8話:もうじき春が来る
(/・ω・)/時間が過ぎるのは早いね~
荒レ狂ウ飢餓の討伐を終え、トボトボと研究所に戻る。
ある二人を除いてすべての職員が地下室に避難しているため人の気配がない。
そんな受付を通り過ぎ、一階奥の扉、家精器具揮発部を開ける。
そこには俺を送り出してくれた薫衣親子が待っていた。
「ただいま帰還しました。」
「戻りましたー!」
「無事に勝てたようだね、お疲れ様。」
「お“か”え”りな“さ”い“――――!」
部屋に入った途端瑠璃の突撃に合い、疲れもあり勢いのまま尻餅をついて倒れこんでしまった。
俺の上に瑠璃が覆いかぶさっているので何がとは言わないが当たっている。そのことに気が付いた瞬間心臓が跳ね上がる。
(落ち着け俺、無心になるんだ俺、友人に不埒な考えを向けてはならない。落ち着け。)
「ふー、とりあえずただいま、瑠璃。出迎えはうれしいけど体当たりは危ないかな。」
「す、す、すいませ!どうにも心配でつい。は!今どきますね。」
「瑠璃、藍君のことが心配なのは分かるが体当たりで押し倒しては両者ともけがをしてしまう。瑠璃が懐いているのは見て取れるが激しいスキンシップは気を付けた方がいいかもね。」
「う~、ごめんなさい。藍くんに真珠ちゃんも大丈夫でしたか?」
「俺は平気だ。真珠も倒れる瞬間に飛び降りたし大丈夫だろう。な?」
「はい、扉を開ける前にそんな気がしたので跳びました。いやぁ~よかったですねマスター。美人さんに押し倒されて。役得ですよ役得。」
「どんな役だよ。だいたい気が付いてたなら教えてくれてもよかったじゃないか。」
「迫ってくるかもなとは思ってましたけど、まさか突撃してくるとは。」
俺と真珠の他愛無い会話をよそに顔を赤くしてぶつぶつ呟いている。真珠に「美人さん」と言われたことに照れているのだろうか。
若者3人が思い思いの行動をとっていると石榴さんが場をまとめ始めた。
「さっきも言ったがお疲れ様、どうだった真珠君との相性は。」
「まだ慣れていないのか、真珠のサポートを受けると負荷が大きいですね。今は落ち着きましたが戦闘終了直後にめまいに襲われたほどです。しかしその分効果はすさまじいですね。あのレールガンもどきに半分以上の精心力を消費しましたがそれでも躰性能向上を余裕をもって使えました。これほどの効力がなければ厳しかったですね。」
「そうか。個人での運用が困難なほどのアルカナを要求する試作品を使えた君のアルカナ容量にも驚きだが、真珠君のサポートは予想より勝率を上げるようだ。しかしその負担は度外視できないね。今はめまいで済んでいるがこれ以上の出力を求めると致命的になりかねない。その点について真珠君の見解はあるかい?」
「今はまだ私とマスターの接続が細く弱い状態です。これは契約からの経過時間に比例して太く強くなりますし、よりサポートの質を上げられます。マスターの体も私のサポートに慣れていませんし、弱い接続状況で無理をすればどうなるかは目に見えているのでしばらくはやめた方がいいですね。」
細いパイプに無理に力を流せばパイプが破裂する。パイプが平気でもその先にある俺の体が耐えられないんじゃ元も子もない。
薄々思っていたが真珠の力が大きすぎるとかではなく、単に俺が追い付いていないのだ。
意気揚々と真珠と契約しておいて着いていけないとは、少し申し訳なくなるな。
「大丈夫ですよマスター。私は“相互成長型観測補助人工製命”。あなたに合わせて成長します。あなたを支えるためだけに成長するんです。決して置いていくことなんてありません。」
「・・・声に出てたか?」
「いえ、でも顔には少し出てましたね。期間はまだ短いですがこれでも“相棒”なので。」
「そうだな、ありがとう。少し悲観的になりすぎた。疲れてるってことにしておいてくれ。」
不安と焦燥の色が表情に出ていたらしい。相棒に見抜かれ恥ずかしさのあまり顔が熱い。
俺たちのやり取りを微笑ましそうに石榴さんと瑠璃が見ていてもう一段階熱くなった。
「二人は仲がいいんですね。さっきお父さんから真珠ちゃんについて聞きましたけど出会って数日でここまで親密になれるものなんですか?」
