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辺境伯の妻になりました。2年間の放置の末、突然の熱愛が降ってきた。  作者: 無月公主


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王の命により、祖父は宰相の座を解かれた。


だが、それだけでは終わらなかった。

王は、祖父の影響力を完全に排除しようと、侯爵位を剥奪し、一族を子爵家へと降格させたのだ。


それは、まるで

「二度と王の近くには寄るな」

という王からの絶対的な命令のようだった。


当然、貴族社会にも大きな波紋を呼んだ。


「ベルホック侯爵家が、まさか子爵にまで落とされるとはな。」

「あれほどの知略を誇った家でも、王に嫌われたら終わりか。」

「ふん、蛇がついに牙を抜かれたというわけだ。」


陰での嘲笑と侮蔑。

かつての名声を知る者たちは、口々に「蛇の成れの果て」と揶揄した。


——だが、ベルホック家は滅びなかった。


ヴィーラの父は、この一連の出来事を冷静に受け止めた。


「私たちは、ただ生き延びるだけではない。再び這い上がる。」


彼はそう言い、貴族社会の変動を見極めながら

「名声を失わぬこと」 を家訓とした。


権力を持たずとも、知恵はある。

ならば、表舞台から消えたとしても——

「静かに、しかし確実に王宮へと影響を与える道」を模索すればいい。


祖父が去った後、王は新たな宰相を任命した。

しかし、結局のところ国政を動かすには、ベルホック家のような才覚が必要だった。


結果として、彼らは表の権力を奪われながらも——

宮廷の奥深くで再び影響を及ぼす存在となった。


表の権力を失っても、裏で王国を支配する知恵は健在だったのだ。


こうして、ベルホック子爵家は「王宮の影」として生きる道を選んだ。


しかし、その生き方を好まない者もいた。


——ヴィーラが、そうだった。


(私は、「影」になんてなりたくない。)


女性であるがゆえに、表立って政務を担うことは許されない。

それが王都の貴族社会の暗黙のルールだった。


けれど、ヴィーラは幼い頃から感じていた。


この国を動かせるのは、知恵を持つ者だと。


「お前が男だったら、どれほどの才能を発揮できたか……。」


——何度、そう言われたことか。


(ベルホック家の誇りを、私は女だからといって諦めたくない。)


王に疎まれ、降格させられた一族。

それでも知恵と実力で生き残り続けたベルホック家。


だからこそ、ヴィーラは戦った。

ただの「影」ではなく、実際に国のために役立つ存在として。


けれど——。


ヴィーラはただ政界に足を踏み入れたいわけではなかった。

領民を守りたい。

その思いの方が強かった。


(私にとって、仕事は楽しいもの。だけど……)


結婚してから、知ったことがあまりにも多かった。


もし、16歳のあの時に知っていたら——

ヘルムデッセンに指名された時、きっと飛び跳ねて喜んでいたはずだ。


国境の地で、実際に政治を動かすことができるのなら、こんなにもやりがいのある環境はない。

けれど、16歳の頃の自分は、それを理解するにはあまりにも未熟だった。


そして、今——。


ヘルムデッセンが戻ってきてから、ヴィーラは自分の中のもう一つの変化に気づいていた。


それは——

「ただ穏やかに、ヘルと過ごしたい」という気持ちが大きくなってきていること。


彼が隣にいることで、心のどこかが温かくなる。

王都での忙しない日々の中でも、彼の存在があるだけで、ふっと肩の力が抜ける。


(でも、だからこそ——やらなければならないことが増えてしまうのよね。)


彼とただ穏やかに過ごすために。

彼と共に生きる未来を、確実にするために。


ヴィーラは、新たな決意を胸に抱いた。


(私は、ベルホックの血を継ぐ者として、ヘルの妻として、やるべきことを果たす。)


王都の夕日が、彼女の黄金色の瞳に映る。


静かに、しかし確実に。

彼女は、次の一手を考えていた——。


――――――――――

――――――――

まだ外は薄暗く、静寂に包まれているはずの時間だった。

しかし——。


「にゃああああおおおん!!!」

「ぎゃるるるる!!!」


突然、鋭い鳴き声が屋敷の外から響き渡る。

まるで喧嘩でもしているかのような、騒々しい猫の声。


ヘルムデッセンは、うっすらと目を開けた。


(……煩いな。)


不機嫌そうに眉を寄せる。

王都の屋敷に泊まっているとはいえ、辺境とは違い、夜は静かで心地よかった。

しかし今は、それをぶち壊すような鳴き声が続いている。


(なんだ……?)


