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第五話① 召喚者(前編)

 

 大陸歴二○二五年六月某日。

 その夜。


「カモがネギをしょって来た、ってやつだな」


 溜め息混じりに、イチヤは小さく呟いた。


 暗い森の街道。周囲は高い木々に覆われていて、月の光すら遮っている。


「どういうこと?」


 隣りを歩くレトが訊いてきた。エルフの特徴である、金髪に長い耳。彼女は、ほぼ純血のエルフだという。両親共にエルフ。父親は、彼女が産まれる前に亡くなったそうだが。


「つまり、山賊連中にとって、俺達は都合のいい獲物だってことだよ。たった二人の旅で、護衛なんていない。そこそこ金も持ってて、さらに、美人で年頃の女もいる。こんなに都合のいい獲物はいないだろ」

「カモっていうのは?」

「俺の世界にいる、食用にもなる鳥のことだよ。結構旨いんだ」

「ふーん。じゃあ、ネギは?」

「野菜」

「鶏肉が野菜をしょってるってこと?」

「まあそうだな」

「栄養バランスの良さそうな獲物なんだ、私達って」

「まあな」


 今までイチヤが見てきた限りだが、この世界のエルフは美男美女が多い。イニシオ村にいたプリメラも、可愛い顔をしていた。髪の毛がレトほど鮮やかな金色ではなかったので、祖父母かその前の世代に人族がいたのだろう。人族の髪色は黒。血が混じれば、色も混じる。


 イニシオ村に攻め込んだサウスウェスト軍を、壊滅させた後。


 イチヤとレトは、三日ほど、村の片付けを手伝った。サウスウェスト軍の兵の死体を焼き、骨を森の中に捨てた。村人の遺体の墓を作った。


 トーダの墓を作るプリメラに、別れの挨拶をした。そのまま村を出た。


 イチヤとレトが向かっているのは、城塞都市フロンティア。「国家の防壁」とも呼ばれる、パスティオン侯爵領にある都市。


 プリメラに伝えた通り、イチヤは、この世界で「召喚者」と呼ばれる者だ。三国間の戦争の鍵となる、異世界より転移させられた者。戦争で英雄となれる力がある者。


 もっとも、イチヤは、元の世界ではただの中年男だった。当時の年齢は四十五歳。結婚もしておらず、両親も亡くなっていた。食品工場で主任として働く、現代日本では珍しくもない孤独な中年。


 ホーッ、ホーッと、どこからともなく声が聞こえた。フクロウのような鳴き声だ。


「鳥の声か?」

「うん。たぶん、ブゥオの声」


 ブゥオとは、この世界にいる肉食の鳥だ。イチヤも何度か見たことがある。フクロウに似ていた。外見だけではなく、声も似ているらしい。


 この世界の山道には山賊が出現する。特に夜は、彼等にとって格好の狩り時だ。だから、夜に山道を歩く者など、ほとんどいない。昼間でも、腕に自信がない者は護衛をつけて馬車で移動する。フロンティアに出稽古に行っていたトーダも、そうだったらしい。業務報告のためにフロンティアに戻る兵と、一緒に行動していたそうだ。どんなに強くても、複数人で不意打ちをしてくる者達が相手では分が悪い。


 当然ながら、イチヤ達も山賊を警戒していた。


 イチヤは魔術が使えない。この世界でいう「戦士型」というタイプの人間だそうだ。魔術の素養はないが、身体能力に優れた資質を持つ者。


 レトは「魔術師型」と呼ばれる資質を持って生まれた。身体能力は高くないが、魔力によって、炎や氷、土や風などを攻撃として使える。さらに彼女は、高難易度な回復魔術も使用できる。


 レトは、風の魔術を応用して周囲にレーダーを張っていた。彼女が言うには、風によって周囲の動きを察知できるそうだ。魔力の消費量が多くない魔術なので、半日は使用し続けられるという。


