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辺境伯の妻になりました。2年間の放置の末、突然の熱愛が降ってきた。  作者: 無月公主


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27/53

焼け焦げた大地。血の臭いが染みついた空気。

崩れかけた塹壕の中、負傷兵たちがうめき声を上げながら身を寄せ合っている。


夜も昼も関係のない戦場。

鉄と肉が砕ける音が、絶えず響いていた。


ヘルムデッセンは剣を振るい続けていた。

何日、まともに寝ていないだろうか。

何人、敵を斬ったのか、もう覚えていない。


「次、来るぞ!!」


後方から兵士の叫び声が飛ぶ。

ヘルムデッセンは荒い息を吐きながら、手にした剣を構え直した。


「うおおおお!!」


敵兵が槍を振りかざしながら突進してくる。


——遅い。


ヘルムデッセンの赤い瞳が鋭く光る。

次の瞬間、彼の剣が弧を描き、敵兵の胸元を一閃した。


「ぐっ……!」


血が飛び散り、敵兵が崩れ落ちる。


(……まだ、終わらない。)


彼は歯を食いしばり、荒れ果てた大地を踏みしめた。

それでも足が止まらないのは、もはや戦闘が習慣になっているからか。

それとも——


(……ヴィーラ……。)


思考が、ふと彼女の顔を思い浮かべる。

金色の髪、聡明な瞳。冷静で、計算高く、それでいて優しさを捨てきれない女性。


(俺との子は……作りたくなかったのか……?)


胸の奥が、ズキリと痛む。


(どうすれば……君の心を手に入れることができるんだ……。)


彼女が嫌がることはしたくない。

だが、それなら俺はどうすればいい?


答えの出ない不安が、胸の奥で渦を巻く。


「……チッ。」


ヘルムデッセンは雑念を振り払うように、剣を強く握りしめた。


今は戦場に集中するしかない。


自分の居場所を確かめるように、無心で剣を振るう。

何度も、何度も。

泥まみれの体に、返り血が飛び散る。


「……クソ、暑い……。」


顔の汗と血をぬぐいながら、ヘルムデッセンは水桶のそばへ向かった。

水をすくい、勢いよく頭から浴びる。


冷たい水が髪や頬を伝い、乾いた喉を潤す。


鏡もないが、手で顎を撫でるとザラザラとした髭の感触があった。

もう何日も剃っていない。

髪もぼさぼさで、まるで野獣のようだろう。


(……こんな姿を、ヴィーラに見られたら笑われるな。)


苦笑しながら、再び剣を手に取ろうとした、その時——。


「おーーーーい!!! おーーーーい!!! ヘルムデッセン殿ォォォォ!!!!!」


——ドカン! ドカン! ドカン!


次の瞬間、轟音とともに敵陣が吹き飛ぶ。

煙と砂埃が舞い上がる中、銃を豪快に撃ちまくりながら、誰かがこちらへ向かってくる。


「……ぎょっ!?」


さすがのヘルムデッセンも、思わず目を見開いた。


戦場の常識を完全に無視したその乱暴な進軍スタイル。

敵味方関係なく響き渡る、 あまりにも陽気な笑い声。


「お、お義父上……!?」


煙の向こうから、豪快に笑いながら現れたのは—— ヴィルトン・ベルホック だった。


「ぶっははははは!!! ずいぶんみすぼらしくなりましたなぁ、ヘルムデッセン殿ォ!!!」


「な、なんでここに!?」


目を疑うような光景に、ヘルムデッセンは困惑する。


なんと、 ヴィルトンが軍を率いてやってきたのだ。

しかも、その後ろには彼の精鋭部隊まで連れてきている。


「いやぁ、娘に頼まれましてなぁ! ついでにガーナン帝国を滅ぼしてやることにしたんですよー!!」


「ついでって……!!?」


戦争の天秤を決定的に傾かせる行為を、軽々しく言ってのける義父に、ヘルムデッセンは言葉を失う。


「さっさと終わらせますぞ! ヘルムデッセン殿の憂いも、可愛い誤解だ! はっはっは!!」


高らかに笑うヴィルトン。


その姿は、どんな戦場の英雄よりも 堂々としていた。


ヘルムデッセンは、何かを言いかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。


(……俺は、本当にとんでもない家の婿になってしまったのかもしれん。)


「さあ、開戦ですぞ! まずは煙幕を使うぞ!!」


——次の瞬間、戦場が白煙に包まれた。


「煙幕展開!」


ベルホック家の兵士たちが、一斉に 黒い筒状の煙幕弾 を地面に投げ込む。


ボンッ! ボンッ! ボンッ!!


爆発音とともに、広範囲に 濃密な白煙 が広がった。


「な、なんだ!? 何が起きてる!!?」


ガーナン帝国の兵士たちは 混乱しながら 武器を構える。

だが、彼らの視界は完全に奪われた。


「前が見えねえ! どっちが敵だ!?」


「冷静になれ! 味方を斬るな!」


混乱が戦場に広がる。


その間に—— ヘルムデッセンの部隊とベルホック家の精鋭たちは、音を立てずに動いた。


(……なるほどな。)


ヘルムデッセンは ヴィルトンの狙いを即座に理解する。


(この煙幕は、ただの陽動じゃない。敵を 生け捕りにするための戦術 だ。ヴィーラが生け捕りにしてこいとでも言ったのか?)


ガーナン帝国の兵士たちは混乱している。

だが、ヘルムデッセンたちは 動きを把握できる。


なぜなら——。


「木材、配置完了!!」


——煙幕の奥で、木材が配置されていたからだ。


「お義父上、これ……!」


「はっはっは、ヘルムデッセン殿。 戦場は戦うだけじゃないのだよ!」


ヴィルトンは 愉快そうに笑いながら 手を叩いた。


「この煙幕の中で 木材をバリケードのように並べておけば、敵は 逃げ道を失う!」


ヘルムデッセンの瞳が光る。


(つまり、これは…… 生け捕りのための檻 というわけか!)


