【2】
女をふいにすることで、それで男の立場が危うくなるわけでもたいていの場合は別段ない、とは言ったが、しかし橘氏本流の姫が袖にされたという事は、やはり宮廷内で広くの噂となった。
聞けば、ずいぶんと手酷い事であったとか。
まあ、噂が流れれど、定家の立場が悪くなるわけでもない。その程度である。
だが話に上がれば、同情の念を覚える者がいるのも、人というもの。平安の宮廷もそこらへんの人情味を忘れることはなかった。
さて――。
近日、【十二人会歌合】なる大会が、この宮廷で開かれようとしていた。
時の帝、朱雀天皇が主宰した、当時もっとも大規模であった歌合の会である。――これの会を触発の見習いにして、後の村上天皇は天徳四年(960)、かの有名なる【内裏歌合】の大会を、自らの威信でデザインして主宰した。
十二人会歌合、その内容とは、宮廷人たちが左右に分かれて、一騎打ちの形でお題とされた詩を読み合う、矜持を賭けた競い合いである。それを一組一名と数え、十二回行うという、二十四以上の歌が詠まれる壮大な大会である。
当然――歌を創るのは男性である。
女性は歌を詠む側であり、それもこのたびの十二人会歌合では、歌を創る者が同じく歌を詠むようにあるので、女人の立場としては観戦で楽しむところであった。
だが、葵姫は、歌を創る側として歌合に出場することを願った。
父の橘 有道も、このたびの定家の薄情には怒りを覚えるところがあるのか、葵姫の暗躍に、御転婆と目を瞑った。
そして父と友好のある、源氏の道義という者に葵姫は相談を持ち掛けて、なんとか歌合の場に出ることは叶わないだろうかと頼み込んだ。
源 道義という男、話に上がった葵姫を巡った噂には胸を痛めていた者であり、そして何より、情に富んだところを持ちながら放逸的な男でもあった。――矜持を賭けた競い合いとはいっても、酒宴ありの宴的な側面の強い会である、それも一興となろうと……道義はきっと面白味を秘めて思いながら、帝にも秘密裏とした逸した放胆で、葵姫を二十四人の一人として詩人に加えたのだった。
霞が、一首。
鶯が、一首。
柳が、二首。
桜が、二首。
恋が、六首。
春の歌が六首に、恋の歌が六首で十二人会歌合は催される。
先に言った通り、歌詠み合わせの形は一騎打ちである。
そして。
葵姫が相対するは、当然――皆が想像する通りの男であった。
歌による活劇の舞台、一大の幕が上がろうとしていた。