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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鉄と油の聖女:成層圏(ストラトスフィア)への飛翔

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第一話:空の終わりと、小さな揺り籠

新連載です!



「――こちら、エドワード! 応答しろ、フェイ! 制御を、制御を取り戻せ!!」


 鼓膜を焼くようなノイズが響く。

 視界の端で真っ赤に明滅するアラートは、もはや機体が「死」を宣告しているのと同義だった。

 六十五歳になった俺の身体は、長年のG(重力)による負荷でボロボロだったが、鋼鉄の操縦桿を握りしめる指先の感覚だけは、かつての現役時代よりも鋭敏に研ぎ澄まされていた。


 目の前で黒煙を吐き、激しくのたうつ新型テスト機『スカイ・ハイ』。

 そのコクピットに座っているのは、俺が手塩にかけて育てた一番弟子、フェイだった。


「……師匠、ダメです! 魔力回路が固着ロックして……このままじゃ、市街地に墜ちます……っ!」

「弱音を吐くな、このバカ弟子が! 今そっちに接舷せつげんする。外部パージの物理レバーを俺が直接引いてやる、脱出の準備だけしてろ!」


 俺の旧式随伴機は、限界を超えた過給ブーストにより機体全体が悲鳴を上げていた。

 装甲がねじ切れ、コクピット内に火花が散る。だが、俺は迷わなかった。

 

 あいつはまだ二十代だ。俺のような、空に未練を使い果たした老人とは違う。

 あいつには、まだ未来がある。俺が教えきれなかった空の続きを見る義務がある。


 俺は機体を『スカイ・ハイ』の機影に重ねた。

 機体同士が激しく接触し、不快な金属音が響く。

 俺はハッチを蹴り開け、身を乗り出した。猛烈な風圧が老いた顔を叩くが、俺の目は、フェイの機体の側面に設けられた『緊急脱出レバー』を捉えて離さなかった。


 あと数メートル。あと数センチ。

 

 指先が、その冷たいレバーに触れようとした、その瞬間。

 

 カッ、と。

 

 太陽よりも眩い純白の光が、すべてを飲み込んだ。

 暴走した魔力リアクターの爆発。

 俺の視神経が最期に捉えたのは、爆風に吹き飛ばされる弟子の機体と、砕け散る俺の愛機の残骸だった。


(……ああ。……クソ、あいつだけでも、助かったか……?)


 激痛すら感じる間もなかった。

 俺の意識は、深い、深い、宇宙の底へ沈んでいくような暗闇へと消えていった。




 ***




 ……重い。

 

 全身を、粘度の高い泥の中に沈められているような、抗いようのない倦怠感。

 肺が小さくなったかのように、呼吸が浅い。

 俺はてっきり、あの爆発で奇跡的に生き残り、どこかの集中治療室で管に繋がれているのだと思った。


「……う、……あ……」


 声を絞り出そうとして、俺は己の耳を疑った。

 

 俺の喉から漏れたのは、枯れた老人の掠れ声ではなかった。

 ――高く、透き通った、まるで小鳥の囀りのような、幼い音。


(……なんだ? ……身体が、動かん?)


 脳が命じる「筋肉の動かし方」と、実際に伝わってくる「感覚」が、致命的なまでに噛み合っていない。

 六十五年かけて慣れ親しんだ俺の身体は、どこへ行った?

 

 ようやく重い瞼を持ち上げた時、視界に入ったのは、見たこともないほど豪華な、金装飾の施された天蓋だった。

 

 ……。

 

 数秒、俺の思考は完全にフリーズした。

 病院ではない。地獄でもない。

 

 俺は震える手を、自分の顔の前に持ってきた。

 

「……っ!?」


 そこにあったのは、白く、ふっくらとした、あまりにも小さな「手」だった。

 指先は細く、皮膚は驚くほどに薄い。

 スパナの重みを知るタコも、エンジンオイルで汚れた爪も、幾多の戦火で刻まれた傷跡も、何一つとして存在しない。


 俺は狂ったようにベッドから這い出した。

 だが、自分の脚の短さに、再び驚愕する。

 六十五歳の感覚で重心を移動させれば、身体は即座にバランスを崩し、床に顔から突っ込んだ。


 痛い。

 だが、その痛みこそが「現実」だった。

 

 俺は涙目になりながらも(この身体、涙腺まで脆弱らしい)、床を這って部屋の隅にある大きな姿見の前まで辿り着いた。

 

 鏡の中に、そいつはいた。

 

 銀糸のような髪を長く伸ばし、吸い込まれるような碧眼を持つ、人形と見紛うばかりの幼女。

 まだ頬には赤みが残り、その瞳には恐怖と混乱が入り混じった光が宿っている。

 

 ……これが、俺だと言うのか?

