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August 6th... (八月六日・・・)
猛暑の中、俺はベンチに腰掛けている。食べ終わったアイスの棒を見る。・・・何もそこには記されていなかった。
「・・・ハズレ、か。・・・はぁ・・・」
俺はすぐ横のゴミ箱にそれを捨てた。ゴミ箱の中には、空き缶にお菓子の袋、雑誌が捨ててある。そして、中の新聞が目に付いた。一面を飾るのは、茂の写真。
「たかが骨折ごときで・・・」
茂は、足の骨を折って入院している。恐らく2,3日後には退院して、今月中旬頃にはギプスもとれる。あいつは結構怪我とかがすぐに治るしよ。・・・だからって早すぎるって?
・・・仕方ねぇよ、あいつはさ。
5 days ago...(五日前・・・)
俺たちは、思いっきりはしゃいだ後、バスに乗って帰ろうとした。だが、バスは時間になっても来ない。首を傾げて待っていたが、・・・やはり来なかった。
「・・・バス、遅くないか?」
「あぁ。確か5分前には来ているはずなんだがな・・・」
・・・遠くから車の音が聞こえる。バスのようだ。
「あ、来たみたいよ」
バスは停留所を目指し、走っている。・・・ちょっと待て。おい、前で止まるには、速いぞ・・・? それに、俺たちの目の前にあるのは・・・・・・バスの、・・・正面・・・?
「よ、よけろッ!!」
俺は咄嗟に避けた。亜麻弥ねーちゃんは三千重さんを、蒼真は方舟をかばう。だが、バスは、・・・茂を空高く跳ね上げる。宙に茂の姿が舞う。踊る影法師。そして、茂の顔が見えた。
・・・あいつは・・・笑ってた・・・。死を受け入れた? 違う。
・・・ なぜか 分からないけど それは いままで 見た事のない 笑顔だった ・・・
・・・そして、しばらく浮かんでいた彼も、ついに地に堕ちる。三千重がすがりつく。そして、俺は焦って携帯を取り出すが、落としてしまった。
「は、はやく、急がなきゃ・・・」
そして、足の力が抜け、ガクッと崩れるように倒れる。手が震えて、携帯すら拾えない。・・・その携帯を亜麻弥ねーちゃんは拾い上げると、1・1・9とダイヤルする。そして、彼女は震える声で伝える。
・・・いきなりバスのドアが開き、運転手が出てきた。
「ひ、ひぃいいいッ?!!!」
そいつは叫ぶと、走って逃げようとする。
「に、逃がすかよッ!」
そこを蒼真が抑え、羽交い絞めにする。なんとか確保。
「ひゃ、110番にもついでに電話してくれッ!!」
あれ、・・・目の前が・・・あれ、あれ・・・? おかしいな。真っ白で・・・何も見えない・・・?
・・・意識がふっと戻る。そこは病院だった。
「・・・俺は・・・俺は・・・」
何もできなかった。場を盛り上げることはできるのに、こんなときには全く使えない。
「・・・俺の馬鹿野郎が」
・・・そうぼやくと、隣に亜麻弥ねーちゃんがいるのに気付いた。
「ね、ねーちゃ・・・」
彼女は、自分に言い聞かせるようにこう言った。
「・・・・・・今日の夕飯、・・・焼きそばにしようかな」
「なッ―――?!」
そして、待合室に三千重さんが戻ってきた。
「・・・茂、骨折だってさ」
「はぁッ―――?!」
おいおい、・・・そんな軽傷だったのかよ?! 確かにあいつは骨太だしさ、うん・・・。
「まさか篤史、・・・もしものこと、思っちゃった?」
「え、・・・あ、あぁ・・・」
三千重さんと亜麻弥ねーちゃんはため息をついて同時に言った。
「「あいつ(茂)はそんなにやわじゃないっ!」」
・・・俺はこいつらのことを甘く見ていた。特に、三千重さん。いくら妻でも、そこまでは分からないだろう。そう高をくくっていた。・・・だが、それはとても間違っていたようだ。
「私のこと、ただの玉の輿とかを狙った嫁とかだと心の奥で思ってたんじゃないの?」
その上こんなに鋭い。亜麻弥ねーちゃんは、俺の顔をみて、鼻で笑う。
「図星みたいよ? 鋭いわね、三千重ちゃん」
「えへへ・・・。それより、・・・私のことをそう思うのはやめてほしい。・・・私は、茂のことを愛している。誰よりも。えぇ、世界がそれを否定しても私はそれをこの体で証明してやるッ! ・・・私は、・・・芳養房 茂の妻、芳養房 三千重ッ!!」
