10話:響き渡る異変
畳特有の匂いに目を覚ます。
(そうか、昨日から屋敷に住み始めたのか)
生まれてからつい先日まで暮らしていた実家から屋敷の一室に引っ越した翌日、目覚まし時計の電子音と共に布団から身を起こす。
「真珠、起きろ。朝だぞ。」
「うゅーん・・・もぉマァスタァ―のばぁか~zzz」
「いったいどんな夢見てるんだ?」
真珠の寝起きが悪いのはいつものことなので一旦置いてこう。
布団をたたみ、押し入れにしまう。
俺が住まわせてもらっている部屋は絵に描いたような和室、しかもちょっといい旅館レベルなので一人部屋にしては少し広い。
座椅子と机、テレビに冷蔵庫etc…うん、これは旅館レベルなんじゃなくて旅館だな。
改めて異常さに思い至ったが、住まわせてもらってる手前開き直ろうと思う。
くだらないこと考えてないで廊下に出て洗面所を目指す。
洗面所に差し掛かると既に照明がついていた。
「あ、おはようございます、日々輝先輩。」
「ん?あぁおはよう藍。」
そこには先客である日々輝先輩がいた。
タオルで顔を拭いていたので顔を洗い終えた所だろう。
「なんか不思議な感じがします。実家を出た生活は初めてなので。」
「そうだね、僕は二年前からここで生活してるからすっかり慣れちゃったけど、最初はちょっとホームシックというか、不安になることもあったなー」
「なんか以外です。紫雪先輩がいれば精神面では平気だと思ってました。」
「あれ、僕ってシスコンだと思われてる?」
「シスコンというより、お二人とも互いに支え合ってるイメージが強いので、欠けなければどうにかなりそうと勝手に思ってました。」
「あー・・・たしかにその節はあるかもね。言われると納得しちゃう。」
自分のやることが終わった日々輝先輩は「朝食遅れないようにね~」と去り際に告げ自室に戻っていった。
一人になってしまえば、朝の支度をするだけなのでさっさと終わらせてしまおう。
自室に戻るとまだ真珠が布団で寝ていたのでいい加減起こした。
寝ぼけた真珠の支度を手伝いながら俺も着替えなどを済ませる。
今日からは基本的に隊服を着て過ごすことになるが今日の仕事は朝が早いらしいので早めに着替えておく。
初めて袖を通したはずなのに、身に馴染む気がする。
姿見の前に立ち、身だしなみを整える。
「おぉ、隊服を着るだけでずいぶん雰囲気が出るな。」
「そうですね、まだ着られてる感が否めませんけど。」
「着こなせるようになるのも目指してやっていくか。」
「張り切って行きましょう!」
呑気な真珠と共に下に降りると、トーストの匂いが鼻を刺激する。
ダイニングテーブルにはすでに紅華さん、副隊長、日々輝先輩がいた。
紫雪先輩が居ないということは非番の日なのだろう。
「おはようございます。」
「おはよーございまーす。」
「二人ともおはよう。もうここでの生活には慣れたか?」
「はい、二日目ですけどほとんど慣れましたね。まだ和室で目を覚ますのに驚くときありますけど。」
「それも追々慣れていけばいいさ。困ったことがあったら遠慮なく言うんだぞ。」
空港から連行された日から二日。
いまだネコ探しに行っているメンバーに出会うことなく初任務の日になった。
余談だがネコ探しは難航しているらしく、ネコが活発に動く夜を重点的に捜索しているらしい。そのせいで昼夜逆転状態になり同じ家に住んでいても会わないのである。
「今日の依頼は藍と黄鈴の共同で洞穴の調査だったか。」
「一週間ほど前に山のふもとにある洞穴から崩れるような音が聞こえたらしく、その調査をしてほしいと。」
「ただ内壁が崩落したとかじゃないんですか?」
「私もそう思ったんだけど、どうにも“変”らしい。」
「変、ですか」
有難いことに用意されていた朝食をほおばりながら今日の仕事内容について話す。
副隊長の説明で出た“変”な点に興味が湧いた。
「その崩落と思わしき音自体、壁面が連続して崩れたというより、大きな重量物が一つ落ちた様なものだったって。その日以来狼の遠吠えの様な音が洞穴から響いてくるというオマケ付きらしい。」
「なるほど・・・確かに変ですね。真珠はどう思う?」
「ガラガラガラって音じゃなくて、ドカーンと一発の音だったと・・・。私が危惧するとすれば、可能性は低いですけど、遠吠え含めて荒レ狂ウ飢餓である可能性を考えます。もしいるとすればそこそこ大きいかもですね。ま、そこまで目立つようなら今までに目撃情報くらいありそうですけど。」
「たとえ出たとしても黄鈴と藍ならどうにかなるだろう。藍、ちゃんと黄鈴の言うことを聞くんだぞ。」
「何歳児だと思ってるんですか。」
「マスターは時々子供っぽくなりますからねー。ん、このコーヒー美味しいですね。」
なぜか用意されていた真珠サイズの食器類に満足している真珠に少しむっとしつつ、トーストの最後の一口を放り込む。
