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冷たい風が吹き抜ける中、城の正門前に一人の伝令兵が馬を駆って現れた。


その肩には王家の紋章を刻んだ肩章があり、手には封蝋で封じられた公文書を持っていた。


「デュークデイモン辺境伯へ、王宮からの伝令を持参しました!」


厳しい声が響き渡る。


ヴィーラは、その言葉を聞くと即座に門へ向かうよう指示を出し、自ら伝令の前に立った。


「ご苦労さま。預かるわ。」


そう言って手を差し出し、王宮からの書状を受け取る。

蝋印は確かに王宮のもので、開封すると、そこには簡潔な命令が記されていた。


『ドミニード王国への出兵命令。デュークデイモン辺境伯軍は、王国軍の指揮下に入り、戦に参加せよ。』


ヴィーラの瞳が細められる。

紙を握りしめる手に、じわりと力がこもった。


「……やってやろうじゃないの。」


冷たい声が静かに響く。


その隣では、ヘルムデッセンが書状を覗き込みながら、険しい表情を浮かべていた。

彼の眼差しは鋭く、まるで戦場の風を感じ取っているかのようだった。


◇◆◇◆◇


執務室に集まったのは、戦の要となる者たち——ヴィーラ、ヘルムデッセン、ヴィルトン、ロート、そして側近のディルプール。

机の上には詳細な戦略図が広げられ、周囲では兵士たちが出陣の準備に追われていた。


「……ドミニード王国って、友好国じゃなかった?」


ヴィーラは地図を見つめながら、疑問を口にする。


ドミニード王国とは、数十年にわたり良好な関係を築いてきた国。

貿易協定も結び、互いに干渉しない安定した関係を持っていたはずだ。


それなのに——なぜ、突如として戦を仕掛けることになったのか。


ヴィルトンは腕を組みながら、低く唸った。


「……その出兵命令が偽物という可能性もある。」


「偽物……でも本物?」


ヴィーラは、口元に手を当てながら思考を巡らせる。


「本物だけど……偽物……やっかいね。」


彼女の黄金の瞳が細まり、深く沈んでいく。

王宮の命令は確かに正式なものだが、背後で誰かが意図的に仕掛けた可能性がある。

そして、その誰かの意図が「戦争をさせること」ならば——


(私たちは駒として動かされているだけかもしれない。)


そう考えた瞬間、ヴィーラの背筋に冷たいものが走る。


——この戦は、本当に必要な戦なのか?


その疑念を抱えたまま、ヴィーラは目の前のヘルムデッセンへと視線を向けた。


彼の体は、以前のような完全な状態ではない。

しかし、鋼の肉体は確実に戻りつつあり、かつての戦場の王の姿を取り戻しつつあった。


ヘルムデッセンはヴィーラの視線を感じ取ると、静かに頷く。


「ヘル、国の様子を見ながら進行するわ。それでいい?」


「……あぁ。」


彼の返事は、短く、しかし重みがあった。


以前の彼なら、迷いなく突撃していただろう。

けれど、今のヘルムデッセンは違う。


戦うだけの男ではなくなった。

守るべきものを知った、領主としての視点を持っている。


そんな彼だからこそ、ヴィーラは信頼して託すことができた。


「馬鹿みたいに突っ込んじゃダメよ?」


ヴィーラは少し冗談めかして言う。


「わかっている。」


ヘルムデッセンは微かに笑みを浮かべたが、その眼差しは真剣そのものだった。


——戦が始まる。


すべては、ヴィトーの思惑通りなのかもしれない。

けれど、それに踊らされるつもりはない。


ヴィーラとヘルムデッセンは、互いに静かに頷き合いながら、戦場へと向かう準備を進めていくのだった——。


◇◆◇◆◇


薄暗い早朝、城の厩舎前にはすでに多くの兵士たちが集まり、出発の準備を整えていた。

馬のいななきが響く中、装備を確認する兵たちの低い声が飛び交い、緊張感が漂っている。


ヴィーラは、少しだけ城の方を振り返った。

窓辺には、小さなヘルヴィクトの姿が見える。

侍女に抱かれながら、まだ言葉のはっきりしない小さな声で「ママ、ママ」と呟いているようだった。


(……ごめんね、ヴィー。)


