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辺境伯の妻になりました。2年間の放置の末、突然の熱愛が降ってきた。  作者: 無月公主


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29/53

時は過ぎ、一ヶ月が経った。


ヴィーラティーナは王都の屋敷で執務に追われていた。

山積みの書類に目を通し、貴族たちから送られてくる報告を整理する。

結婚式の準備も着々と進み、招待状の返答が次々と届く中——


「奥様、ヘルムデッセン様が王都入りされたとの報告が入りました。」


ディルプールが執務室の扉を叩き、静かに告げた。


(ヘルが……帰ってきた。)


ヴィーラは筆を止め、手元の書類に目を落とす。

一瞬だけ胸がざわつくが、表情は変えない。


(ということは、あと数分かしら?)


彼女は何事もなかったかのように、再びペンを取った。

報告をまとめながら、気づけば机の上の書類は半分ほど片付いていた。


(そろそろかしら。)


淡々と処理を終え、椅子から立ち上がる。

冷静さを保とうとしていたが、指先に少し力が入っていることに気づいた。

それが、ほんの少しだけ自分の感情を表しているようで、内心苦笑する。


扉へと歩き、ゆっくりと手をかける。


「ヘル……」


扉を開けた瞬間、そこに立っていたのは——


髪を濡らし、髭を剃り落としたヘルムデッセンだった。

どうやら湯浴みをしたばかりなのだろう。

水滴が首筋を伝い、清潔感のある香りが微かに漂う。


けれど——


「…………。」


彼の赤い瞳は、虚ろだった。


まるで生気を失い、戦場に打ち捨てられた死人のような目。

彼がどれほどの地獄を見てきたのか、その瞳がすべてを物語っていた。


「ヘル……帰ってたの?」


ヴィーラが声をかけると、ヘルムデッセンは一歩踏み出し——

そのまま、力なく彼女の肩に倒れ込んだ。


「ヘル?」


ヴィーラは驚き、思わず彼を支える。

普段なら決して見せない、弱り切った姿。


「……すまなかった。」


低く、掠れた声が耳元で囁かれる。


「もう……逆らいません。」


「…………はい?」


ヴィーラは思わずまばたく。

ヘルムデッセンが、そんな言葉を口にするなんて——。


「俺の身も心も……ヴィーラのものだ。」


彼は虚ろな瞳のまま、静かに告げた。

まるで全てを諦めたような声。

その響きに、ヴィーラの背筋がぞくりとした。


「……そもそも、ヴィーラの心が欲しいと思った俺がおこがましかった……。」


「ちょ、ちょっと待って!? 何をそんなに……!」


ヴィーラは慌てて彼を支え直し、顔を覗き込む。


(ヘル、どうしたの……? そんな目をしないで。)


「ヘル、私が悪かったのよ……。ちゃんと説明しなかったから……。」


「……もういい。」


ヘルムデッセンはゆっくりと目を閉じ、深く息を吐いた。


「俺が悪かった……俺の愚かさのせいで……。」


――――――――

彼の脳裏に焼きつくのは、この一ヶ月間の記憶。

―――――


ただの戦争のはずだったのに——


ヘルムデッセンは、ただの傭兵としてこの戦に参加したはずだった。

あくまで、一兵士として剣を振るい、敵を討つ。それだけのつもりだった。


だが——。


「生け捕りにしろ。」


ヴィルトンのその一言から、戦いはまるで異質なものへと変貌していった。


戦場で剣を交えるのではなく、敵を殺さずに制圧する。

降伏した者たちは魔法契約によって支配され、逃げることも、抵抗することも許されなかった。


彼は次々と敵兵を捕虜にし、街を落としていった。

戦意を喪失した兵士たちに剣を突きつけ、ただひとつの選択を迫る。


「契約書に指印を押せ。」


命が惜しければ、受け入れるしかない——そうして、次々とガーナン帝国の住民が"デュークデイモン領民"となっていく。

この戦いにおいて、死者は驚くほど少なかった。

皮肉なことに、それは"奇跡の戦"とすら呼べるほどだった。


だが——。


(……これは、本当に戦争なのか?)


ヘルムデッセンは、次第に感じるようになっていた。


何かが違う。

今までの戦場とは、何かが決定的に違う。


民衆の泣き叫ぶ声。

崩れ落ちる家々。

王都に逃げる貴族たち。

何も知らぬ子供たちが、怯える姿。


これまでも、何度となく見てきたはずの光景だった。

だが、今の彼には、それが胸に重くのしかかっていた。


今までなら、気に留めることはなかった。

戦争とはそういうものだと割り切っていた。


だが——今の彼は、違った。


ヴィーラがいる。

彼女が築いたものを知ってしまった。


今まで、自分がどれほどのものを奪い、踏みにじってきたのか——それを考えることはなかった。

だが、今の彼は違う。


人々が生きるために積み上げたもの。

苦しみながらも守ろうとしていたもの。

戦争の中で無残に壊されるそれらを見て、心がざわついた。


(俺は……これまでの戦いで、何を見ていた?)


