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⑦忍者であるお隣さんの正体を知ったことで、Ⓐ仲間に入る、Ⓑ亡き者にされる、という究極の二択を迫られて、平凡な大学生は人生最大の危機に直面

自宅のアパートに辿り着いたときには、陽太の体力はすっからかんだった。

階段を見上げただけで、エベレストがそびえ立っているように思える。

芽衣に背中を押してもらいながら、ふらつく足取りで一段ずつ登り、自室に到着する。

鍵を開ける指先さえ震えていて、自室のドアを開けると、

陽太はほとんど倒れ込むようにして中へと入る。


「おやすみ……なさ……」


薄れゆく意識の中、ドアを閉めかけたその瞬間……

ばしっ、と強い力で押し返された。


「うわっ!?」


陽太が驚いて顔を上げると、芽衣がドアを押さえて、鋭い目で陽太をガン見していた。

薄暗がりの中でも、その表情の険しさがひしひしと伝わる。

そして芽衣は陽太に問う。


「……で、どうするの?」


「え、何を? えっ?」


陽太は混乱しながら、今しがたの出来事を必死に思い出そうとする。

でも疲労と酸欠で頭が回らない。

芽衣の問いの意味が、まったく分からなかった。


煮え切らない陽太の態度にしびれを切らせたのか、

芽衣はドアをぐいと開けると、素早く玄関に体を滑りこませてきた。

後ろ手にドアを閉めると、1㎡にも満たない空間に二人は密着する。

芽衣の柔らかな香りが鼻をくすぐり、陽太は異性を感じてドキドキした。


(ち、近い。いきなり、何?)


「見たでしょ?」


芽衣はもう一度、陽太と10センチしか離れていない場所で言う。

思考回路が停止中の陽太は、答えに窮す。

限界を超えた疲労と、芽衣の急接近で、頭の中は真っ白だ。

で、思わず荒唐無稽なことを口走ってしまう。


「ひょっとして、芽衣さんの正体は忍者、だったりして。ははは……」


陽太の言葉はジョークのつもりで言ったのに、芽衣の反応はゼロ。

硬い表情のまま、陽太の言葉を否定してくれない……

二人の間に、気まずい空気が流れる。

無言に耐えられなくなって、恐る恐る陽太は確認した。


「ははは……、もしかして正解?」


芽衣はこくりと頷く。

綺麗なポニーテールも、ふさっと縦に揺れて追従する。

芽衣のリアクションを理解するのに若干のタイムラグを要した陽太は、数秒の後、目を見開いて言う。


「ええっ!!!」


驚きのあまり、陽太は玄関から部屋の真ん中まで飛びのく。

自分でも驚くほどの跳躍力。

しかも全力疾走後で、全身クタクタなのに。


そんなことを考える余裕もないほど、陽太は驚いていた。

いやこれって、19年間生きて来た中で一番だ。

パニくる陽太と真逆に、芽衣は落ち着いた声で言う。


「しっ、大きな声を出さないで。夜中なのに近所迷惑よ」


「いや、お前が言うなって。さんざん夜中に騒音立ててたくせに!!!」

とツッコミたいのはぐっと堪えて、でも陽太は反論した。


「いや、だって、驚くでしょ普通。忍者なんて、これまで会ったことないし」


部屋の中から、玄関にいる芽衣に反論する陽太。

芽衣は落ち着いた歩みで、玄関から陽太の元に近づく。

その表情はどこか少しだけ悲しそうに見えるのは、陽太の気のせいか。

陽太の前にしゃがみ込むと、芽衣は真っ直ぐな眼差しで告げる。


「残念ながら、悠長に驚いている暇はないわ。

忍者は正体が一般人にバレた場合、2つの選択肢しかないの……」


陽太は何の話かわからず、ぽかんと口を開ける。

話の内容が陽太の頭に染み込むのを待ってから、芽衣は言葉を続けた。


「正体を知られたら、その相手を仲間に引き入れるか、そうでなければ口を封じる。

それが忍者の掟」


そう言いながら、芽衣はどこからともなく忍者刀を取り出した。

抜き身の刀身が、薄暗い部屋の中で冷たく光る。

忍者刀なんて初めて目にしたけれど、素人の陽太にもこれが本物であることはわかった。

何ていうか、滲み出る剣呑さがハンパない。


「ちょっ!? えっ!? 今どこから出した!?」


「企業秘密」


「いや、秘密ってレベル超えてるでしょ!? 服の下にそんなもん入る!?