 

「セリナお嬢様!? またそんな、床に這いつくばって……! 今日は大事な四歳の誕生日なのですから、お行儀よくなさってくださいな!」


 勢いよく開いた扉から、一人の女性が駆け寄ってきた。

 乳母の服を着たその女性は、俺の小さな脇の下に手を入れると、赤ん坊でも扱うかのように俺を軽々と抱き上げた。

 

 その瞬間、俺の脳内に、自分のものではない「記憶の残滓」が、濁流のように流れ込んできた。


 ――ここは、魔導と騎士が支配する異世界。

 ――俺は、没落の危機にあるアルスタイン伯爵家の令嬢、セリナ。

 ――そして、今日は彼女の四歳の誕生日。


 あまりの情報量に、四歳の未発達な脳は耐えきれなかったようだ。

 俺は、彼女の腕の中で激しい眩暈に襲われ、再び意識を失った。




 ***




 状況を完全に受け入れるまでに、それからさらに一週間を要した。


 俺は、伯爵邸の広大な庭園に面した、石段に腰を下ろしていた。

 目の前には、乳母が用意してくれた香り高いハーブティーが置かれている。

 本当は、喉を焼くような安酒か、泥水のような苦いコーヒーが飲みたかったが、この幼い身体では注文すら叶わない。


「……ふぅ。……よっこいしょ」


 俺はトントンと、自分の細い腰を叩く。

 中身が老人ゆえに、どうしても仕草が年寄り臭くなるのは、もはや呪いのようなものだった。


「お嬢様、またその『よっこいしょ』ですの? お行儀が悪いですわよ。せっかくの美しいお顔が台無しですわ」


 乳母の小言を、俺は「はいはい、分かったわい」と聞き流す。

 俺の心は、今もあの爆発の瞬間に囚われていた。

 

 空。

 俺が人生のすべてを捧げた、あの空はどうなった。

 そして、弟子のフェイ。

 あの光の渦に飲まれたあいつが、生き残っている可能性は……限りなくゼロに近いだろう。

 

 俺だけが生き残っちまった。

 あいつが救うべきだった未来を奪って、俺だけがこんな、お花畑のような平和な世界で「お嬢様」なんて呼ばれている。

 

 滑稽だった。

 この細い腕。握力など、スパナ一本支えられるか怪しいものだ。

 俺は、無力な美少女という籠の中に閉じ込められた、羽をもがれた老いぼれ鳥だった。


 そんな自嘲に浸っていた、その時だった。



 ズゥゥゥゥゥン……。



 遠く、領地の街道から響いてくる、重厚な地響き。

 

 俺の心臓が、ドクンと跳ねた。

 

 その「音」を、俺の魂が忘れるはずがない。

 巨大な重量物が、関節を軋ませ、魔力を脈動させながら大地を圧する音。

 

「……おい。……嘘だろ」


 俺は立ち上がった。

 ドレスの裾を捲り上げる。乳母の静止の声が後ろで聞こえたが、足が勝手に動いていた。

 

 転倒しそうになりながらも、俺は生垣を抜け、屋敷の境界線にある丘へと走った。

 四歳の身体は、少し走るだけで肺が焼けるように熱い。

 だが、その鼓動の激しさは、疲れではなく、歓喜によるものだった。

 

 丘の向こう。

 街道を、二機の巨大な人型兵器――『機殻騎士ギアドライブ』が歩いていた。

 

 全長十メートルを超える、鋼鉄の巨躯。

 人々はそれを「神聖な精霊の守護者」と呼び、祈りを捧げている。

 

 だが、俺の目は、そいつらの醜態を即座に捉えた。


(……一番機、歩行バランスが右に寄っている。二番シリンダーの魔力圧が逃げているな。二番機に至っては、排気ポートが詰まってやがる。あんなの、あと数キロ走らせりゃ、過熱オーバーヒートで脚がブッ飛ぶぞ。どこのボケナスが整備した!)


