第十二話:鉄の棺桶、あるいは胎動
王立機導学園の隅に追いやられたFクラスの演習場。
朝の深い霧が立ち込める中、そこには数日前とは見違えるような「鋭さ」を纏って整列する、二人の若者の姿があった。
ジャックとミリー。
二人とも目は血走り、全身の筋肉は断末魔のような悲鳴を上げているはずだが、その立ち姿は驚くほどに安定している。重力に抗うのではなく、自らの骨格と魔力の内気循環で重力を「受け流す」。俺が叩き込んだ『抗G呼吸法』の基礎が、ようやく彼らの肉体に根を張り始めていた。
「……。おー。……。少しは、……。人間らしい立ち姿になったのう。……。……。ジャックさん。……。膝の震えが止まっておるぞ。……。良い芯が通ってきたわい」
俺――セリナ・フォン・アルスタインは、ひび割れた木箱に深く腰掛け、フェイが淹れた最高に渋いお茶を啜りながら、満足げに目を細めた。
見た目は、朝露に濡れる銀髪が美しい、儚げな美少女。だが、その言葉には、数多の戦場を支配した老兵の重みが宿っている。
「……セリナ教官。正直、昨日の夜は全身がバラバラになるかと思いました。でも、不思議です。身体が以前より重いはずなのに、不思議と自由になった気がする。これが『重力を支配する』第一歩なんですね」
ジャックが、泥に汚れた顔を歪めて力強く笑う。その隣で、ミリーもまた、以前の卑屈な影を振り払い、戦士の瞳で俺を見つめていた。
「……。よし。……。お主らを合格とする。……。……。若造。……。……。本当の鉄の感触を、……。その目に焼き付けておけ」
俺は「よっこいしょ」と立ち上がり、銀髪を翻してガレージの最奥へと歩き出した。
そこには、フェイが二十四時間体制で監視し、学園の教師陣の目から厳重に隠蔽し続けてきた、秘密の地下室へのハッチがある。
***
重厚なハッチが開き、地下へと続く階段を降りる。
底に漂うのは、冷たい空気と、鼻を突くような古い油、そして焦げ付いた魔導回路の独特な匂いだ。
闇の中に、その「怪物」は鎮座していた。
ポーン一型の外装パーツを継ぎ接ぎ(パッチワーク)にした、無骨極まりない黒い影。だが、そこから放たれる威圧感は、Aクラスの最新鋭機を数倍上回る「暴力」そのものだった。
「な、なんだこれ……。ポーン一型に見えるけど、中から聞こえるこの唸りは、精霊の歌じゃない……!」
ジャックが戦慄しながら一歩後ずさった。
機体の胸部装甲の隙間から、ドス黒い、そして毒々しいほど鮮やかな赤い光が、心臓の鼓動に合わせて脈動している。
「……。これこそが、……。我がアルスタイン家を没落に追い込んだ、『大罪の心臓』。……。……。精霊を拒絶し、……。純粋な破壊衝動のみを抽出する、……。呪いのエンジンじゃよ」
俺が機体の脚部にそっと手を触れると、心臓部から「キィィィィィィン」という、鼓膜を劈くような高周波の共鳴音が上がった。それは精霊の美しい歌声ではなく、檻に閉じ込められた獣の絶叫に近い。
「フェイが、学園のスクラップから拾い集めた古い物理制御ユニットを、……。この心臓に無理やり直結させた。……。……。精霊の補助も、……。安全装置も一切ない。……。……。レバーを引けば、……。引いた分だけ加速し、……。引いた分だけ装甲が軋む。……。……。乗り手が、……。鉄を支配できねば、……。即座に肉塊に変わる棺桶じゃな」
隣で腕を組んでいたフェイが、不敵な笑みを浮かべて補足する。
「シンクロ率とか精霊との愛とか、そんな甘っちょろいもんじゃ一ミリも動かないわよ。必要なのは、このエンジンの暴走を無理やりねじ伏せる、師匠の腕力と……そして、私の完璧な整備だけ。これ、時速五百キロを超えた瞬間に、機体強度が計算上の限界を迎えるから気をつけてね?」
「……。フェイ。……。スロットルの遊びが。……。まだコンマ一ミリ大きい。……。……。これじゃ、……。音速の壁を超える瞬間に、……。逆噴射のタイミングがズレる」
「うわ、またそれ! 分かりましたよ、師匠! 本番までに髪の毛一本分の精度で、物理ワイヤーを張り直しておきますよ!」
俺とフェイの、あまりに専門的で物騒な会話。
ジャックとミリーは、ただ呆然と、美しき少女二人が「死を招く鉄の塊」を慈しむように弄る、その狂気じみた光景を眺めることしかできなかった。
***
一方その頃、学園中央にそびえ立つ、豪奢な貴族専用応接室。
アルベルト・フォン・公爵令息は、高級なソファに深く腰掛け、学園の役員たちを前に優雅に脚を組んでいた。
「学園長。今回の全学模擬戦、一つ提案があるのです。……。より実戦に近い、過酷な環境を整えるため、第一演習場に『重力攪乱フィールド』の設置を許可していただきたい」
