験機零号を射抜く。

 そして、傍らで平然と茶を啜り、鼻血を拭っている俺へと向けられた。


「……聖女の奇跡、ね。ガレットの野郎は相変わらず、見たいもんしか見ねえ節穴だな」


 男の声は低く、そして戦場の硝煙の匂いがした。

 彼はジャックやミリーを、まるで道端の石ころでも見るかのように通り過ぎ、俺の目の前で足を止めた。その一歩一歩が、重厚な質量を感じさせる。


「あの重力フィールドの中で、お前は自由落下とバーニアの反転噴射を使って、慣性を強引に書き換えた。……精霊とのシンクロに頼ってちゃ、あんな命知らずな真似はできねえ。機体の限界点を、骨の髄まで理解してなきゃな」


 男はニヤリと笑い、俺の座っている木箱に片足を乗せた。


「なぁ、嬢ちゃん。……いや、アルスタイン家のセリナ。お前、その『マニュアル操縦』、どこで習った? この国の腐った教育じゃ、逆立ちしたって身につかねえ技術だ」


 フェイが反射的に剣を抜こうとしたが、俺はそれを手で制した。

 この男からは、この世界に来て初めて感じる「同類の気配」がしていた。

 それも、ただの兵士ではない。空を飛び、鉄と心中することを選んだ狂い者の気配だ。


「……。おー。お主。良い。面構えじゃな」


 俺は、熱いお茶を一口啜り、ゆっくりと視線を上げた。十二歳の可憐な少女の瞳の中に、数万時間の飛行記録を刻み込んだ、白銀の英雄の眼光を宿らせて。

 

「……。フェイ。茶を。もう一杯。持ってきて。おくれ」


 目の前の男を見据えながら、俺はニヤリと、凶悪で老練な笑みを浮かべた。


「……。さて。どこで。習ったか。それを話すには。夜が。短すぎるわい」


 本物の実力者との接触。

 それは、セリナ(おじいちゃん)の正体に迫る脅威であると同時に、世界をひっくり返すための「新たなる共犯者」との出会いでもあった。


(つづく)


ありがとうございます。


ニコラやエレーナといった、今まで「魔法が使えない」という一点で否定されてきたメンバーたちが、セリナというエース(おじいちゃん)の手によって、それぞれの専門技能に目覚めていく展開は、今後の「チーム戦」の大きな布石となります。


そして、最後に登場した謎の男。

彼は学園の外の世界を知る、いわば「本物の戦士」です。

セリナの技術が奇跡などではないことを見抜いた彼が、どのような目的で接触してきたのか。

そしてセリナとの間にどのような化学反応が起きるのか……。


「セリナ教官のスカウトシーン、痺れる!」「アルベルトの自業自得な末路がスカッとしたw」

など、感想や評価をいただけますと、執筆の大きなエネルギーになります!

よろしければ、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、新生Fクラスの躍進を応援してください。


次回、第十六話。

実力者との交渉、そして彼が持ち込む「学園の平和を壊すような厄介な事実」とは……!?

引き続き、よろしくお願いいたします!


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