食器を片付けるために立ち上がると、副隊長とタイミングが被った。
キッチンに入ったところでこの後の出発時間を伝えられる。
「藍、真珠、今日はこの後9時に車庫に来て。もらった装備も忘れずに。」
グレーのメッシュが所々に入ったウルフカットを揺らしながら、いつもと変わらない表情で告げられる。
(副隊長ってあんまり表情変わらないから、心情がよく分かんないんだよな。)
特に変わった様子もない副隊長に集合時間を聞いた後すぐ部屋に戻った。
現在時刻は午前8時26分、隊服に着替えてあるのであとは装備の点検をするのみなのだが意外と時間がないのでさっさと済ませようと思う。
点検と言っても装備の個数・消耗具合・使用時の違和感の有無程度なので慣れれば時間はかからない。しかし今目の前にある物は昨日初めて対面した代物、おそらく平均よりは掛かるだろう。
「いやしかし、これはなかなかカッコイイなー!俺の専用武器か、年甲斐もなく興奮するなー。」
どうしても広角が上がってしまう。
これは仕方のないことだ。だって俺のためだけに製作された前腕とひざ下の装甲、いわゆるガントレットとその足バージョンだ。テンションを抑えるほうが無理である。
俺の戦闘スタイルが徒手格闘をメインにしたものだから身軽さも保つために手足だけにしてもらった。
この装備には名前があり、その名を専製装備8号「拳足鎧装:発」というらしい。
以前ハワイで使ったトンファーもどきのようにこいつにも鎧として以外の機能がある。
両手両足任意の拳足鎧装に精心を貯め、貯めた分のエネルギーを指向性を持たせて爆発させえることができるというものだ。
俺自身の打撃に加え爆発の衝撃で追撃を行える。ヒットアンドアウェイを主とする俺にはぴったりだ。
「ためしに着けてみたが驚くほどサイズがちょうどいい…。」
「マスター、いい加減ニマニマするのはやめて移動しましょうよ。遅れちゃいますよ!」
「おっと、意外と経ってた。」
慌てて装備をトランクケースにしまい部屋を出る。
車庫には五分前に到着できた。
現在俺と真珠がいるのは会議室と更衣室の間にある扉の先、とある車が止められているガレージだ。
普段目にすることのない装甲車が止めてある。装甲車といっても機銃なんかはついておらず、とにかく丈夫さを目指したようなものだ。
今日の現場まではそこそこ距離があるのでこいつで移動するということだろう。
何気にこのガレージ初めて来た。
「ごめん二人とも、少し遅れた。」
「大丈夫ですよ、俺たちも今来たところです。」
「そう、じゃあ早速行こうか。乗って。」
副隊長が助手席を指さしながら指示を出す。
車に乗り込みシートベルトをしたときふと疑問が浮かぶ。
(ここ地下だよな・・・どうやって出るんだ?)
このガレージには地下駐車場のような坂道の出入口はなくシャッターの様な壁もない。
パッと見た感じ出入口は俺たちが入ってきたドアだけだ。
少し車窓から周りを見ていると副隊長からインカムを渡される。
「これ着けておいて、あと今から少し揺れるから気を付けて。」
「へ?」
俺の間抜けな声と同時に周りの壁が下がり始めた。否、俺たちが上がり始めたのだ。
気が付いた時には天井に大きな穴が開いており、車ごとリフトで持ち上げられている。
地上に上がるとそこにはまた車庫の景色が広がっていた。
「なぜ地上と地下両方に車庫があるんです?」
「うちの隊は普段何でも屋紛いの仕事をしてるけど、一応国衛隊で、しかも機密事項を結構扱う。だから車もそうだけど、地上の屋敷にあると思わせて地下で保管・管理してる。有事の際を想定しての管理方法だって司令が言ってた。」
「なるほど、司令の意向でしたか。」
直接会ったことは一回しかないが、あの人が纏う雰囲気はまさに鉄人だった。
表情がずっと仏頂面だとか口調が厳しいというわけではなかった。
しかし筋骨隆々の体格、笑顔でもなくなることのない鋭い視線、声から漏れる覇気。
それらが彼の強さを表していた。
俺の過去回想を置き去りにするように車が発進する。
ふと膝の上の真珠が口を開く。
「司令って誰です?まえにハワイで電話してた時チラッと耳にした気がしますけど。」
「あぁ、真珠は知らなかったな。俺たちが司令って呼んでるのはこの隊を創った第一師団長、菊野剛さんのことだ。」
「そう、紅華の育ての親にして戦闘技術の師匠。私たちみたいに“極化技能”を持つ人が国衛隊の中で活きずらいのを解決するためにこの隊を創ったらしい。昔から紅華は群を抜いて強かったから、あのままではその能力がもったいないと考えたとかなんとか。」
「へー、じゃあその人があの屋敷も建てたんですか?」
