表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

⑥お屋敷の庭に忍び込んだお隣さんは、こっそり屋根に登ったけどあえなく失敗……。最初に飛び越えた塀の近くに戻ったら、お隣さんウオッチャーの青年と遭遇して、ひょっとして正体がバレた!?

芽衣は月明かりに照らされた庭に潜み、慎重にルートを見極めていた。


「よし、あの影……あの木の根元……で、あの灯籠の死角……」


彼女の視線は、まるでレーザーのように庭の暗がりをなぞる。

大の字に広がる豪華な芝生の中に点在する陰を繋ぎ、

誰の目にもつかないステルス通路を作り上げていた。


「ルートばっちり。視界良好!」


鼻息も荒く、芽衣はステルス通路を駆け出した。


「ぬあっ、ぬかるんでる……っ!」


出だしから、足元の芝生が予想以上にもちもちしており、足が大きく沈んで転びそうになった。

慌てて次の影へと飛び込むが、勢い余ってそのままガーデン用の噴水に頭をぶつける。


「……っ、なぜこんな場所に西洋風の噴水……!? 和風庭園じゃなかったの!」


痛むおでこを押さえつつ、誰にも見られていないか周囲を確認。

異常なし。

今度は芝生の上を這うように進み、背の高いツバキの木の陰でようやくひと息ついた。


「よし……あと5メートル」


屋敷の白壁は、月に照らされてぼんやり光っている。

そして、どの窓にも重厚な鉄格子が取り付けられていた。

一般的な防犯対策を異常なくらい越えた、鉄壁の守りを思わせる屋敷だった。

窓からの侵入を諦めて、芽衣は壁際に設置された排水パイプに手をかけた。


「さすがに防犯対策で、壁に足場になるようなでっぱりが無いわね。

でも私には、そんなの不要!」


と、自信たっぷりに登り始めたが、


「うお、冷たっ!? なにこれ、夜露!? いや、これ濡れてる……」


手が滑りかけ、身をよじってギリギリで体勢を持ち直す。

よく見ると、排水パイプには水滴がずらりと並び、夜の湿気でつるつるになっていた。


「くっ……この罠、屋敷の主の仕業か……(たぶん違う)」


文句を言いつつも、芽衣は器用にバランスを取りながら屋根の端まで登る。

瓦の角に手をかけて、最後のひと踏ん張り。

ひょいっと体を引き上げ、ついに屋根の上に立つ。

風がポニーテールを揺らし、眼下には静まり返った豪邸の庭園が広がっていた。


芽衣は屋根の端でバランスを取りながら、周囲を見渡す。

屋敷の周囲には、よく手入れされた竹林が広がっていた。

一本一本が驚くほど太く、屋根とほぼ同じ高さまで育っている。

風が吹くたびに、竹がざわざわと葉を揺らし、月明かりの下で幽玄な影を作っていた。


「自宅に竹林って、どんだけ広い屋敷なの!?」


愚痴りながら屋根を歩き始めた時、足元に違和感を覚えて、ズルッと体勢を崩した。

枯葉が屋根の瓦を覆い、滑りやすくなっていたのだ。

そのことに気づいた時は、手遅れだった。


「やばいやばいやばい!!!」


必死に体勢を立て直そうとするが、

芽衣が蹴り飛ばした瓦が、急こう配の屋根を派手な音を立てて滑り落ちる。

いや、それだけではない。

芽衣自身も瓦と一緒に、屋根を滑り落ちていく。


「ちょっと! ちょっと! ちょっとぉぉ!!!」


芽衣は体勢を立て直せないまま、屋根の傾斜を滑り落ちる。

このままでは、屋根の端から地面に真っ逆さま。

眼下には、硬そうな敷石が見えた。


「跳ぶしかない!!」


芽衣は屋根の端ギリギリで、全力で跳躍した。

華奢な体が、宙に放り出される。

屋敷の周囲を覆う巨大な竹林に向けて、芽衣の脚が一歩、二歩と宙を駆ける。

その中の一本、特に太い竹に狙いを定める。


