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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第十三話:重力の檻、あるいは鉄の翼


 王立機導学園のメインスタジアムは、もはや一つの巨大な熱源と化していた。

 スタジアムを埋め尽くす数万の観客が放つ熱気、そして演習場を照らす数百の魔導灯が放つ眩い光。VIP席には色とりどりのドレスを纏った貴族たちが並び、賭けの結果を予想する怒号に近い声が、空気をビリビリと震わせている。


 その中心、純白の装甲を誇らしげに輝かせるAクラスの精鋭部隊――シルフィード六型が五機、整然と並んでいた。

精霊との高度な共鳴によって機体からは淡い光の粒子が溢れ出し、まるで神話から抜け出した騎士の軍勢のような神々しさを放っている。




 対照的に、演習場の反対側に陣取ったFクラスの三機は、泥を被った無骨な鉄屑にしか見えなかった。

 先頭を行くジャックとミリーのポーン一型は、各所の継ぎ目がフェイの手によって歪に補強され、まるで傷だらけの野良犬のようだ。

そして最後尾、セリナが操る機体だけが、不気味なほどの静寂を保ち、漆黒の煙を微かに排気ポートから吐き出していた。




 その時、審判席の中央に座る学園長が、重々しく右手を掲げた。



「模擬戦、開始!!」



 その宣言が響き渡った瞬間、スタジアムの四隅に設置された巨大な魔導触媒が、禍々しい紫色の光を放ち始めた。


 ズゥゥゥゥゥゥゥン……!!


 演習場全体を、物理法則をねじ曲げる圧倒的な重力加重が襲う。

 アルベルトが仕掛けた「重力攪乱フィールド」。設定された重力は通常の二倍。

 最新鋭機のオートバランサー(自動補正)を持たない旧式機にとって、それはただの「加重」ではない。機体自体の重量によってフレームが軋み、膝が砕け、パイロットをコクピットの床に叩きつける「死の檻」だ。



「な、なんだ!? 身体が……動かない……っ!」

「精霊が……歌ってくれない!? 重い、身体が、押し潰される……!」


 通信魔導具から、ジャックとミリーの悲鳴が聞こえる。

 彼らは「抗G呼吸法」で耐えてはいるものの、急激なG(重力)の変化に三半規管が悲鳴を上げているのだ。

 対するAクラスのシルフィードたちは、一瞬だけ膝を揺らしたものの、精霊の自動補正が即座に介入。魔法の膜が重力を相殺し、彼らは再び優雅に、軽やかに演習場を浮遊し始めた。


 アルベルトが、外部スピーカーを通じて耳を劈くような高笑いを上げる。


「どうした、Fクラス! 地面の掃除でもしているのかい? 精霊に愛された『聖女』とやらは、どうやら重力そらの神様には嫌われてしまったようだね! 0%の無能には、この地を這う姿こそが相応しい!」


 その嘲笑を、俺は薄暗いコクピットの中で冷ややかに聞き流した。


「……。ふふん。……。若造が。……。……。二倍。……。たかだか、二G程度で。……。重力を語るとは。……。片腹痛いわい。……。……。……。俺のいた空は。……。常に、九Gの世界じゃったぞ」


 俺――セリナ・フォン・アルスタイン(中身は六十五歳の頑固親父、エドワード・グレイ)は、深く、深く座席に背中を預け、最後のエース・ルーチンを開始した。


 まずは、十二歳の少女の華奢な手に馴染まない軍用グローブの紐を、歯で噛んで限界まで締め直す。

 目の前のコンソールには、魔法のホログラムも、精霊との対話用の水晶球も存在しない。

 あるのは、真鍮製の気圧計、くすんだ油圧計、そして整然と並んだ無数の物理トグルスイッチだ。


 俺は特定の順番で、スイッチを一つずつ弾き上げた。

 パチン、パチンという乾いた音が、眠っていた鉄の巨人を一段階ずつ覚醒させていく。


 次に、足元の三つのペダルを踏み込み、油圧の戻りを確認する。

 さらに、左右の操縦レバーを一度、カチカチと左右に振った。

 遊びはコンマ三ミリ。ワイヤーの張りは、昨晩フェイが徹夜で調整した通り、完璧な手応えを返してくる。

 最後に、胸ポケットから取り出した古い物理的な点火鍵イグニッション・キーをスロットに差し込み、俺は「魂」を込めてそれを捻り込んだ。


「……。おー。……。良い機嫌じゃ。……。……。暴れるなよ。……。相棒」


 俺が「抗G呼吸法」を最大出力へと切り替え、肺に溜まった空気を魔法の膜で補強した瞬間、機体の深淵に眠る『大罪の心臓シン・コア』が、猛り狂う獣のような産声を上げた。



 ドォォォォォォォォンッ!!

