13話:大地が揺れる
金属と金属が勢いよくぶつかり火花を散らし、甲高い音が響き渡る。
硬く踏み固められた地面には白線で大きな長方形が描かれており、その中で2つの人影が縦横無尽に駆け回っている。
「お、良いの入った。」
「いやギリギリで防がれたぞ。あ、ついでと言わんばかりのカウンターが出た。」
一つ、また一つと衝突音が聞こえ、そのたびに砂埃が舞う。
この戦闘が始まってから早5分、いつもなら決着がつく頃だろう。今回も例にもれず二人が決着をつける構えに移った。片方は全身に青白い雷を纏いトンファーを両手に構え、もう一方は大盾を両手で持ちいつでも振りぬけるように構えている。
優しい春の風が頬を撫でた次の瞬間、落雷のごとく突き進む一方をもう一方が盾を振りぬいて迎え撃つ。
特段大きい衝突音と共に、今日一番の視界の悪さに達した。そよ風が土煙を退かしフィールドがあらわになると人影が一つだけになっていた。
その影は自身とさほど変わらない大きさの盾を持ち、仁王のごとく立っている。黒を基調とした隊服━━特象隊専用の制服。基本的には同じザ・軍服といったデザインだが、人によってパンツかスカートかやマントのサイズ・有無など融通が利く━━を身に纏い、少し赤みがかった茶髪をハーフアップにしてなびかせている。
そんな彼女の視線の先には白線の外側で大の字に寝転がっている人物が居た。
黒い隊服なのは同じだが、ペリースという片側マントをつけており、傍らには先ほどまで使っていたであろうトンファーが転がっている。
「いやぁー危なかった、さっきのをまともに食らってたら動けなくなってな。」
「ウソ、しっかり避けられたし、カウンター返された。やけくそで最後突っ込んだけどこのざまだし、完全に負けた。煮るなり焼くなり好きにしな、紅華。」
もはや目で追うので精一杯の模擬戦、隊長である紅華さんと副隊長である黄鈴さんの勝負は紅華さんの勝利に幕を閉じた。
拠点である屋敷を背に、そばで見ていた俺たち、藍、真珠、風空、日々輝、紫雪、翠斗の6人は思い思いの感想を零していた。
「目で追うの無理じゃね?真珠は見えたか?」
「最初のウォーミングアップっぽい雰囲気の時なら。そのあとはもう全く追えません。」
「俺たちじゃ無理もない。だってこの隊で今一番弱いの俺と藍と真珠ちゃんだもん。」
「相変わらず人間離れしてるねーあの二人。日々輝はどっちなら勝てそう?」
「姉さん…分かってて言ってるよね?僕は大きい隙を晒して大技使うタイプなんだよ、どっちにも勝てやしないよ。」
「いや案外勝てるかもしれねーぞ、日々輝。紅華が防御に徹してそれをお前が打ち破れるかの勝負になればな。」
「それ実質不可能では?」
風空を境に向こう側に横並ぶ3人は先輩だけあって見えていたようだ。
こっちの3人はまったく見えなかったので、大きな壁があるのを実感させられる。
3:3でぐだぐだ喋っていたら、いつの間にか6人で対隊長・副隊長の攻略会議に発展していった。
そこにいつの間にか復活した黄鈴さんと紅華さんが参加してきた。
「どうだ皆、私か黄鈴を越えられそうか?」
「ん、まだ後輩や翠斗に負ける気はない、と言うか絶対紅華にも勝つ。」
俺からすれば強めに弾き飛ばされたように思える模擬戦の最後も、黄鈴さんからすればへでもないようだ。今なんて次こそはと闘志を燃やしている。
二人の模擬戦が終わったということで、俺と風空の番が来た。
「なんだか久しぶりだな、風空と模擬戦するの。」
「だな、忙しいと時間が経つのが速くなる。」
呑気な会話を挟みながら位置に着く。フィールドのそれぞれの端に立ち、最後の装備確認をする。俺は以前洞窟の案件でも使った専製装備8号「拳足鎧装:発」を、風空は専製装備7号「廻来旋中」を持ち軽い動作確認を経て相手を見る。
風空の極化技能を一言で説明すると気体への運動エネルギー付与となる。自身を中心にある程度の範囲の空気に消費した精心力に比例した強度の運動をさせる。そのため弓使いである風空は自由自在に風を操り、矢を好きな軌道で飛ばすことができる。
俺の専製装備と同様にあいつのにも色々な機能があり、特に気を付けるべきは矢ごとの特性だろうな。例えば螺旋状に尖った矢じりを持つ矢を極化技能で風に乗せ、高速回転させて岩を打ち抜く。こんな芸当も可能となるんだ、いくら俺の拳足鎧装が硬いとはいえ、もろに受ければ軽々と場外に飛ばされる。ほかにも知らない技がいくつもあるんだろうなぁ。
正直きついけど、俺にだって頼れる相棒が居る。なるようになると願って頑張るか。
『真珠、開始と同時に視覚支援頼む。』
『はい!分かりました。』
久しぶりに心通信を使ったが、やはりというか便利である。
