7話:迫りくる恐怖、立ち向かう境地
「藍君!何でここにいるんですか」
「・・・また会ったな瑠璃。」
サイレンが鳴り響く中の意図しない再会。
こんな状況でなかったら世間話の1つでもしたであろう。
「瑠璃、再会に驚くのは後にして状況を教えてくれるかい」
「あ、そうだった。さっき軍港のほうから連絡があって、討伐部隊を掻い潜った3体の水竜型の内1体がこっちに向かってるって。下は避難で大慌てだよ。」
「なるほど、では我々も地下に避難しようか。」
素早くも落ち着いた足取りで部屋を出ようとする2人に声をかける。
それほど自信があるわけじゃないが、出来ないとも思えない。
そんな曖昧な感情を発端にある提案をする。
「あーそれなんですけど、その1匹俺が討伐してもいいですか? 真珠も含めて色々試したくて。」
「何言ってるんですか。相手は中級種なんですよ?武装した国衛隊員が20~50は必要と言われているのに1人でなんて無茶です! 確かに倒せると言ってましたけど、誇張表現でしょ?!」
「瑠璃、彼の所属は特象隊だ。任せても平気だろう」
石榴さんが落ち着き払った声で告げる。
常識的に考えて頭のおかしいことを言っているのは重々承知である。
それでも今の俺がどれだけ戦えるのかを試したい気持ちが鎮まらない。
「特象隊? 何それ?」
「国衛隊の中でもあまり一般的ではない部隊、今は詳細を省くが、国衛隊の中でも突出した戦力を“個人”で有する部隊だ。藍君はそこの隊長に稽古をつけられているから、大丈夫だろう。私個人としても藍君と真珠君の相性を見ておきたいからね。」
どうやら石榴さんは俺の提案に肯定的なようだ。
瑠璃の方はまだ信じてないらしく訝しんだ表情で見つめてくる。
「ホントのホントに大丈夫なんですね?」
「あぁ、紅華さん仕込みだからな。心配するな。」
とは言ったものの実践訓練は下級でしかやったことないから、背伸びした挑戦な気がしなくもないけど。
それでも行ける気がする。そんな根拠のない自信を掲げ研究所を出ることにした。
研究所を後にし、砂浜へ向かう途中一度鞄に隠れてもらった真珠を出し方に乗せる。
研究所内外の人間ほとんどが各地のシェルターに避難しているので真珠を外に出していても目撃されるおそれはないに等しいが、一応隠れてもらっていた。
ちなみに瑠璃が執務室に入ってきたとき反射的に机上の真珠を懐に隠してしまった。
(何もやましいことはないし、瑠璃になら見られても問題ないと思っていたんだけどなぁ)
「マスター今度からはもっと丁寧に扱ってください。こんなに小さくてか弱い体をしている女の子なんですから。」
「誠に申し訳ない。つい反射で力が入っちゃって。これからは気を付けるよ。」
「分かればいいんです分かれば。それで砂浜に着きましたけど、ほんとに大丈夫ですか?その“中級水竜型荒レ狂ウ飢餓”を相手にして。」
「分からんというのが本音だな。ただ中級相手を想定して紅華さんに訓練されてきたから何とかなると思う。それに真珠もいるし。」
「私の機能頼りですか?」
「全体重を預けるほど頼るわけじゃないよ。ただ初の試みに心強い相棒がいるから期待してるだけ。」
「・・・そうですか。」
プイっとそっぽを向く真珠。
少しからかい過ぎただろうか。
反省しつつ辺りの気配を意識的に感じ取る。
今立っている浜辺から目算50m沖に何かがいる。
「おっと雑談もほどほどにしようか。今日のお相手さんのお出ましだ。」
「どうやら向こうも気が付いたみたいですね。マスター先に言っておきますが、この戦闘での機能はマスターへの負担軽減を考慮して30秒くらいが限度です。強化の感覚は前回と同じですので頑張って私を守ってください。」