 さっきまでの喪失感は、どこかへ消し飛んでいた。

 あるのは、沸き立つような憤り。

 メカニックとして、これほど不健全な機体を放置するなど、万死に値する。


「……フェイ! フェイはおらんか! スパナだ……っ!」


 無意識に、前世の弟子の名を叫ぶ。

 もちろん、答えは――


「……はい、師匠! これですね!? 十二ミリのやつ!」


 すぐ隣、生垣の陰から、聞き慣れた声が響いた。

 

 振り返れば、そこにいたのは油まみれの作業着を着た、一人の少女だった。

 茶髪のショートヘア。大きな瞳。

 俺と同じ、四、五歳ほどの子供だ。

 

 少女は、俺――銀髪の令嬢――を見て、絶句した。

 俺もまた、その「ジャガイモみたいな顔」の少女を見て、息を呑んだ。


「……お前。……まさか、フェイ、なのか?」


「……その、眠たそうな、おじいちゃんみたいな目。……師匠!? 師匠なの!? な、なんですかその格好! 綺麗なドレス着て、可愛くなっちゃって!」


「……それは、こっちのセリフだ。……お前、あの爆発で……」


 俺は、言葉を詰まらせた。

 少女――フェイは、ボロボロの袖で顔を拭い、くしゃりと顔を歪めた。


「……すいません、師匠。……あんなに必死に手を伸ばしてくれたのに。私、結局死んじゃって……。気づいたら、この整備工場の娘になってました。……師匠まで、道連れにしちゃって……本当に、ごめんなさい……っ」


 フェイが、その場に泣き崩れた。

 

 ……ああ、そうか。

 やっぱり、お前も死んじまったのか。

 あんなに必死に手を伸ばしたが、結局、二人して地獄の代わりにこの「お嬢様ごっこ」の世界に転がり込んできたわけだ。

 

「……泣くな。……よっこいしょ。……生きちまったもんは、仕方ないわい。……むしろ、死んでまでお前の説教を聞かされる俺の身にもなってほしいもんじゃ」


 俺は、四歳の小さな手で、弟子の頭を不器用に撫でた。

 

「フェイ。再会を祝うのは後だ。……まずは、あの歩く粗大ゴミ(一番機)をどうにかするぞ。あいつ、このままだと前のめりに転けて、その辺の民家を潰すぞ。……俺たちの前で、機体を腐らせるのは、パイロットとしても整備士としても、万死に値すると思わんか?」


 フェイが、涙を拭って立ち上がった。

 その瞳には、前世で俺が叩き込んだ、不屈の整備士の魂が宿っていた。


「了解です、師匠! ……でも、私たち今、四歳ですよ!? 誰がこんなガキの話を聞いてくれますか!」


「決まっているだろう。……お嬢様の特権ワガママを使うんだよ」


 俺は、泥だらけになったドレスを誇らしげに翻し、不敵に笑った。

 

 中身は六十五歳の頑固親父。

 外見は四歳の天使。

 

 伝説のエースと弟子の「やり直し」が、今、最悪で最高の形で始まった。


初めまして、あるいはこんにちは!

本作を手に取っていただき、誠にありがとうございます。


「見た目は美少女、中身はガチの職人おじいちゃん」というギャップを楽しんでいただけるよう、気合を入れて執筆しております。

セリナの「よっこいしょ」という声が聞こえてきそうな、コミカルで、でもロボットに乗ると最高に熱い物語をお届けする予定です。


相棒のフェイと一緒に、これから学園でどんな「魔改造」を繰り広げていくのか……。

スローペースながらも、じっくりとエースの再臨を描いていきますので、長くお付き合いいただければ幸いです。


「続きが気になる!」「おじいちゃん令嬢、いいじゃないか」と思ってくださった方は、

ぜひ【ブックマーク】や下の【☆☆☆☆☆】からの評価で応援していただけると、執筆の大きなエネルギーになります!


これからよろしくお願いいたします。


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TS小説は苦手ですがこの作品は、面白そうなので読ましていただきます。
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