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ヘルムデッセンは、敵兵の鎧を纏い、一人敵軍の中を堂々と走っていた。


闇夜の中、ちらちらと敵兵の姿が視界の端に映る。普通なら、彼の巨体と雰囲気だけで警戒されるところだが、鎧を身にまとったことで違和感なく溶け込んでいる。


(“ヘル、これを着て後ろに回り込んで、敵の頭を倒してらっしゃい。”)


ヴィーラの指示を思い出しながら、彼は迷わず進んだ。


(……つまり、真っ直ぐ後ろに行けばいいんだな。)


敵に紛れつつ、戦場の喧騒を背に受けながら、慎重に歩を進める。


やがて、敵軍の後方へと到達した。


(よし……ここまでくれば――)


しかし、問題があった。


(どれが敵の頭だ……?)


辺りを見渡すが、どの兵士も似たり寄ったりの鎧を身に纏い、威厳ありそうな者もいるが決め手に欠ける。


(……わからん!!)


思わず内心で叫んだ。


「おい! そこの兵!」


突如、背後から鋭い声が飛んできた。


(……俺か?)


一瞬警戒しつつ、ヘルムデッセンは振り返る。すると、上官らしき男が立っていた。


「主君が酒を所望だ。すぐに持ってこい!」


ビクリ。


ヘルムデッセンは、一瞬だけ戸惑ったが、すぐに頷いた。


「……はっ。」


(これは……好都合かもしれない。)


馬を降り、敵軍の荷台へと向かう。兵士たちが物資を整理している中、さりげなく歩み寄る。


「主君が酒をほしがっている。」


そう告げると、倉庫係の兵士が渋々樽を持ち上げた。


「ったく、さっきも飲んでたってのに……まったく。」


文句を垂れながらも、彼は酒をヘルムデッセンに手渡す。


ヘルムデッセンは黙ってそれを受け取り、再び主君が待つ方へと歩いていく。


(どいつが“頭”なんだ……)


視線を巡らせながら、酒を持って歩くが、確信が持てない。


そんな中、敵兵たちがまるで酒盛りのように談笑している一角が見えた。


(……あそこか?)


兵たちの中心に座る男は、分厚い毛皮を羽織り、周囲から明らかに一目置かれているように見える。


(……多分、あれだな。)


ヘルムデッセンは無言のまま酒樽を置き、酒を注ぎ始めた。


その光景を、遠くから見つめていた第三部隊が、到着するなりざわつく。


(「……何やってるんだ、ヘルムデッセン様。」)


(「俺が知るかよ……!」)


(「なんで敵に酒を注いでるんだ……?」)


戦場のど真ん中、敵軍の中心部で堂々と酒を注ぐヘルムデッセンの姿に、第三部隊の兵士たちは困惑していた。


隠れながら様子を伺っていた彼らだったが、もはや隠れるどころか目を見開いて唖然としていた。


(「俺の予想では、敵の頭が誰かわかってないんだろ。」)


(「なるほど! あの頭じゃわかりませんもんね!」)


(「おい、どうやって知らせるよ?」)


焦ったように小声で相談する兵士たち。しかし、その間にもヘルムデッセンは、敵の上官らしき人物にせっせと酒を注ぎ、うちわのようなもので仰ぎ始めていた。


(「おい! 早くいけよ! ヘルムデッセン様があんなことに!」)


(「でもどうやって近づくんだ?」)


どうすべきかと躊躇していると、突然――


「おい、お前たち!」


鋭い声が響いた。


(ビクリッ)


緊張が走り、第三部隊の兵士たちが一斉に背筋を伸ばす。


「暇をしているならツェラン様の肩を揉んで差し上げろ!」


「……はっ!」


(どうしよう、俺達まで巻き込まれた……!!)


逃げるわけにもいかず、第三部隊の兵士たちは仕方なくヘルムデッセンの近くへと歩み寄る。


「!! お前たちは……。」


ヘルムデッセンが彼らの姿に気づくが、第三部隊の兵士たちは慌てて応じる。


「マッサージをしにまいりました。」


ツェラン――敵の主将らしき男は満足そうに頷いた。


「うむ。頼む。」


(この人ですよ!)


ヘルムデッセンの耳元で、兵士の一人がさりげなく囁く。


しかし、ヘルムデッセンは首を傾げ、まだ迷っている様子だった。


「どの人だ?」


(アホかーーーー!!)


心の中で絶叫しつつ、別の兵士が更に耳打ちする。


(だから、これが大将です!)


「……あぁ、この人にマッサージをせねばな。」


(ちがぁぁぁぁぁう!!!)


あまりの話の通じなさに、ついに兵士の一人が叫んだ。


「だーかーら!! これが敵の頭だって!!」


その瞬間――


ツェランの表情が変わった。


「……お前たち、何者――」


ゲッ!! まずい!!