煙幕が視界を遮る中、ガーナン帝国の兵士たちは 無意識のうちに用意された道へと誘導される。

その道の先には、巧妙に組み立てられた 木材の障壁 が待ち受けていた。


「囲いの準備、完了!」


「……さて。」


ヴィルトンは 銃をくるりと回し、腰に収めると、満足そうに戦場を見渡した。


戦闘はすでに終結している。

しかし、まだ終わりではない。


「降伏した兵たちを 動けなくする時間だ。」


その言葉を合図に、 ベルホック軍の兵士たちが一斉に動き出す。

彼らは 銀色の短剣 を手にし、戦場に転がる敵兵たちへと静かに歩み寄っていく。


——スッ、スッ、スッ。


冷え冷えとした動きで、ベルホック兵たちは 倒れたガーナン兵の首筋へと短剣を軽く当てた。


「……っ!!」


「な、なんだ!?」


一瞬の沈黙の後—— 悲鳴にも似た叫びが、戦場のあちこちから上がる。


「う、腕が……足が……動かん……!!!」


「な、なにをした……!?」


「……くっ、力が入らない……!!」


麻痺毒の刃が触れた者は、 次々に体の自由を奪われ、地に伏したままもがき苦しむ。


兵士たちは 顔を引きつらせながら、自分の体が言うことを聞かなくなっていくのを、ただ感じることしかできなかった。


ヘルムデッセンは、その光景を 険しい表情で見つめた。


(これは……ただの武器ではないな?)


その戦略性に驚愕しつつも、 敵を一切殺さずに制圧していく光景 は、彼にとって未知の戦術だった。


——ヴィルトンが、戦争というものを根本から違う形で理解しているのがわかる。


「ベルホック家特製 "麻痺毒" だ。」


ヴィルトンは 満足げに頷きながら、剣をくるくると回す。


「安心しろ、命を奪うようなものじゃない。」


「麻痺毒……?」


「簡単な話だ。 戦わずして敵を制圧するのが、一番効率がいいのだよ!」


ヘルムデッセンは 一瞬、言葉を失った。


(一体何手先のことを見て動いているんだ?)


ベルホック軍は 容赦なく次々と麻痺毒を施し、戦場に倒れたガーナン兵を完全に無力化していく。


「こ、これは……なんの魔術だ!?」


「魔術じゃない。ただの毒だよ。」


「貴様ら……!!」


「さぁて、次の作業だ。」


ヴィルトンは 懐から厚い紙束を取り出した。


それは ヴィーラが作成しておいた魔法契約書 だった。


「おい、兵士ども。」


ヴィルトンは 目の前のガーナン兵を見下ろし、楽しげに口元を歪めた。


「お前たちは このまま死にたいか、それとも生きて俺たちの領地で生きるか。どちらを選ぶ?」


「……っ!!」


「……俺たちを、奴隷にするつもりか……!」


「奴隷? そんなものは時代遅れだ。」


ヴィルトンは 薄く笑いながら魔法契約書を広げた。


「これは単なる "契約" だ。」


「契約……?」


「そう。この紙に "指印" を押せば、お前たちは正式に "デュークデイモン領の住人" となる。」


「……っ!!」


「お前たちの命は保障され、強制労働をさせるわけでもない。」


「……ならば、なぜそんな契約を?」


「簡単なことだ。」


ヴィルトンは 目を細め、指をパチンと鳴らした。


「"契約" というのは面白いものでな。 押したが最後、己の意志では逆らえなくなる。」


「なっ……!」


「お前たちは"戦争捕虜"ではなく、法的に正式な"臣民"として扱われることになるのさ。」


「……それは、つまり……?」


「逆らった瞬間、"契約違反" になるということだ。」


ガーナン兵たちは 恐怖に顔を引きつらせた。


「さぁ、どちらを選ぶ?」


ヴィルトンは 悪戯めいた笑みを浮かべながら、ナイフをガーナン兵の指に当てた。


「おっと、指を失いたくはないだろう?」


「くっ……!」


プシュッ。


指先に 小さな傷をつける。


そして、震える兵士の手を取り、契約書の 指印欄 に押しつけた。


——契約、成立。


次の瞬間、契約書の文字が青く発光し、魔法陣が兵士の身体に刻まれる。


「な、なんだこれは……!!?」


「これでお前は、正式に "デュークデイモン領民" となった。」


「っ……!!」


「ふむ、いい感じだな。」


ヴィルトンは 満足げに契約書をパタリと閉じた。


「さぁ、次の者!!」


「くっ……! 俺は……!!」


「おっと、選択肢は変わらんぞ?」


ヴィルトンは ニヤリと笑う。


戦場のあちこちで、次々と契約が結ばれていく。

麻痺毒により 動きを封じられた兵士たちが、一人また一人と契約書に指印を押させられていく。


それは 支配の契約 であり、まさに 戦争における"合法的な"支配 だった。


ヘルムデッセンは 恐ろしさを感じながらも、その手際の良さに圧倒されていた。


(……こんな戦争、聞いたことがない。)


ベルホック家の戦いは ただ敵を倒すものではなく、"領地を広げる"ための戦略としての戦争なのだ。


——すでに"支配"は始まっていた。


そして——。


「民草も全部生け捕りだ。」


ヴィルトンが 静かに笑う。


それは 敵国の存亡すら意に介さない、確かな支配者の笑みだった——。

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