っていうか、さっきの2択だけなの?」


陽太は顔を引きつらせながら、部屋の中を後ずさる。

しかし芽衣は中腰のまま素早い動きで前進して、陽太との距離を詰めた。

壁まで追い詰められた陽太の目前に、抜き身の刃物が怪しく光る。


「さあ、どっちがいい? 好きな方を選んで」


芽衣はカフェの店員がオーダーを取るみたいに、フランクに言う。

絶対にこの場に相応しくないテンションだ。

命の危機に瀕して、陽太の不平が飛ぶ。


「選択肢がバイオレンスすぎる!!

もっとこう、光をぴかっとやると記憶が消えるとか、平和的な選択肢ないの!?」


「ない」


「即答!? せめて考えたフリぐらいして!?」


陽太は必死に要望するが、目の前の刃はピクリともぶれない。

芽衣の手元が安定しすぎていて逆に怖い。

そこには一切の妥協を許さない、強い決意を感じさせるものだった。

カフェの店員がオーダーに注釈をつけるみたいに、芽衣は言う。

(熱いので、お気をつけくださいね的に)


「動くと危ないよ」


いや、そんな冷静なテンションで刀を突きつけるの、逆にずるくない!?

もっとこう、「覚悟しろ!」みたいに分かりやすく言ってくれた方がリアルな危機感が湧くんだけど!?


陽太は全身を硬直させた。

喉元にピタリと吸い付くように刃が止まっている。

息をしたら、その振動でちょっと切れるんじゃないか?

いや、実際にそんなことあるわけ……


「スッ……」


我ながら愚かだなと思うけど、危ないと分かっているのに試してみたくなるのが人情。

陽太は生死の境に立たされているにも関わらず、ちょっとだけ試しに首の位置を動かしてみた。

その瞬間、皮膚にひやりとした痛みが走ってパニくる。


「あっぶな!? マジで今、俺のHPが1減ったよね!? 掠ったよね!?」


芽衣は無表情のまま。

やばい、ガチのやつだ。

完全に斬る時の気配だ。

陽太の背中を汗が伝い、膝が震えた。


「待って、冷静に考えよう? まずは武器を下ろすところから始めない?

ね? 話し合い大事!」


「話し合う必要はない。それより早く選んで。ほら、刀研いだばかりだよ?」


芽衣は自慢げに忍者刀を見せつけると、そこには恐怖に慄く陽太の顔が映っていた。

ほんと、丁寧に手入れされていて、切れ味が鋭そうだ。

で、思わず想像してしまった。

この刀で、すぱんと首を切られた陽太の姿が目に浮かぶ。


「怖い怖い怖い怖い!!!」


ろくでもない想像を慌てて頭の中から追い出して、陽太は叫ぶ。

全力で現実逃避したかった。

でも、芽衣の構えに一部の隙も無い。

退路を断たれた陽太は、覚悟を決めて言う。


「……わかった、仲間になるよ!!!」


陽太は人生で一番の決断をした。

一人暮らしを決めた時も大きな決断だったが、今ほどじゃない。

オトナになるってことは、こういうことの連続なんだろう……

いや、そもそも、オトナになるまで生きていたい!

ぼんやりと陽太はそんなことを考えた。


「最初からそう言えばいいのに」


陽太の返事に芽衣は満足そうに微笑むと、スッと刀を鞘に収める。

その動きは、まるで映画のアクションスターみたいに格好良い。

そして、その笑顔はドラマの主演女優みたいに美しい。

陽太が動けずに固まっていると、芽衣は陽太の手元を見て声を上げた。


「あ! たこ焼き!! ずっと、たこ焼き持ったまま走っていたたの? 

全然、崩れてないじゃん。バランス感覚、スゴクない?」


「あ、ほんとだ」


陽太は虚脱した中、首だけを動かして自分の手元を見た。

たこ焼きのパックが、崩れることなく保たれている。

無我夢中で気が付かなかった。

いくら、たこ焼きが好きだからって、どんだけ守りながら走ってたんだ、俺。


「わたし、たこ焼き大好き!!!」


芽衣の目が、ぱっと輝いた。

さっきまでの緊張感なんて、どこか別の次元にでも置き忘れてきたみたいだった。

その笑顔は、まさに普通の女の子。


「……切り替え早いな……」


陽太は、思わず力なく笑った。

さっきまで、人生初の生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

全身の毛穴が開きっぱなしで、心臓はいまだにドラムソロしてるし。

それなのに芽衣はと言えば、まるで宝物でも見るように目をキラキラさせていた。

悔しいけれど、美少女がとびっきりの笑顔で見つめる姿は、正義だと思った。


「……良かったら、食べていいよ。1個減っちゃってるけど、まだ温かいよ」


そう言って、陽太はたこ焼きを差し出した。

その手はまだ、震えていた。

でも、たこ焼きを芽衣に渡すときに芽衣の手が触れて、

それはとっても暖かで柔らかで、陽太の心の奥底を緩めてくれる感じがした。


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