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辺境伯の妻になりました。2年間の放置の末、突然の熱愛が降ってきた。  作者: 無月公主


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20/53

王都の中心部にそびえ立つウィンターン公爵家の屋敷が視界に入る。


夜の闇を切り裂くように輝く壮麗な邸宅。

その白亜の壁は、煌めくシャンデリアの光を浴びて一層美しく映え、まるで天空に浮かぶ宮殿のようだった。


広大な庭園には、丁寧に整えられた花々が月の光を浴びて静かに佇み、中央の噴水からは水が軽やかに舞い上がる。

その周囲には、続々と集まる貴族たちの馬車が列を成し、屋敷へと入る姿が見えた。


ヴィーラは、馬車の窓からその光景を見つめながら、静かに息を整える。


「着いたわね。」


優雅な口調で呟きながら、彼女は隣に座るヘルムデッセンへと視線を向けた。


「準備はいい?」


彼は堂々とした口調で頷く。


「あぁ。当然だ。」


言葉とともに、彼は手袋を軽く整え、馬車の扉が開くのを待つ。


外には、既にウィンターン公爵家の従者が待機していた。

彼らは深々と一礼し、馬車の扉を優雅に開く。


その瞬間——。


煌びやかな光が馬車の中へと差し込み、ヴィーラとヘルムデッセンの姿を鮮やかに照らし出した。


彼女はゆっくりと手を伸ばし、ヘルムデッセンの差し出した手を取る。


「……。」


ヘルムデッセンは、何も言わずに彼女の手を優しく包み込みながら、ゆっくりと馬車を降りた。

続いて、ヴィーラが優雅に馬車を降りる。


——その美しい一連の動作に、周囲の視線が一斉に集中した。


「……嘘でしょう。」


「信じられないわ……。」


「ヘルムデッセン辺境伯……まさか、こんな姿になるなんて……。」


公爵家の前庭にいた貴族たちは、一斉に囁き合った。


驚きの視線は、ヘルムデッセンへと集中している。


無理もない。

彼はかつて、「戦場の獣」と呼ばれ、荒々しい姿のまま戦場を駆ける男だった。


だが、今——。


黒と金の格式高い礼服を纏い、整えられた漆黒の髪を持ち、赤い瞳に威厳と余裕を湛えて立っている。

粗暴な戦士ではなく、洗練された貴族の男の姿。


そこにいるのは、もはや「戦場の獣」ではなく——

「ヴィーラティーナ・デュークデイモンの伴侶」としての姿だった。


「……別の男を連れてきたんじゃないの?」


「まさか、ヘルムデッセン辺境伯だなんて……。」


「本当に彼なの……?」


驚きの声が次々と響く。


さらに、ヴィーラの美しさもまた、視線を集めていた。


黒と金の刺繍が施された漆黒のドレスが、彼女の気品を際立たせる。

美しくまとめられた金髪が、柔らかく光を受け、知性と威厳を漂わせる黄金の瞳が、冷静に会場を見渡していた。


彼女は、まさにこの夜の“華”だった。


「これが……ヴィーラティーナ・デュークデイモン……。」


「こんなにも美しかったの……?」


貴族たちは彼女の優雅な立ち姿に、息を呑む。


そして——

その隣に立つヘルムデッセンとの姿が、強烈な印象を与える。


(……見過ぎよ…。穴が開いちゃう。)


ヴィーラは、周囲の視線を浴びながらも、毅然とした態度でヘルムデッセンの腕を取り、ゆっくりと歩き出した。


壮麗な大広間へと進むと、そこには今夜の主催者——ウィンターン公爵夫妻の姿があった。


ビズリエル・ウィンターン公爵は、王都でも屈指の影響力を持つ貴族の一人。

鋭い目をした初老の紳士で、長年にわたり政界に君臨する実力者だ。


その隣に立つのは、彼の妻であるケイティ・ウィンターン。

洗練された美しさを持つ優雅な夫人であり、王都の社交界では有名な存在だった。


ヴィーラとヘルムデッセンが近づくと、公爵夫妻は静かに視線を向けた。


「今宵はお招きいただき、ありがとうございます。」


ヴィーラが優雅に礼をすると、公爵は興味深そうに彼女を見つめた。


「ようこそ、デュークデイモン夫妻。」


低く響く声が、会場に緊張を生む。


「辺境伯領での戦の勝利、そして領地の繁栄——王都でも噂になっていますよ。」


「恐れ入ります。」


ヴィーラが静かに微笑む。


公爵の鋭い視線が、次にヘルムデッセンへと向けられる。


「そして——。噂とは随分違うお姿ですね。」


「……。」


ヘルムデッセンは公爵の視線を正面から受け止めた。

その眼差しは、まるで彼の本質を見抜こうとするかのように鋭い。


(試されているな。)