刹那、ほんの一瞬だった。


ヘルムデッセンの瞳が鋭く光り、次の瞬間――


ザシュッ。


鈍い音と共に、ツェランの首が宙を舞った。


その場にいた敵兵たちは、一瞬何が起こったのか理解できず、呆然とした。


ヘルムデッセンは何事もなかったかのように剣を振り、返り血を払いながら冷静に告げた。


「帰るぞ。」


第三部隊の兵士たちは一瞬呆気に取られた。


だが、ツェランの首が地面に転がるのを目にした瞬間、その意味を理解し、慌てて撤退を開始した。


「早くしろ! ここに長居は無用だ!」


「敵の動きが変わるぞ! 持ち場へ戻るぞ!」


ざわつく敵軍の間をすり抜けるように、第三部隊は迅速に戦場を離れる。


その時、ヘルムデッセンは遠くの戦場を見やった。


──まずい。


第一部隊と第二部隊が続々と到着し、敵軍に突撃を仕掛け始めている。


騎兵の動きは鮮やかで、戦況はこちらが有利に進んでいるのがわかる。


しかし、逆にそれは、ヴィーラのいる拠点が手薄になっている可能性を示していた。


(あいつは、戦場に慣れていない……。)


冷静に戦況を見極めているとはいえ、戦場にいる限りは常に危険がつきまとう。


たとえ彼女が完璧な戦略を組み立てても、戦場というのは理論通りに動くものではない。


(何かあったら……)


そう考えた瞬間、ヘルムデッセンの胸に鋭い焦りが駆け抜けた。


「……チッ、戻るぞ!」


剣を鞘に収めると、即座に馬へと飛び乗る。


周囲の第三部隊の兵士たちが驚きながら彼を見上げた。


「へ、ヘルムデッセン様!? 何処へ……!」


「後は頼む!!」


そう叫ぶや否や、彼は馬の腹を蹴り、勢いよく駆け出した。


まるで風を切るように、戦場を突き進む。


「ヴィーラ!!」


心臓が早鐘のように鳴る。


敵の反撃が始まる前に、彼女の元へ──。


彼の焦燥を乗せた馬は、戦場を駆け抜けていった。


――――――――――

―――――――


ヴィーラは戦況を見極めながら、次の指示を出そうとしていた。


兵士たちが忙しなく駆け回る中、一人の斥候が息を切らせながら駆け込んできた。


「報告! 王から援軍が到着しました!」


その一言に、テント内の空気がピンと張り詰める。


「……王が?」


ヴィーラは眉をひそめ、書類の上に置いていた手を止めた。


(こんな急な戦争に援軍? しかも、あの王が?)


違和感しかない。


今までも戦が起こるたびに、王は援軍を送るどころか、傍観しているだけだったはず。


それなのに、どうしてこのタイミングで?


不審な予感が胸をよぎる。


「何を考えているの……?」


考えながら戦況を整理する。


ヘルムデッセンが敵の頭を落としていれば、もはや勝利は目前。


敵軍の統率は乱れ、こちらの部隊は十分に優勢を保っている。


そんな状況で援軍を送る理由など、ただ一つしか思いつかない。


(まさか、戦利品を横取りするつもり……?)


兵たちの疲労や損害を顧みず、戦場の果実だけを奪い取るようなやり方。


それとも、王の監視役でもつける気か。


どちらにしても、歓迎できる話ではなかった。


「……で、その援軍は?」


ヴィーラは落ち着いた声で問いかける。


すると、斥候はなぜか困惑した様子で口を開いた。


「それが……援軍とは言え、数はごくわずかで……」


「わずか?」


「はい……それに、指揮官と思われるのは……その……」


なぜか言葉を濁す。


ヴィーラはさらに眉を寄せた。


(何かおかしい……)


斥候の様子に違和感を覚えながら、彼の後ろを見やる。


テントの入り口に、ゆっくりと現れたのは——。


「……え?」


思わずヴィーラは声を漏らした。


騒然とする拠点テント内。


集まった将校たちも、目を見開いてその人物を見つめていた。


そこに立っていたのは、戦場に似つかわしくない存在だった。


小柄な体に、金色の髪。


透き通るような碧眼。


品のある仕立ての衣装をまとい、どこか気品を漂わせている——だが、明らかに幼い。


「……子供?」


ヴィーラは思わず呟いた。


王の援軍として現れたのは、まだ十歳にも満たないように見える小さな少年だった。


その横には、彼を守るように立つ執事らしき人物。


場にいた全員が、状況を飲み込めずに固まる。


ヴィーラもまた、唖然としたまま、少年を見つめていた。


王が送った“援軍”は、たった一人の金髪碧眼の子供。


いったい、この状況は何を意味しているのか——?


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