後で風空に自慢でもしようか、と独り言をこぼしたタイミングで紅華さんが開始の合図を始めた。
「それでは藍と風空の模擬戦を開始する。・・・はじめ!」
始まると同時に俺は拳足鎧装、主に足の方に精心力を込める。対する風空は腰にある矢筒から一本の矢を引き抜き、番えている。
すでに真珠の視覚支援が発動している俺の目には、その矢が薄緑に包まれているように見えており、放たれれば物理法則を無視した軌道を描くことが容易に想像できた。
現在の中距離を保ったままでは近接戦特化の俺に勝ち目はない、よって以前洞窟での戦闘であまり試せなかったことをして、距離を詰めようと思う。
スタートと同時に足の装甲にため込んだ精心力を、一歩踏み出しながら爆発に変える。普段の踏み込みならせいぜい1mかそこらしか移動できないし、初速もそこまで出ない。躰性能向上を使った以前の模擬戦でも大差なかった。しかし躰性能向上に爆発による推進力をかけ合わせれば・・・ほらこの通り、たった1歩で5mは進めるようになる。
このフィールドはだいたい25mプールと同じ大きさなので、単純計算あと4歩で俺の間合いに持ち込める。
「予想通り!やっぱ最初から詰めてくるよな!」
「当たり前だろ!」
どうやら俺の拳足鎧装の機能を知っている風空にとってこれは想定内だったらしい。
しかし予想していたからと言って対処できるかどうかは別問題だ。
風空が引き絞る短弓から鋭い一射が放たれ、俺めがけて一直線に飛来する。矢が纏う空気は風空に掌握されているから当然のように減速しない、いやむしろ途中で加速してきた。
加速したもの同士が今まさに衝突しようかという瞬間、俺の一歩手前で矢が地面に急降下した。何事かと考える間もなく着弾地点から一気に煙が溢れ出た。
「っく!煙幕か!」
「近接タイプのお前とまともにやり合うわけないだろ!」
今さら減速することもできず、真っ白な世界に自ら身を置いた現状、どこから風空の矢が飛んでくるかわからない。すでにスタート位置にはいないだろうし、矢が一直線にしか飛ばないという常識もあいつには通用しない。
どうしようかと考えていると煙の中でも視認できる緑色の線の様なものが数本現れた。レーザーサイトのようにハッキリ視認できるわけではないが確かにそこに存在する。この見え方・・・真珠の視覚支援か。
思い至って自分の体を通過するように張っていた線を即座に避ける。すると次の瞬間先ほどまで自分が居た空間に、風を切る音と同時に鋭い矢が突き刺さる。鋭いといっても訓練用の矢じりなので、地面には刺さるけど身体を貫通するほどではない、といったギリギリの物だ。だからと言って当たれば打撲もしくは肉が抉れる怪我につながるので下手に当たれない。
あっぶねぇー、なんて心の声を漏らしながら周りに目を向ける。相変わらず白一面だが先ほどより緑の線が増えている。煙に巻かれて十数秒しか経っていないのにもう10本近くの矢が放たれているということなのか。
この精心力を視認できる視覚支援も3分しか持たない、だからこそ早々に活路を見出したい。けどこの煙の中で無理に動けばどれかの矢に当たってしまう。
ん?というかあいつはどうやって俺の位置を把握してるんだ?いくら煙りの外にいるからと言って、中にいる俺は見えないだろうに。
そう思い再度矢の軌道と思われる緑の線を観察する。全部の線が俺にめがけて向いているというわけではなく、割とランダムに伸びていた。さっきの1本はまぐれだったということだろ。見えてないけど数撃ちゃ当たるという作戦を取ったようだ。
それならこちらも愚直な策を取らせてもらうとしますか。
四肢すべてに精心力を集め、いつでも爆破による衝撃を生み出せるようにしておく。躰性能向上を全開にし両手に目一杯の力を込めて地面に叩きつける。同時に爆発を生み出し、俺自身を爆心地とした衝撃を放つ。あたりの空気は一気に押しのけられ煙もまた霧散していく。耳がキーンとしているがそんなのを気にしている暇もなく、とにかく駆け出す。煙が消えたことで今までバラバラに見えていた緑の線が“ある一点”から枝分かれしているのを視界の端でとらえることができた。
「やっと見つけたぜ!」
「視界の晴らしかた無茶苦茶過ぎんだろ!」
互いに吠えるように声を飛ばし接近する。結局風空は俺の後方から連続射撃をしていたので、いつの間にか入れ替わる形になっていたのだ。
互いに互いを目視できるようになったので、今まで散り散りになっていた矢が全て正確に俺めがけて進んでくる。俺も迷いなくその矢をよけることができるので距離は縮まる一方だ。
風空は俺の接近に合わせて走り回っているのにほとんど誤差なく矢を射ってくる。ただ現状、矢の軌道を少し先に見ることができる俺に軍配が上がっており、次第に距離が俺の間合いになってきた。