「三千重ちゃん、周りの人にバッチリ見られちゃってるよ? ・・・ほら、病院内ではお静かに」
「・・・あッ、ご、ごめんなさい! わ、私ったらこんなところで、もぉ~、恥ずかしいッ!!」
「だから静かにしろってッ! って、なんかふとましいナースさんが・・・」
・・・結局、俺たちは病院から追い出されるような形で帰ることになった。
「何で私まで追い出されなきゃならないのよ?!」
「・・・暑いな。・・・さて、と。そろそろ仕事場へ行かないとな・・・」
俺は、ベンチから立ち上がり、テレビ局へと向かう。・・・収録は5時からだっけ。まだ余裕があるが、局内は冷房が効いてて涼しいからな。
「―――うわっとッ!!」
「きゃッ!!」
不意に女性とぶつかってしまう。そして、思いっきり転んでしまった。・・・なぜか俺の方が。
「あ、・・・ご、ごめんなさい、本当にごめんなさい。・・・私、・・・ごめんなさい」
謝りすぎだろ、何が何でも。・・・そう毒づきそうになったがさすがにかわいそうなので喉で止めた。
「いや、・・・そっちこそ、大丈夫か・・・?」
「・・・大丈夫・・・です・・・でも、・・・ごめんなさい・・・」
「いい。・・・もう、謝らなくていいって。こっちは大丈夫だからさ。ほら、安心しなよ」
俺は女性の肩に触れる。すると、女性の顔が真っ赤になる。
「ん・・・どうしたよ? もしかして・・・風邪か? もしかして熱でも・・・?」
「い、いえ! その・・・えっと、・・・私、椿です! 椿、愛海・・・です・・・」
たぶん、彼女の名前だと思うが、彼女はそういうなり、走っていってしまった。・・・一枚のカードを落として。俺はそれを拾い上げる。
「・・・って、これ免許証じゃねぇかッ!! おいおい、何でこんなものを都合よく落とすんだよッ?!」
俺は彼女を追うことにしたが、・・・すぐに見失う。そりゃ、彼女が道をどちらに曲がったか、とかは把握していなしな。無理に決まってる。
・・・とりあえず、俺は近くの交番を探した。たぶん、この辺りにあると思うが・・・。
あった。結構歩いたな。時計を確認すると、・・・おっと、急がないとまずいな。そして、俺は交番の中へ入る。
・・・中には扇風機があったが、全く風が来ない。それどころか、・・・サウナみたいだ。
「うへぇー、あぢぃい・・・」
ようやく、駐在さんもこっちに気付く。
「なにかありましたでしょうか?」
「免許証が落ちてたんですよ。ほら、これ」
「・・・はい。・・・分かりました、ではこちらの書類に・・・」
うわ、これにいろいろと書けって? 激しく面倒くさい。・・・じゃなくって、時間がやばいかもしれない。
「とりあえず、サラサラっと・・・」
ようやく交番を脱出。あぁ、外の空気は新鮮で爽やかだなぁ・・・。・・・と、いうわけで。はやくテレビ局へ行こう。もう4時半だ。ここからなら十分間に合うが。
「ふぅ、ようやく到着。で、控え室はどの部屋だっけ?」
長い廊下をひたすら歩く。そして、ようやく『盛邦 篤史』の名前が記された扉を発見。
「あった、ここか。それにしてもスタジオからメチャクチャ遠いな・・・」
愚痴を少し言いながらも、室内に入る。そこにはスタッフさんが待ち構えていた。
「篤史さん、遅いですよ? あと15分で撮影はいっちゃいます」
「いや、ちょっと面倒なことに巻き込まれちまったんですよ。悪かったと思ってますから」
スタッフさんはため息をつく。そして、服を適当に持ってきた。
「身なりが悪すぎです。着るんなら上はこれ、下はこんな感じですね」
・・・彼は、ファッションには詳しいから頼もしい。彼がスタッフでよかった。
「じゃ、はやくスタジオに行ったほうがいいですよ」
「分かりました、忠告ありがとうです」
いつものようにそんな挨拶を交わし、スタッフさんはスタジオへと向かう。俺も、テーブルの上にあったチョコレートを一つ食べると、小走りでスタジオへ向かった。
今回の番組のテーマは、日本の経済や政治について。あと、犯行声明や、『例の事件』についてだ。
・・・撮影が始まり、司会が挨拶をする。その次にレギュラーメンバー。そして、俺の名前が呼ばれた。俺は今回はゲストとして呼ばれている。拍手の中、俺は席へ座る・・・。