「重力攪乱、ですか? しかし、それは一部の精霊適性が極めて高い生徒にしか制御できない、非常に危険な術式ですが……」
「だからこそ、です。公爵家が最新の大型魔導触媒を提供しましょう。最新鋭機『シルフィード六型』の実力を示すには、それくらいの障害があった方が観客も喜ぶ。……。それに、精霊に愛されたという『聖女』の真価を試すには、絶好の機会だと思いませんか?」
アルベルトの瞳には、湿り気を帯びた昏い愉悦が宿っていた。
精霊の加護を受け、機体の自動姿勢制御に身を委ねるAクラスのエリートたちにとって、重力変化は精霊が自動で相殺してくれる「織り込み済み」の事象に過ぎない。
だが、精霊とシンクロできない「0%」のセリナはどうだ。
(重力が増した瞬間、あの鉄屑のコクピットの中で、彼女は自分の体重すら支えきれずに無様に潰れる。……。立ち上がることすらできず、地面を這いずり回り、僕に救いを求めて泣き叫ぶ。ああ、その姿こそが、あの美貌に相応しい末路だ)
アルベルトは、自らが張り巡らせた罠に酔いしれ、傲慢な笑みを浮かべた。
***
そして、全学模擬戦当日。
王立機導学園のメインスタジアムは、他国からの来賓や貴族たち、そして下克上を期待する平民の生徒たちで、立錐の余地もないほどに埋め尽くされていた。
「これより、模擬戦第一試合を開始する! Aクラス代表、アルベルト小隊! 対するは、今話題の『聖女』率いるFクラス代表、セリナ小隊!!」
実況の声と共に、Aクラスの真っ白なシルフィードたちが、重力を感じさせない華麗な跳躍を見せて入場した。
その優雅な挙動に、観客席からは割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
続いて、Fクラスの入場。
現れたのは、三機の無骨なポーン一型だった。
ジャックとミリーの機体は、フェイの手によって装甲の継ぎ目が補強されているが、見た目は相変わらず錆だらけの鉄屑にしか見えない。
そして、最後尾を歩く、セリナの機体。
「……。よっこいしょ。……。……。さて、フェイ。……。……。若造どもに、……。……。本当の空の重さを、……。教えてやるとするか」
コクピットの狭い座席で、俺は最後のお茶を飲み干し、水筒を投げ捨てた。
指先に伝わる、マニュアル・レバーの冷たく、そしてズシリと重い手応え。
背中を介して伝わってくる、『大罪の心臓』の不気味な脈動が、俺の鼓動と重なっていく。
「師匠、バイパス接続完了! 燃料噴射、安定! いつでもいけます、全開で行っちゃってください!」
外部スピーカーから、フェイの弾んだ声が届く。
俺は、いつもの眠たげな碧眼を、スッと鋭い「獲物を屠る直前の鷹」の目へと切り替えた。
「……。若造ども。……。……。祈る暇があるなら。……。……。今すぐ機体から降りるんじゃな。……。……。……。俺の加速に、……。……。魂が置いていかれる前に」
俺が物理点火スイッチを全力で叩き込んだ瞬間、ポーン一型の背面排気ポートから、漆黒の煙と共に、真紅の魔力廃熱が火柱となって噴き出した。
ドォォォォォォォォン!!
演習場全体が、巨大な地震に見舞われたかのような衝撃に包まれる。
精霊の優雅な歌声を、物理的な爆発音が完全に塗り潰した。
シンクロ率0%の令嬢と、誰にも制御できない呪いの心臓。
最悪の組み合わせが、今、学園の常識を粉々に砕くために、一歩を踏み出した。
(つづく)
第十二話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ついに完成したセリナの専用機『実験機零号(または秘密の棺桶)』の初披露。
アルスタイン家を没落させた呪いの心臓『大罪の心臓』を、フェイの整備技術とセリナの圧倒的な操縦技量で無理やりねじ伏せて動かす……という、「魔法世界に現れた、純粋な物理と技術の化け物」のロマンを詰め込んでおります。
また、悪役アルベルトの「重力攪乱フィールド」という策謀。
普通なら絶望的なピンチですが、おじいちゃんエース特製の「抗G呼吸法」を極めたセリナたちにとっては、むしろ「足元がしっかりして、踏ん張りが効く」という逆転のフラグに過ぎないのが、次回の見どころとなります。
「専用機のパッチワークな無骨さが、逆に最強感ある!」「アルベルト、自分が一番不利になる舞台を自分で作っちゃったなw」
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次回、いよいよ第十三話。
重力フィールドすら切り裂く、セリナの「本物の操縦」がスタジアムを震撼させます。
どうぞお楽しみに!
引き続き、よろしくお願いいたします!