彼女はそっと胸の前で拳を握りしめ、覚悟を決めるように前を向いた。


今回、ヴィルトン——彼女の父には城に残ってもらい、ヘルヴィクトと家を守ってもらうことになっている。

老練なヴィルトンがいれば、領地の防衛は万全だ。


「……出発するぞ。」


ヘルムデッセンが馬を走らせると、ヴィーラは彼の前に座り、しっかりと彼の腕に抱かれながら、その逞しい胸に体を預ける。


馬の疾走に合わせて風が頬をかすめる。


「はぁ……どうして、うちが出兵しないといけないのよ。」


ヴィーラはため息交じりに呟いた。

馬の揺れに身を任せながら、不満げに前方を見つめる。


「本来ならミートン伯爵領が対処するべきでしょう?」


ミートン伯爵領——本来ならば、戦の最前線となるのは彼らのはずだった。

それなのに、どうしてこの辺境伯領が兵を出さねばならないのか。


「……いつだって、昔から、俺が出兵して片付けてきた。」


ヘルムデッセンの低い声が、馬の疾走に乗って静かに響く。


彼の言葉に、ヴィーラは沈黙した。


確かに、彼はいつもそうだった。

戦が起これば、必ず彼が前線に立ち、すべてを片付けてきた。

王宮が動くよりも先に、彼が剣を振るうことで多くの領地が救われてきたのだ。


「……まったく。」


ヴィーラは呆れたように呟くと、横を走るディルプールへと視線を向けた。


「ディルプール。」


「うわ~、なんか嫌な予感する。」


彼は即座に馬を近づけながら、眉をしかめた。


「なんでしょう……?」


ヴィーラは、馬上でバランスを取りながら懐から一枚の布を取り出し、ディルプールの手に押し付ける。


「この服を着て、先に国を調べてきて。」


ディルプールが受け取ったのは、ドミニード王国の民族衣装だった。

華やかな刺繍が施され、ひと目でこの国の人間に見えるようなデザイン。


「ひぃぃぃぃ!!!」


ディルプールは、持っていた布を思わず放り出しそうになりながら、ぶんぶんと首を横に振る。


「む、無理ですよ、奥様! 私、潜入とか向いてませんって!」


「なら、私が行くしかないわね。」


ヴィーラは淡々と言いながら、民族衣装を取り戻そうとする。


「……」


すると——ヘルムデッセンの瞳が、ギラリと鋭く光った。


「……」


鬼のような睨みを向ける。


空気が、一気に張り詰める。


「行きます!! 行きますぅぅぅ!!!」


ディルプールは即座に民族衣装を抱え込み、絶叫しながら馬を方向転換させた。


「ちょっと待ってください! せめて準備をさせてください!! えぇ!? これ、私一人で行くんですか!??」


「当然よ。」


「ひぃぃ……奥様のいじわるぅ……!!」


ディルプールは涙目になりながらも、民族衣装を握りしめ、単身、潜入のために進路を変えて駆けていった。


「……はぁ。」


ヴィーラは深いため息をつく。


(まぁ、ディルプールならどうにかなるでしょう。)


一方で——ヘルムデッセンは未だに険しい表情のまま、ヴィーラを見下ろしていた。


「……お前が行くつもりだったのか?」


「えぇ。だって、私の方が上手くやれるでしょう?」


「却下だ。」


ヘルムデッセンは短く言い放ち、ヴィーラをさらに強く抱き寄せるように腕を回した。


「……んっ……!」


突然の強い抱擁に、ヴィーラは驚き、軽く身じろぎする。


「お前は、戦場で俺と共にいろ。それ以外の役目は、俺が全部やる。」


「……ヘル……。」


彼の低く囁くような声に、ヴィーラの胸がじんわりと温かくなる。


(彼は本当に変わったわね。)


昔なら、無理にでも彼女を置いて戦へ向かっていたはず。

けれど、今は違う。


——どんな時でも、共にいることを選んでくれる。


「わかったわ。」


ヴィーラは静かに笑い、彼の背にそっと手を回した。


戦場へ向かう道は険しい。

それでも、彼と一緒なら——きっと、乗り越えられる。


そう信じながら、ヴィーラたちは馬を走らせ、目的地へと進んでいくのだった——。


いつもありがとうございます!これまで「1日1話更新」を目標にしていましたが、やはり他作品との同時進行は思った以上に難しく、話のクオリティをこれ以上下げないためにも、更新を 不定期 に変更することにしました。たびたび申し訳ございません。


私は、全てのコンクールに挑戦したいという気持ちがあり、新しい作品を書く手が止められないタイプです。だからこそ、どうしても執筆を並行して進めることになりますが、その分、どの作品も全力で仕上げるつもりです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです!


今後ともよろしくお願いします!

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