「私とマスターの相性は抜群なので。」
「胸を張って言われると少し照れるな。だが確かに距離感とか空気感は一緒にいて楽なのは確かだ。」
「もうマスターは私なしじゃ生きていけない体になってます。」
「おい、それはこっちの台詞だ。」
「何言ってるんですか、さっきだって私が居なかったら」
「ふふ、ほんとに仲がいいんですね。」
現在石榴さんへの報告を一通りすませ、一階の家精器具開発部から執務室へ戻って三人楽しくお茶をしているところである。
なぜ執務室でお茶をしているのかというと、瑠璃が真珠と話してみたくなったらしくお茶でもどうかという誘いを受けたからだ。人目につかないという理由で副所長の執務室を使いだしたときはさすがに驚いたが石榴さんがサムズアップしたので今に至る。
残りの荒レ狂ウ飢餓は無事に軍によって討伐されたらしくアラートも解除され街は日常を取り戻していた。そのせいか俺が戻ってきたときより穏やかで気の緩んだ会話をしている。
「そういえば瑠璃、先ほど執務室に来る前石榴と話していましたが何の話をしていたんですか?」
「おい、人んちの事情をおいそれと聞くなよ。」
「大丈夫ですよ。そんな秘密にするような話でもないので。やっぱり私古代文明を研究する道に進みたいなって思って。それで藍くんと真珠ちゃんのいる特象隊の研究・解析職としてついていけないかな~と父に相談していたんです。」
「へ?うちの隊に来るの?」
「まじですかー・・・」
この返答は真珠も予想外だったらしく、二人して素っ頓狂な反応をしてしまった。
「以前藍くんには「アルカナを活用した生活必需品を開発・研究したい」と言いましたね。あれが嘘というわけではありませんが古代文明研究の方が長らくやりたいと思っていたことでした。でもいわゆる家庭の事情でその道を変えました。あの時区切りをつけたはずだったんですが、二人を見てたら今までの歴史以上に古代文明に近づける気がしてうずうずしちゃいまして。」
過去にどんな事情があったかは俺にはわからない。でも当時切り捨てた道への熱が蘇ったと語る瑠璃はとても明るく、未来への不安を一切感じさせなかった。
「実際についていけるかは分かりませんが父も私の覚悟にうなずいてくれたのでどうにかなると思います。そのときは二人ともよろしくお願いしますね。」
微笑みながら告げられたささやかな願い。その時俺がどんな顔をしていたか思い出せない。ただ彼女のまっすぐな気持ちに答えようと思ったことだけは確かだ。
それは真珠も同じだったようで俺と顔を見合わせてからこう答えた。
「「もちろん!!」」
そんなこんなで楽しいお茶会は進み、あっという間に夕方になってしまった。
石榴さんに頼んだ書類等々はデータを直接日本に送るらしく一任して宿に戻った。
「今日もいろんなことがあったな。」
「そうですね。本格的に私の機能を使ったので今日は早いとこ寝ることをお勧めします。」
「そうだな、もう飯も風呂も済ませたし少し早いが寝るか。」
「あ、その前に一つ聞きたいんですけど。」
「なんだ?」
「ぶっちゃけ瑠璃に乗られてどうでした?何がとは言いませんが彼女“大きいもの”を持っているので。」
「っ!!」
不意に出されたとんでもない質問に吹き出してしまった。
(そりゃぶっちゃければ柔らかkって何考えてるんだよ俺。)
あれは事故。そう事故だったんだ。そこに俺の邪な気持ちが介入する余地は微塵もない。
こんなことを考えるようでは新しくできた友人を早くに失ってしまう。
「何言ってんだ真珠。どうしたもこうしたもないだろ。」
「ほんとーですかー?どうにも目が泳いでますけど?」
「疲れていた俺は瑠璃の衝突を支えきれず倒れてしまった。ただそれだけだ。いいな、これ以上この話はしないぞ。」
「まだまだマスターも思春期ですね~」
「うるせぇ!だいたいなんでお前はそんな男子高校生みたいなノリの質問できるんだよ。」
「さぁなんででしょうね~?」
危うく真珠にはめられそうになったが何とか回避した。
今日も含めて連日の活動で疲労がたまっているんだ、早く寝てしまおう。
そう思いベッドに入る。
俺が布団に逃げ込むのを見て真珠も諦めたのかこちらに移動してくる。