 イニシオ村からフロンティアまでは、直線距離で概ね三キロメートル。道なりに歩くと、六キロメートルほど。平坦ではない森の街道であれば、二時間ほどかかる距離。


 イニシオ村を出て三十分ほど経ったところで、ほぼ想定通りの出来事が起こった。山賊の奇襲。火の魔術が、突如飛来してきた。


 レトは素早く、風の魔術を強化した。自分達の周囲に、風による防御膜を張る。飛んできた火の玉が、イチヤの目の前で四散した。


「イチヤ。片付けてきて。最低でも、全員の攻撃を一回は防いでから倒してね」

「わかったよ」


 レトに指示に、イチヤは頷いた。火の魔術は、右前方の木々の合間から飛んできた。つまり、その先に山賊達がいる。


 火の魔術は未だに飛んでくる。


 イチヤは剣を抜いた。魔術の発射元に向かって駆け出す。飛んでくる火球を剣で打ち払い、森の中に駆け込んでゆく。


 概ね想定通りの場所に、山賊達はいた。ザザザザッという、彼等の足音。連携がよく、素早くイチヤを取り囲んだ。


 ――一、二……。


 胸中で、イチヤは山賊の人数を数えた。全部で十人いる。全員、似たような格好をしていた。ややボロの、Tシャツのような上半身。ただし、Tシャツよりは丈夫そうな生地だ。動物の皮で作ったのだろうか。下半身も、同じような素材のズボンを履いている。武器を持っている者は七人。全員右手に持っている。素手の者は三人。あの三人が魔術師だろう。


 イチヤを取り囲んだ十人は、素早く陣形を組んだ。イチヤから三メートルほど離れた位置に、剣や槍を持った者が七人。魔術師と思われる三人は、イチヤから七、八メートルほど距離を取っている。


「あの女と、武器と金目の物を置いていけ。そうしたら、お前の命は助けてやる」


 剣を持った一人が、イチヤに提案してきた。ニタリと、粘り着くような笑みを見せている。


 当然だが、イチヤは、この山賊のことなど知らない。けれど、弱い者を弄んで楽しむ笑顔には見覚えがあった。


 すぐにイチヤは、この男が嘘をついていると感付いた。たとえ武器を捨てても、金目の物を渡しても、レトを差し出しても、こいつらはイチヤを見逃さない。間違いなく惨殺するつもりだ。


「あれだけいい女なら、高値で売れるだろうな。まあ、その前に、俺達も楽しませてもらうけどな」


 別の男が、少し呼吸を荒くしていた。早く女を犯したい――声と表情から、下劣な欲求が滲み出ている。


「まあ、確かにいい女だけどな。俺は無理だ。エルフじゃ勃たねぇ」


 男が一人、残念そうな声を漏らした。木々の隙間から月明かりが差し込み、彼の髪の毛を照らしている。茶色の髪の毛。ドワーフの血を引く者の特徴だ。


 イチヤがこの世界に来て、概ね半年。その間に、この世界には大きく分けて三種類の人種がいることを知った。一つは人族。黒髪黒目で、元の世界の日本人に近い外見をしている。もう一つはエルフ。金髪に長い耳が特徴で、美男美女が多い。最後の一つがドワーフ。茶髪にガッチリとした体型が特徴の人種。


 三種族とも、生活様式や寿命はそれほど大差がない。元の世界の人種程度の違いだ。ただ、ひとつ大きな特徴がある。エルフとドワーフは、互いに性的対象とならない。だから、エルフとドワーフの混血は存在しないらしい。


 イチヤは静かに息を吐いた。レトの指示を思い出す。


『最低でも、全員の攻撃を一回は防いでから倒してね』


 山賊に狙われやすい時間帯に、山賊に狙われやすい状況で森の中を歩いたのは、わざとだ。この世界に来て間もないから、イチヤには実戦経験が乏しい。戦うための訓練も十分ではない。


 だから、山賊を使って実戦訓練をする。そのために、わざわざ狙われるような真似をした。


 イチヤは意図的に、鼻で笑って見せた。


「女と金目の物が欲しけりゃ、俺を殺してから奪えよ。俺を殺せたら好きにできるだろ?」


 山賊達の、弱い者を嬲って楽しむ様子。下劣な顔。彼等を見ていると、どうしても思い出す。この世界に来る前のこと。


 元の世界での、もう三十年も前のこと。

 高校一年のときの、苦い記憶。


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