寝返りを打ちつつ、隣を見る。


ヴィーラはまだ深い眠りについているようだ。

ゆっくりと規則正しい呼吸を繰り返し、金の髪が枕の上に広がっている。


(起きちまうだろ……。)


これだけの騒音では、彼女も目を覚ましてしまうかもしれない。

そう思った瞬間——


「にゃあああおおおん!!!!!」


先ほどよりもさらに大きな声が響き、ヘルムデッセンの眉がピクリと動いた。


(……うるさい。)


諦めたように息を吐き、そっと布団から抜け出す。

ヴィーラが起きないよう、慎重にベッドを降りた。


静かに立ち上がり、部屋を出る。

階下へと向かいながら、まだどこか眠気の残る頭を軽く振る。


(まったく……何の騒ぎだ。)


階段を降り、屋敷の玄関を開けると、ひんやりとした朝の空気が肌を刺した。

涼しい風が頬をかすめ、遠くの空にはまだ朝焼けが滲んでいる。


扉を閉めながら、外へと足を踏み出した。


「なんだ……騒々しい。」


屋敷の裏庭には、既にディルプールが立っていた。


彼もまた騒音の原因を確認しようと外に出たらしく、困ったように頭を掻いていた。


ヘルムデッセンが近づくと、彼は顔を上げ、少し苦笑しながら言う。


「あ、ヘルムデッセン様。それが……猫があの調子で……。」


「猫?」


ヘルムデッセンが視線を向けると——


庭の隅で、数匹の猫がうねるように絡み合い、騒がしく動き回っているのが見えた。

どうやら、一匹の雌猫をめぐって雄猫たちが争っているらしい。


「……何をしているんだ?」


思わず問いかけると、ディルプールは肩をすくめながら、あっさりと言った。


「交尾ですよ、交尾。動物も子作りしますから。」


「……子作り……。」


ヘルムデッセンは、その言葉を反芻するように呟いた。

猫たちはなおも騒がしく鳴き声を上げ、荒々しく動いている。


彼は、それをしばし無言で見つめた。


―――――――――――

――――――――


「……ん……。」


ヴィーラは、ふと目を覚ました。


柔らかい寝具に包まれながら、ぼんやりとした意識の中でまぶたをゆっくりと開く。

窓からはすでに強い陽光が差し込み、部屋の中を暖かく照らしていた。


(……よく寝たわね。)


心地よい眠りの余韻を感じながら、ゆっくりと寝台の上で身を起こす。

そして、目の端に置かれた時計に目を向けた——。


「……今、何時かしら?」


時計の針を確認すると、時刻は昼過ぎを指していた。


「……え?」


一瞬、彼女の思考が止まる。


(昼……過ぎ……!?)


「寝すぎたわね……。」


思わず自分の額を軽く押さえながら、小さく息を吐く。

普段なら早朝には目を覚ましているのに、どうやら昨夜の疲れが残っていたらしい。


(……ヘルはもう起きているでしょうね。)


ベッドの隣を見やると、そこにはすでに彼の姿はなかった。

シーツが少し乱れているだけで、彼がすでに行動を開始していることは明らかだった。


(彼は朝が早いものね。きっと屋敷のどこかにいるわ。)


ヴィーラはそう思いながら、ゆっくりと寝台を降り、まだ少しぼんやりとした意識のまま、身支度を整えた。


(さて、ヘルはどこかしら……?)


彼は朝が早い。

いつもならすでに勉強室か訓練場にいるはずだった。


ヴィーラは寝室を出て、屋敷の中を歩き回る。

しかし、彼の姿はどこにもない。


勉強室——不在。

訓練場——誰もいない。

庭——使用人たちが掃除をしているだけ。


(……珍しいわね。どこにもいないなんて。)


朝から何か特別な予定があったかしら?

けれど、何も思い当たらない。


少しばかり不思議に思いながら、ヴィーラは食堂へ向かった。


食堂に入ると、テーブルにはすでに昼食が用意されていた。

ヘルムデッセンの席には手つかずの皿が並んでおり、まるで彼が食事をしていないことを物語っていた。


(食事も取っていない……?)


不審に思いながら席につくと、ふとディルプールの姿が目に入った。


彼は食堂の入り口近くで執事と何かを話していた。

真剣な表情をしており、普段よりもやや落ち着かない様子だ。


ヴィーラはスープをひと口飲みながら、彼に声をかけた。


「ディル、ヘルを見かけなかった?」


すると——


ディルプールは、一瞬だけ躊躇いがちに目を伏せた。

そして、少しぎこちなく視線を上げると、言葉を濁した。


「あ、いや……それが……。」


彼の表情が曇る。

その様子に、ヴィーラの胸に小さな不安が芽生えた。


(……何かあったの?)


ディルプールは、続きを言うべきかどうか迷っているように見える。

まるで何か"知られたくないこと"を隠しているかのように——。

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