 


 精霊の「歌声」を完全に塗り潰す、鋼鉄の咆哮。

 ポーン一型の背面排気ポートから、漆黒の煤煙と、真紅の魔力廃熱が火柱となってスタジアムの夜空を焦がした。

 

 次の瞬間、急激な魔力圧の爆発に耐えきれなくなったポーン一型の外装が、パキパキとひび割れ、まるで古い蛇の皮のように四散した。

 






 土煙の中から現れたのは、漆黒の防錆塗装が施された、機能美の塊。

 むき出しのシリンダーが高速で往復し、血管のように走る高圧パイプが熱で赤く光り、鋭利なまでに研ぎ澄まされた黒いフレームが露わになる。

 それこそが、俺とフェイが造り上げた真の姿――『実験機零号』だ。



「な、なんだあの不気味な姿は!? ポーンじゃないのか!?」

「機体が悲鳴を上げているぞ! 爆発する、逃げろ!」


 観客が恐怖にのけぞる中、俺は右手のレバーを、自らの限界を超えて引き絞った。

 重力フィールドを嘲笑うかのように、黒い影が大地を爆砕して跳んだ。

 

 ドガァァァァァァァンッ!!

 

 それは「歩行」などではない。重力という檻を力ずくで引き千切り、音速の衝撃波ソニックブームを引き連れて突進する、黒い死神の鎌だった。


「ば、バカな!? 重力二倍の中で、なぜあんな速度が出るんだ!?」


 アルベルトの部下の一機が、慌てて迎撃の魔導砲を放つ。

 だが、俺はその弾道さえも「予測」の範疇に収めていた。

 魔法の自動追尾に頼りきった攻撃など、俺からすれば止まっているのと同義だ。

 俺はレバーを左に一瞬だけ弾き、足裏の姿勢制御用バーニアを物理的に噴射させた。

 

 ――キィィィィィィンッ!

 

 機体が、あり得ない角度で「慣性」を無視してスライドする。

 最新鋭機のオートバランサーでは決して許可されない、機体をバラバラにしかねないほどの無理矢理な超機動。

 だが、その歪な軌道こそが、俺が六十五年かけて磨き上げた「エースの証」だった。


「……。まず。……。一人目じゃ」


 俺は敵の懐に飛び込むと、パワーアシストを介した鋼鉄の拳を叩き込んだ。

 精霊の魔力打撃ではない。

 数トンの質量を、時速三百キロの慣性に乗せて一点に集中させる、純粋な物理的破壊。


 ガガガガガッ、ドォォォォォォォォン!!


 シルフィード六型の美麗な装甲が、紙細工のようにひしゃげ、機体はそのままスタジアムの壁まで吹き飛んで沈黙した。

 一撃。

 魔法のシールドごと、最新鋭機を粉砕したのだ。


 静まり返る観客席。

 教官ガレットが、立ち上がって震える声で叫んだ。

「……シンクロ率、ゼロ……。いや、マイナス!? 違う、機体が彼女の意志に『強制服従』させられているんだ! 彼女は精霊に祈っているんじゃない……! 鉄を、己の腕の延長として支配しているんだ!!」


「……。ふふ。……。さて。……。……。アルベルトさん。……。お主の。……。自慢の精霊は。……。……。俺の『重圧』に。……。耐えられるかな?」


 土煙の中から、赤いセンサーを不気味に発光させる実験機零号が、ゆっくりとアルベルトの機体へ向き直った。

 コクピットの中で、俺は重力に肺を押し付けられ、脇の下を汗が伝うのを感じながらも、最高の気分で不敵に目を細めた。


「……。アルベルトさん。…………。お主。…………。本当の。……。空の重さを。……。……。知っておるか?」


 黒いポーンが再び地を蹴る。

 アルベルトの悲鳴がスタジアムに響く中、伝説のエースによる「処刑」が始まった。


(つづく)


第十三話をお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、コクピット内の計器やスイッチの音、そしてパイロットとしてのルーチンに特にこだわって筆を尽くしました。

魔法に頼らない「鉄と油の塊」を、自らの神経の一部として操る高揚感。

ポーンのガワを脱ぎ捨てて現れた『実験機零号』の禍々しくも美しい機能美が、読者の皆様に伝わればこれ以上の喜びはありません。


「おじいちゃんエース、かっこよすぎる!」「一撃で最新型を粉砕するとか、ロマンの塊w」

など、感想や評価をいただけますと、執筆の大きな力になります!

よろしければ、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、セリナたちの下剋上を応援してください!


次回、いよいよ第十四話。アルベルトとの完全決着、そしてFクラスの反撃が最高潮に達します。

どうぞお楽しみに!

引き続き、よろしくお願いいたします!


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