あと一歩で俺の攻撃が届くというところで風空が3本同時に矢を放ってきた。1本を右の裏拳で弾き、残り2本を体を捻りながら回避する。その作業が終わる頃、再度3本の矢が放たれ、俺の胴体、というか心臓めがけて飛んでくる。
『マスター!後ろです!』
正面に気を取られすぎた。
さっき回避した2本がUターンをして俺の背中に向かってきている。心通信で真珠が教えてくれなきゃ気づけなかっただろう。
チラッと風空の表情を見ればうっすらと笑みがこぼれている。こいつ勝ちを確信してやがる。こんな顔を見せられて潔く負けを認める程割り切った性格してないんだよ、俺は。
少しの余裕から生まれたであろう風空の表情に若干の苛立ちを覚え、それを糧に土壇場の対処方法を思いつく。
今にも矢じりが届きそうという刹那、前傾姿勢だったことを生かしその場に四つん這いになる。俺の頭上では前方・後方から来た2本の矢がそれぞれぶつかり辺りに散らばる。残りの1本も俺が居たであろう空間を通り過ぎていく。
四つん這いの体勢、普段人間がすることのないこの体勢でも今なら下段からの攻撃に転用できる。左足で爆発を発生させ、その衝撃で体勢を維持したまま少し前進する。完全に俺の間合いに入ったところで、左手を軸に右足の爆発で勢いをつけ回し蹴りをする。いわゆる卍蹴りというやつだ。漫画の見様見真似だが案外形になったと思う。
装甲で重量も硬度も高くなっている俺の右足が風空の左わき腹にねじ込まれ・・・なかった。寸前で弓を盾にされ、受け止められてしまったのだ。
ただ勢いを殺しきるまでには至らず、そのまま場外まで飛ばされていった。
「ふー、危ない危ない。おーい風空、大丈夫か。」
「あ、あぁ。何とかな。こいつでガードしてなきゃ骨折だよ。それにそこそこエネルギー切れで体が重い。手かしてくれ。」
よろよろと起き上がる風空に手を差し伸べ、肩を貸す。
観戦していたメンバーの方に向かって歩きながら少し振り返る。
「それにしても、よく真後ろからの矢に気づけたな。」
「あーあれか。俺の頼れる相棒が教えてくれた。」
「はぁ?ずるくね? てかあの最中にどうやってさ?」
「実はテレパシーが使えるって言ったら信じるか?」
「うわ、俺に黙ってやがったなこの野郎! ずりぃぞ!」
そういってこめかみをぐりぐりされるが、大して力が籠っていないし表情も明るいのでブチギレてるってわけでもないだろ。まぁいつものじゃれ合いだな。
「お疲れ二人とも。どうだった専製装備の使い心地は?」
「はい、丈夫・重め・大爆発の3点セットでとても使いやすかったです。」
「俺も、丈夫・よく飛ぶ・多種多様の3点セットでよかったです。」
「うん、実に二人らしい感想だ。ところで藍、模擬戦中に例の視覚支援は使ってみたか?」
「直前まで迷ったんですけど、結局使いました。3分程度という制限付きですし、真珠は頼れる相棒で一心同体なので。」
「えへへ、うれしいこと言ってくれるじゃないですか~。」
紅華さんからの質問に答えていると、頭の上に真珠が乗ってきた。顔は見えないが声色からして口角が上がっているのが分かる。実際助けられたし、あとでご褒美としてケーキでも買ってこようかな。
「二人の仲がよろしくて結構。反省会は後々するとして、とりあえず翠斗と日々輝の番だな。じゃぁ二人とも準備に入っt」
そう呼びかけた瞬間、屋敷の敷地内、いや辺り一帯にサイレンの音が響き渡った。
ほんの数秒後地面が激しく揺れ、誰も立っていられなくなる。
「防衛アラート発令、防衛アラート発令。市民の皆様は早急に近くのシェルターに避難してください。繰り返します、防衛アラート発令」
揺れが収まり、ようやく放送の音が耳に届くようになった。
防衛アラート? ・・・今の揺れってまさか。まだギリギリ、ほんの少し真珠の視覚支援の効果が残っていた。だから顔を上げたとき気が付いてしまったんだ。数キロ先にある海岸線、そのさらに奥に見える空の空間にまるでヘドロの様な禍々しい黒いオーラが立ち上っていたことに。
そこで思い出した。今朝、妙な胸騒ぎがして夜明け前に目が覚めてしまったことを。そしてその予感が色濃く感じられた方角はまさに今目を向けている方なんだということを。
(/・ω・)/久しぶりに戦闘描写をした気がする。話的には2話ぶりなんだけどリアルで結構時間が空いてしまったからか…
(/・ω・)/それはそうとて、不穏な空気が~♪漂い始めて~♪
(/・ω・)/次回はどうなるのやら~♪
第13話完読ありがとうございます。
感想・☆等々でやる気が激増しますので良ければお願いします。
引き続き読んでもらえるよう頑張ります。
それではまた次回~