社交の場に慣れた貴族たちは、こうした言葉遊びで相手の力量を測る。

ただの武人として軽んじられるのか、それとも貴族社会の一員として認められるのか——

それが、今この瞬間に決まるのだ。


だが、ヘルムデッセンは微動だにしなかった。


彼はまるで、戦場で敵将と対峙した時のように落ち着いていた。

そして、静かに口を開く。


「公爵閣下が驚かれるのも無理はない。」


ゆったりとした低い声が、大広間に響いた。

その一言だけで、周囲の貴族たちは息をのんだ。


「私は戦場での務めを果たしてまいりましたが、本来ならば、貴族たる者、戦場だけでなく社交の場においても相応の振る舞いを身につけるべきでしょう。」


彼は落ち着いた口調で続けた。


「幸いなことに、妻がその点について、実に的確な助言をしてくれました。」


そう言って、ヴィーラへと軽く視線を送る。

その仕草は、まるで“彼女のおかげでここにいる”とでも言うように自然だった。


「なるほど。」


公爵は腕を組みながら、ゆっくりと頷く。


「では、ヴィーラティーナ夫人があなたを導いた、ということですか?」


「導いた、というよりも、気づかせてくれたと言うべきでしょう。」


ヘルムデッセンは軽く微笑みながら言った。


「領地の発展、家臣の統率、外交の駆け引き……これらすべてが、剣を振るうことと同じく、統治者に求められる要素であると。」


その言葉に、公爵の目がわずかに細まる。


「ほう……。」


ヘルムデッセンは続けた。


「確かに私は、戦場に生きてきた身。粗野な言葉遣いや振る舞いが身についていたのは事実です。ですが、それを変えることができるのが、知識であり、経験であり、そして——学びです。」


ヘルムデッセンは、堂々とした態度のまま、ゆっくりと周囲の貴族たちを見渡した。


「私は、己を鍛え直す機会を得ました。なぜならば、王都においては、礼節と振る舞いこそが剣の代わりとなるのだと理解したからです。」


まるで彼の赤い瞳が、会場の誰に対しても“試してみろ”と語りかけるようだった。


その堂々たる態度と、洗練された話しぶり——

かつての無骨な戦士の姿は、そこにはなかった。


静寂が訪れる。


そして——。


「見事だ。」


公爵は、満足そうに微笑んだ。


「お話を聞いていると、あなたはもう戦場の獣ではなく、一人の貴族としての品格を備えられたようですね。」


「そうでなければ、この場に立つ資格はないでしょう。」


ヘルムデッセンは、微笑を浮かべながらさらりと返した。


公爵は、彼の言葉に少しの驚きを滲ませたようだった。


(この男、思ったよりも……いや、想像以上に貴族社会を理解し始めている。)


すぐに公爵夫人のケイティが穏やかに笑い、会話に加わる。


「あなたが領地だけでなく、ご自身をも磨かれたこと、今夜のお姿が何よりも証明しておりますわ。」


「お褒めに預かり光栄です、閣夫人。」


ヘルムデッセンは、軽く礼をしながら返す。


その一連の動き——

すべてが、完璧だった。


「まさか……こんなに洗練された人物だったなんて……。」


「これは……完全に別人のようではないか?」


「いや、しかし……貴族としての振る舞いをここまで習得しているとは……。」


最初は驚愕の表情を浮かべていた貴族たちも、次第にヘルムデッセンの変貌ぶりを認めざるを得なくなる。


彼は、戦場の獣ではない。


彼は——「辺境伯領を治める、一人の貴族」なのだ。


その事実が、今ここにいるすべての者に強く印象付けられた。


「……。」


ヴィーラは隣で静かに彼を見つめていた。


(ここまで完璧にこなすなんて。)


彼は、ただ戦うだけの男ではない。

彼は、王都の貴族社会に適応し、自分の力で立とうとしている。


その姿を見て、ヴィーラは改めて確信した。


(ほんとによく成長したわ…。)


静かに笑みを浮かべながら、彼の腕を優雅に取る。


「それでは、公爵閣下、閣夫人。」


「今後とも、よろしくお願いいたします。」


その優雅な挨拶に、公爵夫妻も満足げに頷いた。


「こちらこそ。」


ウィンターン公爵の声が、重く響く。


そして——。


この瞬間、ヘルムデッセンは正式に「貴族社会の一員」として認められたのだった。


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