「ちょっと盛邦さん、そこ観客席だから!」
「あ、あれぇ? おかしいな・・・?」
少しキャーキャー言われ、恥ずかしくなる。・・・別にウケを狙ったわけではなく、本気だった。
「では、まず最初のテーマは―――」
ようやく撮影が終了した。俺はミネラルウォーターをもらい、司会の・・・誰だっけ・・・とりあえず、司会に話しかける。
「お疲れ様です。いつものことですけど緊張しますね」
「いやいや、自分はもう慣れたよ。じゃなきゃ、司会なんてやってられないって」
少し俺は笑う。そして、司会は話題を持ち出す。
「で、芳養房さん・・・あ、分かるよね。まぁ親戚だからわかって当然だと思うけど。・・・彼、大丈夫だったのか?」
「何で俺に訊くんですか? ニュースとか見てます?」
「いやぁ、自分、マスコミはほとんど信用してないからさ。生の情報が好きなんだよ」
それなら仕方ないので、現状を説明する。さすがに2,3日後に退院とかは言わなかったが。
「へぇ、・・・お大事にって伝えといてもらえるかな。それと今後ともごひいきにとでも」
メインは恐らく後に言った方。前は別にどうでもいいのだろうが。
「じゃ、俺は帰りますんで、ほんと、お疲れ様でした」
「別の番組で会えたらいいね。じゃぁ、お疲れさん」
俺はスタジオを後にする。
◆
窓の外をみる。夕日が見えた。・・・と、ドアをノックする音が聞こえた。
「(・・・面会時間はとっくに過ぎているはずだが・・・?)」
そして、ドアが開くと、・・・なるほど、看護師さんだった。
「花、取り替えますね」
そう一言いうと、花瓶の花を新しいものに替えた。
「・・・見かけない顔ですね。・・・この病院であったこと、ありましたっけ」
「・・・・・・」
彼女は黙っている。そして、花瓶を置き、部屋を出る・・・。いや、出なかった。彼女は鍵を閉めた。
「・・・何してるんですか?」
そして、夕日を背に、彼女は言った。
「・・・まだ、・・・インヴィディアが戻らない。・・・どういうことでしょうか?」
寒気がした。空調がきき過ぎていたからではない。それは、寒気というよりも、悪寒だろう。
「・・・お前、・・・誰だ? いきなりそういうことから始められると困る」
「私の質問に答えろッ!! それ以外に口を利いてみろ。その首ごとへし折って、お前の命のともし火を消してやる」
それは、威圧に近いが、威圧ではなさそうだ。だが、その言葉は俺の心に怖いほど響く。
「・・・俺は知らない。奴がどこに行ったかなんて、一切知らない」
「なぜ、どこかへ行ったかは、知ってるはずですが・・・?」
ちぇっ。こいつは何でもお見通しってか? 仕方ないから話すことにした。
「俺が、奴を叩きのめしてやっただけだ。てっきり泣きながらそっちへ帰ったと思ったんだが・・・違うのか?」
「答える義務は私にはない」
そう言うと、彼女は・・・本当はどちらだろうか? ・・・窓から飛び降りる。ここは5階。落ちたらほぼ即死だろう。まぁ、奴らに限ってそれはありえないだろうが。
「・・・それよりも、・・・退屈だ」
俺は吊られたままの自分の足を恨めしく見つめる。まぁ、多分もうすぐ退院だろうが。担当医も驚きの回復スピードらしいからな。まぁ、俺は、・・・俺だからよ。
*
シャワーを浴びながら、この前みた夢を必死に思い出そうとする。・・・だが、なぜか思い出せない。どうしても思い出せないから、諦めてほかのことを考えることにした。
・・・そうだ。免許証。結局彼女の手に届いたのだろうか? 警察に任せたから、恐らくすぐに彼女の手に届くだろうが。なら心配ないな。
頭がくらくらする。もしかしてのぼせたのだろうか? さすがにシャワーにのぼせることはまずないと思うが、十分温まったから、俺はシャワーを止め、浴室の扉をあけた。
To be continued...
いろいろな忙しいことに押されながらもなんとか一話。
はぁ、芸能界の描写、あってるかどうか心配だなぁ・・・。
そんなことより、篤史の描写ってのはとても難しい。
だけど、こんなことで屈するような自分じゃない。
早速次の話の執筆に取り掛かろう!!
From Knight Circle