さらに、追い打ちをかけるように、ヴィルトン——お義父上のやり方が、彼の心を抉った。


「ふむ、ガーナン帝国の王族が逃げたか。では、城に行こうか。」


ヴィルトンの軽やかな声が、耳に刺さる。


「——ついてこい、婿殿。皇帝を"処理"するぞ。」


そこに、怒りも、憎しみもない。

ただ、冷酷なまでに効率的で、合理的な"侵略"。


それは、ヴィルトンという男の"戦争"だった。


そして——その戦争を生み出した原因は、間違いなくヘルムデッセン自身にあった。


(俺の、些細な誤解から……ここまでのことになったのか。)


俺が、ただの嫉妬と誤解で王都を飛び出し——

その結果、ヴィルトンを戦場に呼び込み——

そして、ガーナン帝国そのものが滅びることになった。


(俺の……俺のせいで……。)


すべてが繋がる。

自分が何をしたのか、何を引き起こしたのか。


(ヴィーラを怒らせた代償が、これなのか……。俺は、ただヴィーラの心が欲しかっただけだったのに……。)


己の未熟さが生んだ、あまりにも大きな結果。


ヘルムデッセンは、ただ無言で剣を握りしめた。

握ったところで、何も変えられないと分かっていながら——。


――――—————

――———―


「地獄を見せられたんだよ……。」


ヘルムデッセンは、ヴィーラの肩に寄りかかったまま、呻くように言葉を絞り出した。

彼の身体はひどく重く、まるで魂そのものが削り取られたかのようだった。


「俺は…、俺は、ただ……君に愛されたかっただけだったのに……。」


ヴィーラの黄金色の瞳が揺れる。


(ヘル……。)


目の前の男は、誰よりも強く、戦場で無敵を誇った英雄ではなかった。

今の彼は、心が擦り切れ、全てを失ったかのような男だった。


「……っ。」


ヴィーラは息をのむ。

彼の苦しみが、肌に伝わるほどに痛々しかった。

この男は、誤解から戦場へ飛び出し、そこで己の無力さと向き合わされ、戦いの果てに絶望を知ったのだ。


その結果、彼は"戦場の英雄"ではなくなっていた。

ただ、愛を乞う、一人の男になっていた。


だからこそ——。


ヴィーラは、彼の腕を強く握った。


「しっかりなさい!!ヘルムデッセン!」


思わず、声を張り上げる。


ヘルムデッセンは、驚いたようにヴィーラを見た。


彼の赤い瞳に映るのは、迷いのないヴィーラの顔。

彼女はまっすぐに彼を見つめ、はっきりと言い放った。


「あなたは私を選んだの。あなたの苦しみはいずれ解放される。だから今は耐えるの。」


「……。」


「私と、あなたのために。」


ヴィーラの言葉は、鋼のように強く、そして温かかった。


ヘルムデッセンは、それを聞いてようやく気づいた。

ヴィーラは——決して彼を拒んだことなどなかったのだと。


彼の胸の奥に、熱いものがこみ上げる。


そして、それが涙になりそうなのを、彼は必死にこらえた——。


――――———————

―――――――

その夜——。


王都の夜は静かだった。

戦の喧騒もなく、冷たい風が窓を揺らし、月明かりが静かに屋敷の廊下を照らしている。


ヴィーラは、執務を終えた後、自室ではなく客間へ向かっていた。

その扉の向こうに、今夜戻ってきたばかりの人物がいる。


——ヴィルトン・ベルホック。


扉を開けると、そこには戦を終えたばかりの父が、ゆったりとソファに腰掛け、ワイングラスを傾けていた。

彼の隣には、何も知らぬようにスヤスヤと眠るデリー王子。

その様子を見て、ヴィーラは軽く息を吐いた。


「お父様、やり過ぎです。」


ヴィルトンは、ワイングラスを持ったまま、くるりとグラスの中の赤い液体を揺らした。

そして、ゆっくりと娘を見上げる。


「そんなことないって、お前も分かっているだろう。」


ヴィーラは、その軽い調子に思わず眉をひそめる。


「……それは……。」


言葉に詰まる。

本当なら、ここで「いいえ」とはっきり言いたかった。

けれど——それができない自分がいることもまた、彼女は理解していた。


ヴィーラは、父と視線を合わせることなく、そっと窓の方へ目をやる。

夜の闇の向こうにある、かつて"敵国"だったガーナン帝国。

今はすでに、デュークデイモン領の一部となった土地。


(知恵を持ち始めたヘルムデッセンには——一度、強い地獄を見せておく必要があった。)


彼はこれまで、"戦い"しか知らなかった。

だが、戦の勝敗がただの"生死"で終わるものではないと知る時が来ると、ヴィーラは思っていた。


領主として、夫として、未来を築く者として——。


ヘルムデッセンは、ただ"剣で勝てばいい"のではなく、

その勝利の先に何があるのかを知るべきだったのだ。


そして、それを教えられるのは、この国でただ一人。

——ヴィルトン・ベルホックしかいなかった。


「お前は、ヘルムデッセンを"育てる"つもりなんだろう?」


父の声に、ヴィーラは小さく肩を震わせた。


「……違います。」


「違わんさ。」


ヴィルトンは笑う。

だが、その笑みの奥には、確かな戦略家の目があった。


「だから、お前は私を責めることはできない。」


ヴィーラは、静かに目を閉じた。


——そう、責めることはできない。


彼女は、この戦が、ヘルムデッセンを"未来の領主"へと変えるための試練だったことを、最初から理解していたのだから。

どうも、あとがきを書く気はなかったのですが…。アーキエイジという今は終わってしまったゲームで戦争や、村社会の縮図等様々なことを経験したせいで、おかげで?ガチの政治や戦争っぽいのに力が入ってしまい。大変困っております。あれ?これ…恋愛………ん? 大丈夫か?………エイジオブエンパイア2とかも好きで…\(^o^)/オワタ

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