まだ9時過ぎだというのに意識はすぐにでも深淵に落ち行きそうだ。
気が付けばあんな馬鹿話をしていた真珠が枕元で寝息を立てていた。
「まったく、心臓に悪い質問はやめてくれよな。今日はお疲れ様、おやすみ。」
誰に届くでもない労いは部屋の暗がりに消えていき、それと同時に俺の意識も遠のいていった。
翌日朝日と共にすがすがしい目覚めを迎えた。
「しっかり睡眠をとるのはやっぱり大事だな。真珠起きろ、朝だぞ。」
「うーんあと5分だけ・・・」
ほっぺをツンツンしても起きる気配がないので一足先に朝の支度を済ませる。
今日は少し急ぎめに行動しないといけない日だから。
「旅行のつもりで来たが結局忙しい日々になっちまった。俺の体質が珍しく直接関係のある出来事を引き寄せたからしょうがないんだが。」
顔を洗ったり着替えたりと身支度を進めてているとベッドから一人の少女が動き始めた。
「おはよぅござぁす」
「おう、おはよう。まだボケボケしてんな。顔でも洗って来い。」
「はぁーい。あ、届きません持ちあげてくだしゃいマスタ~」
「はいはい。」
(これではまるで子守じゃないか。昨日はあんなに頼もしい言葉をかけてくれたのに。)
ここ数日真珠と生活を共にしてみて分かったが、真珠が生活するうえでだいたいの物が高く、俺の“持ちあげ”を挟まないとままならない。
四六時中俺が一緒に入れるわけではないからどうにかしなければ。
「今日でハワイともお別れだ。帰りの飛行機は昼過ぎだからまだ時間はあるし、お土産でも探しに行くか。」
「そうですね、このご時世海外旅行は危険を伴いますし、そもそも行く先が減りましたもんね。」
「・・・なんか、ずいぶん現代に染まったな。」
「そうですか?基本的な知識、いわゆる常識はインターネットから得てますがそれが全てではないので、染まっているとすればマスターの影響ですよ。なにせ私たちは一心同体ですから。」
「昨日の寝る前のテンションも俺の影響だってのか。」
「あれは私の素ですね。瑠璃と一緒に転んだ時マスターの顔が強張ってたので気になっちゃいました。」
一心同体だと言っておきながら質問された側の気持ちはわかってくれないらしい。
逆に一心同体だからこそバレたとも言えるのだがまあいい。いつか真珠にやり返す機会が来たらからかってやろう。
そうこうしてる内に二人とも支度と片付けを終え荷物をまとめた。と言っても真珠の荷物はほとんどなく俺のキャリーケース一つ分に入り切った。ここにお土産を手荷物としてもって帰国するつもりだ。
雲の下に広大な海と点在する島々が見える。真珠にも見せたかったが、飛行機の中で出すわけにもいかず、お土産と一緒にリュックの中でネットサーフィンをしている。
見たいアニメがあるとかなんとか。
あっという間に旅行が終わり初日に懐かしさすら覚える。
振り返れば初日から色々あった。成り行きで瑠璃を悪漢から助け、俺の体質で真珠と出会い契約した。初めての中級討伐も真珠と乗り越え、瑠璃とお茶をした。
旅行らしいといえば帰りの空港でお土産を買ったくらいだろう。それでも「良かった」と思えるものだった。来る前より疲労がたまっているがそれでも得たものの方が多いくらいだ。
帰ったらまた忙しくなるだろうがそれはそれでまた頑張ろう。
(/・ω・)/藍くんが放置したスタヴェシアスの死体は諸々軍の方々が片付けてくれました。
(/・ω・)/石榴さんがそれっぽく理由をつけてくれたので藍くんと真珠ちゃんのことはバレてません。
(/・ω・)/ただ回収に来た大人の人たちが損傷具合に絶句したとかなんとか・・・
(/・ω・)/真珠ちゃんが役得と言うのが分かるくらいに瑠璃嬢は美人です。前にも書いたかもしれませんが「黒髪ロングハーフアップ、時々丸眼鏡」という私の独断と偏見が含まれるデザインになっています。
(/・ω・)/藍くんだって男の子、真珠ちゃんも彼と契約するくらいだからそういう気質があったって良い。
第8話完読ありがとうございます。
感想・☆等々でやる気が激増しますので良ければお願いします。
引き続き読んでもらえるよう頑張ります。
それではまた次回~