「そう、前紅華に聞いたら“合理5割・見た目2割・ロマン3割”で設計したと言っていた。あんな感じの秘密基地を持ってみたかったと直接聞いたこともある。」
「ロマン7割の間違いな気がしてきたな。」
運転しながらも表情一つ変えることない副隊長、緊張とわずかな期待を抱く俺、途中から考え事に集中している真珠を乗せた車は滞りなく目的地へ進んでいく。
一時間弱走ってやっと着いたのは屋敷から北に位置する山の麓、例の洞穴がある地区だ。
「依頼のあった洞穴はここみたい。藍、後部座席の足元に道具箱あるから規制線テープ出して。一応入り口を塞ぐ。」
「分かりました。近くの木に巻いちゃっていいですかね?」
「うん、いいよ。ここら辺の土地の所有者が依頼主だから許可とってある。」
近くの木の幹に規制線テープを巻きながら辺りを観察する。
近くの道から藪をかき分けない限り気づけない場所に洞穴の入り口がある。
地元の人しか知らないものなのだろ。
「私は準備できた。藍と真珠はどう?」
「はい、こっちもできました。」
「私も大丈夫です。」
「よし、じゃあこれ被ったら行こうか。」
そういって渡されたのは「安全第一」印の黄色いヘルメット。
副隊長が既にかぶっていたので俺たちも被る。
黒地の隊服に黄色のヘルメット…なかなか奇抜なファッションなってしまったが、誰に見られるでもないため考えないことにする。
中腰で洞穴を進んでいても、今日は肩の真珠に意識を咲かなくていいのでいささか楽である。
なぜ肩に真珠が乗っていないのかというと、”浮いている”からとしか言えない。
なんでも俺との接続レベルが上がったことで使えるようになった装備があるそう。
真珠の背負ってるリュックからアルカナ版の磁界の様なものが発生していて浮遊できるらしい。動力には大気中のアルカナを利用していて、起動の時だけ俺のアルカナを消費すんだとか。
「便利だなーそれ。」
「私くらいの大きさじゃないとまともに使えないですよこれ。」
「古代の技術はすごいな。私も欲しいくらい。」
調査で洞穴に来ていることをすっかり忘れ、古代の技術力に感心していると開けた空間に出た。
思ったよりもこの洞穴は続いていて、入ってきた時より肌寒くなってきた。
懐中電灯を持ってきているとはいえこの広い空間をすべて照らすことはできず、天井や10m先は闇に覆われている。
三人で用心しながら歩いていると少し先から金属製のものが落ちる甲高い音が響いてきた。
「・・・副隊長、真珠、聞こえた?」
「うん、聞こえた。なんだろう。」
「例の音と関係ありますかね。とりあえず進んでみましょうかマスター。お先にどうぞ。」
「震えながら道を譲るなよ。俺まで不安になるだろ。」
昨日ホラー映画を見たとかなんとか言ってたか。
とにかく調査依頼を受けたからには音の真相を確かめないといけないから、意を決して進むしかない。
特にビビっている様子のない副隊長が自然と先頭になり進んでいくと暗闇に塗られた空間から明らかな人工物が姿を現す。
一面の外壁がなく、部屋ごと空間を削り取られたかのようにそこに鎮座している人工物。
この場にいた全員が息を飲むのが肌で感じられた。
「こ、これはまた・・・とんでもないものが見つかりましたね。マスターの運もここまでくると呪いでは?」
「案外そうかもな・・・、これも真珠の時代の物か?」
「・・・おそらくは、でも私の居た施設みたく密閉されていたわけではないのにこの保存状況はおかしいです。ついさっきまで時が止まっていたかのようで、劣化が見られません。」
「とりあえず外壁がない所から入れそうだし、中見てみようか。」
プレハブのように一部屋だけが切り取られた建造物は水平に設置してあるのではなく、岩壁と段差に寄り掛かる形で在るため傾いている。
だというのに副隊長が黙々と中へ入っていくので追わない訳にもいかず、置いて行かれまいと少し慌てる。
ただの異音調査かと思ったらハワイと同じようなものを見つけてしまった。
だけど今回は副隊長が一緒にいる。ハワイの時よりしっかり調査ができそうだ。
(/・ω・)/話の流れ的に微妙なところで切れてしまったので、続けて11話をお読みください。
(/・ω・)/計画性がなくてごめんなさい。
(/・ω・)/ではいつも通り少し補足を・・・
(/・ω・)/黄鈴さんは紅華さんの同期で訓練学校時代からの付き合いです。
(/・ω・)/感情が表情に出にくく慣れた人でないとその変化に気づかない。
(/・ω・)/だというのに性格的にはっきり物申すことがあるので、空気を読めない扱いされがち。
(/・ω・)/特正体の面々はそこんとこを理解してるのでモーマンタイ。
第10話完読ありがとうございます。
感想・☆等々でやる気が激増しますので良ければお願いします。
引き続き読んでもらえるよう頑張ります。
それではまた次回~