「そうか、戦闘中にバフ使うとなると離れられないのか。俺のスタイル機動性重視だけどどうする?」
「試しに脇腹にしがみ付いてみましょうか。被弾しないでくださいね。簡単に死んじゃいますので。」
他愛無い会話を繰り広げていると、水面をかき乱しながら迫る影が一つ。
浅瀬に入る一歩手前で飛び出してきた。
普段は海中で過ごしている彼らは稀にエサを求めて上陸する。大抵の場合軍が追い払うか討伐をして防いるのだが、今回は俺にお鉢が回ってきた。
現れた敵対生物は恐竜博物館でおなじみの首長竜を彷彿とさせる骨格、一切の水を弾く灰色の鱗、口からこちらを覗いている鋭い牙。
嚙みつきだろうと体当たりだろうと俺がまともに食らえば致命傷だろう。
「さぁて得物じゃないが、初陣と行きますか!」
掛け声と同時に腰に装備していたトンファーを起動する。
(忘れがちだけど)旅行中なので武器なんて持ってない。
さすがに素手で相手するわけにはいかないので武装開発部から借りて来た。
「グガァァァァァァ!!!!!!!!!!」
「くっ、随分お怒りのようだな。」
『マスター!突っ込んできますよ。』
「おっと危ね!サンキューな真珠。」
咆哮で怯ませてからの突進。
狙ってのことか偶然かわからないがまんまと策に引っかかった訳だが、真珠という心強い相棒のおかげで難なく避けられた
既に躰性能向上を使っているので動きで置いて行かれることはないだろうが、だからこそ油断で死にかねない。
「くっそ、デカい割りに速いな。こっちのリーチはせいぜい1ⅿちょっと。対してあっちは3ⅿ強の首と尻尾。あれこの対面じつは相性悪い?」
『無駄口叩いてないで回避と観察に専念してください。マスターの戦闘スタイルだと懐に入るしかないんですから。まぁ今回は奥の手もありますが。』
「冗談だって。あいつの攻撃は主に噛みつきと薙ぎ払いってところか。どっちも予備動作があるから避けられる。にしてもあいつ砂浜の上でよくあんなに動けるよな。」
『我々よりよほど筋肉質なんでしょう。』
はたから見れば独り言だが頼れる相棒と相談中。
今のところ被弾ゼロで戦闘を継続できているが、このままではいずれ俺の体力と精心力が尽きてしまうのでそろそろ攻撃を仕掛けようと思う。
奴が顔を振り上げ、首のしなりを使い噛みつきをしてくる。かがめた首を勢いよく伸ばし地を這うヘビのごとく牙が迫る。
「その噛みつきは何回も見た!」
正面下からの噛みつきを左斜め前に踏み出し最短距離で躱す。
伸びきったやつの首に上から振りかぶる。万全の体勢に自強化込みの俺の筋力が合わさった一撃。
多少鱗で覆われているとはいえ流石に効いたらしく、「ガゥ!!」と声を漏らして首を縮める。
「俺だった攻撃するんだ。舐めてると痛い目見るぞ。」
『まだ一回攻撃しただけなのに…』
「うるさい。」
真珠の一言に反論しつつ奴の目を見る。
どうやら俺に対する認識が“雑魚敵”から“普通の敵”くらいにはなったようだ。
「さて、敵さんも本気になったところで俺らも決着をつけに行こうか。」
『お、私の出番ですか?』
「あぁ、真珠のバフを発動した瞬間に間合いを詰める。そして“こいつ”をぶち込む。ちょうど回避に専念してる間にチャージも終わったしな。」
『分かりました、じゃあ行きますよー!』
宣言と同時に真珠の体から青白い光が溢れ俺たちの体を包んでいき、包み終えると溶け込むかのように消える。
『制限時間は30秒です。』
「分かってる!」
真珠からの忠告を聞くと同時に走り出す。
真珠のバフは“躰性能向上にかけるバフ”。その効果は強化の幅を大きくすることともう一つある。それは消費するアルカナを抑えられるという効果だ。
要するにパフォーマンスアップの燃費をよくするのだ。