「……っ、捕まえた――」


無事に竹の先端に取りついた。

芽衣の体重を受け止めて、竹はゆっくりと弓なりに曲がっていく。


「いや、ちょっと……これって……?」


竹のしなりに合わせて、芽衣の体は地面に向けて下降していった。

気づけば自分の目の前には、さっき飛び越えた塀。

そしてそこには、ちょうど塀をよじ登ろうとしていた陽太の顔があった。

芽衣は、竹に掴まったまま尋ねる。


「なんでここに!?」


「いや、こっちのセリフですよ! なんで、こんなお屋敷に忍び込んでるんですか!?」


「え、ちょっとしたアルバイトで……」


竹の先端にぶら下がったまま、芽衣は懸命に誤魔化す。


「バイトでお屋敷に潜入する!? 絶対おかしくないですか!?」


その時、屋敷の玄関や窓が勢いよく開けられた。

そして響き渡る怒号。

周囲の空気がビリビリと揺れる勢いだった。


「誰だァァァァ!!」


現れたのは、鋭い目つきにオールバックの男たち。

黒のスーツに金のネックレス、腕にはタトゥーがのぞく。

それが10人近くいる。

全員が黒スーツに刺繍入りのシャツをのぞかせ、剣呑な雰囲気を漂わせていた。


「おい、今の音は何だ?」「竹林の方だ! 何かでっけぇ音がしたぞ!!」


とてつもなくマズイ状況であることは、部外者の陽太にも理解できた。

屋敷から出てきたイカツイ住人に掴まったら、無事に帰してもらえるとは思えない。

陽太は地面に転がっていた大きめの石を拾うと、屋敷とは反対方向に投擲する。

子どものころから遠投は得意で、学年トップを取ったこともある。


カシャンッ!!

えらい遠い場所で、派手な音がする。

男たちがそちらに気を取られた。


「おい、あっちに向かったぞ!?」「裏口の方だ、急げ! ぶちころせ!」


わーわー言いながら、男たちの足音が遠ざかっていく。

とりあえず当面の危機を回避して、ホッとした陽太はその場にへたり込みそうになったが、

いつの間にか竹から降りた芽衣に、ぐいっと腕を掴まれる。


「ぼさっとしてないで、逃げるのよ」


反論する間もなく、芽衣は走り出していた。

陽太の腕をしっかり掴んだまま。

むしろ引きずる勢いだ。

懸命に芽衣のスピードに付いて行きながら、陽太は叫ぶ。


「なんで、俺まで逃げなきゃいけないんですか!!」


「仕方ないでしょ! そこにいたんだから!」


「俺、関係ないのに!!」


「捕まって、痛い目にあいたくなかったら、走りなさい!!」


「てか、そもそも、あんな場所で何やってたんですか!?」


芽衣に引っ張られて、陽太の走る速度もどんどん上がっていく。

風を切って疾走する快感に、ちょっぴり酔いしれる。

もともと、足が遅い方ではなかったが、こんなにも早い速度で走るのは初めてだった。

芽衣は息も切らさずに、さらりと答えた。


「ちょっとしたバイトよ!」


「全然ちょっとじゃないでしょ!! めっちゃ大ごとになってるんですけど!!」


「男のくせに、細かいこと言わないの!!」


「気にしますぅ!!!」


こうして二人は、後ろも振り返らずに真夜中の住宅街を駆け抜けた。

いや、普通の道だけじゃない。

畑の中、茂みの中、はては他人の庭先まで駆け抜けた。

そのおかげで全身泥だらけ。

服はあちこちが破れるし、初めて会った時の芽衣みたいな状況になった。


陽太にしてみれば、こんなに長い距離を、しかもこんな早さで走ったのは初めてだった。

芽衣に引っ張ってもらっているとはいえ、この速度に付いて行かれている自分の体力にも驚きだ。

陽太と芽衣は、深夜の街を全力で逃走した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