今回は特にこの効果がありがたい。なにせトンファーの機能のためにアルカナの7割ほどをつぎ込んでいるからな。
「ほっ!よっ!はっ!そんなんじゃ当たらないぜ!」
噛みつき、首での薙ぎ払い、引き下がりながらの砂かけ。
迫りくる俺を迎撃するべく繰り出される攻撃をことごとく避ける。
(砂の波を作って俺との距離を離そうとしたみたいだが、悪手だったな。)
いつもなら砂の波を左右に避ける時間も距離もない。
しかし今の俺は今までで最も身体能力が底上げされている。ならばどうするか。
そう、上に跳べばいい。
「そうだよな、空中に逃げたあとは落ちるだけ。身動きの取れない俺に噛みつけばそれで終わりだ。だが“こいつ”があれば話は別だ。」
空中に漂う俺に勝機を見出したスタヴェシアスは、ここぞとばかりに牙を向けてくる。
それを確認し両手のトンファーを拳を突き合わせるように接続する。持ち手の根元から変形し、コの字型に持ち手が2本ついた小型レールガンに早変わり。
この武器は武装開発部のある職員が実用性3割ロマン7割で作った試作品らしい。
けっこうなアルカナを消費することで強力なエネルギー弾を発射できる。しかも通常はトンファーとして使えるため遠近両方で戦えると考えて作ったようだが燃費は悪いし、一発で壊れるしで実用化に至らなかったとか。
「俺のアルカナ容量結構多いはずだけど、だいぶ減ったな。真珠のサポートがなきゃ体重がおもくてこまっただろう。大喰いな分威力には期待できる!」
今まさに噛みつかんとするスタヴェシアスの口に銃口を向ける。
両手でしっかりと構え引き金を引くとレール部分がアルマジロの殻のように開き、白い光が漏れだす。
次の瞬間引き延ばされたエネルギー弾が目にもとまらぬ速さでスタヴェシアスを貫いた。
長い首は竹のごとく縦に割れ、首元から体にかけて風穴があいている。
「っと、討伐成功!」
「お疲れ様ですマスター。にしてもすごい威力でしたね。まさか反動でバク宙するとは。」
「そうだな。正直おれのアルカナ容量と真珠込みのパフォーマンスアップがあってこそ成り立ってる気はする。あとトンファーってのが意外と相性よかった。普段から徒手戦闘をしているからぶっつけ本番でもどうにかなったな。」
「ではそろそろ戻りましょう。瑠璃さんが心配しているでしょうし。」
「だな。・・・うっ。」
戻るために一歩踏み出したところでめまいに襲われ片膝をついた。
「だ、大丈夫ですかマスター!」
「あ、あぁ。少しめまいがしただけだ。多分バフの反動だろう。」
戦闘も終わり肩に乗りなおしていた真珠を砂浜に落としてしまった。
申し訳なく思っている内にめまいが落ち着く。
「ふー。ひとまず落ち着いた。すまんな真珠、落としてしまった。」
「いえ、そんなことより体の方は大丈夫ですか。ほかに違和感は。」
「大丈夫だ。すこし疲れを感じるくらいでしかない。ほら戻るぞ。」
再び真珠を肩に乗せ研究所への帰路につく。
本契約になってから初の戦闘を勝利で飾ったは良いが、慣れないせいか疲労の色が濃い。
思ったより負担が大きく今後のトレーニングを見直さねばと思う藍と負担軽減を本格的に画策する真珠であった。
(/・ω・)/首をぶん殴ってから即必殺技を撃つ系主人公(?)
(/・ω・)/今回の戦闘で使ったトンファー兼レールガンは特に名前がない武器で、武装開発部の中でも”かっこいい”と”強そう”にリソースを割くロマン主義者が開発者。
(/・ω・)/威力がある代わりに燃費が異常に悪く、また一発撃つと回路が焼き切れてただの脆い棒になる。
(/・ω・)/誰がそんなリスク抱えて戦うかよ。と同僚に正論を言われ倉庫番になった。
(/・ω・)/この武器を思いついたときはかけ離れた武器を混ぜるのにハマってたらしい。