第四話 目の前に憧れていた人がいても
イニシオ村の人口は、一気に半分まで減った。生き残った女達の中には、心や体に癒えない傷を負った者もいる。妻や娘を失い、生きる希望を失った男もいる。両親を失った子供もいる。
それでも、生きていかなければならない。
村人達は働ける者全員で、兵の死体処理や、村人の遺体の埋葬を行った。
もちろん、プリメラも作業に参加した。自分は、トーダのお陰で、心も体も守ることができたのだから。
作業には、イチヤやレトも参加してくれた。彼等はイニシオ村に来るまで、サウスウェスト軍に侵略された村々を見てきたという。そのため、このような作業には慣れている様子だった。
兵の死体は燃やし、残った骨を荷台で運び、森に捨てた。少し異臭が漂ってくるが、しばらくすると森の獣に食われ、あるいは風化してなくなるだろう。
殺された村人には、一人一人墓を作った。殺された人数があまりに多いため、簡易な墓になってしまうが。
そんな日々が、今日で三日目。ようやく、後片付けもほとんど終わった。
作業は昼間に行われた。決して楽な作業ではない。並行して農作業などを行う者もいる。夜になると、村は一気に静まり返った。皆、自宅で泥のように眠っているのだ。
けれど、プリメラだけは違った。昼間の作業はもちろん手伝っている。でも、プリメラにとって、夜の作業の方が重要だった。
魔術で凍らせた、トーダの遺体。昼間の作業を終えて夜になったら、彼の墓作りに取りかかる。
今回の侵略で、トーダの両親は殺されてしまった。彼には家族がいなくなった。
だからプリメラは、自宅の近くに彼の墓を作ることにした。両親も許可してくれた。
プリメラは魔術が使える。魔術が使える者は、戦士になれる者と違い、腕力などの身体能力に恵まれない。それぞれに、生まれ持った素養があるのだ。
腕力に恵まれないプリメラにとって、墓を掘ったり墓石を作るのは、大変な作業だった。スコップで地面を掘っていると、手の平の皮が剥けて血が滲んだ。回復魔術をかけると傷も痛みも消えるが、そのぶん体力を――魔力を消耗する。墓石を削る作業も同じだ。トーダの遺体が痛まないように、絶えず魔術で凍らせておく必要もある。
それでもプリメラは、トーダの墓作りを誰にも手伝わせなかった。自分一人でやると決めていた。
――トーダは、私を好きでいてくれた。私のために戦ってくれた。私のために命を懸けてくれた。
だから、せめて。自分も、トーダのために何かをしたい。連日の作業の疲れも、手の皮が剥ける痛みも、トーダの痛みや苦労に比べたら、全然大したことじゃない。
自宅の前。プリメラは座り込んで、黙々と墓石を作っていた。ノミで少しずつ、石の形を整えてゆく。
「大丈夫なのか?」
月が綺麗な夜。
墓石を削っている最中に声をかけられ、プリメラは手を止めた。声の方を見る。
旅支度をしたイチヤとレトがいた。どうやら村を発つらしい。
「大丈夫です。トーダのお墓は私ひとりで作るって、決めてますから」
言って、プリメラは立ち上がった。彼等に向かって頭を下げる。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「いや」
イチヤの声は、どこか暗かった。
「助けられなかった。もう少し早く着いていれば、そいつも死なせずに済んだんだ」
「いえ」
プリメラは頭を上げた。
「この村が全滅しなかったのも、私が生きていられるのも、こうしてトーダのお墓を作れるのも、お二人のお陰です」
「……そうか」
イチヤは少し寂しそうだった。隣りにいるレトは、表情がまったく動かないが。エルフの特徴である、彼女の長い耳。その耳も動かない。
「ひとつ、訊いてもいいですか?」
「何だ?」
「これからどこに行くんですか?」
「フロンティアに行く」
「戦争に参加するんですか?」
「ああ」
プリメラは一旦、空を見上げた。雲がほとんどない空。地面には、傷まないように凍らせたトーダの遺体。彼はプリメラのことが好きだった。何度も何度も、好意を伝えてきた。
トーダの前で、プリメラは、「召喚者様と結ばれる」という夢を語っていた。異世界から召喚される、圧倒的な力を持った英雄。
プリメラはイチヤに視線を戻した。
「もうひとつ、訊いてもいいですか?」
「何だ?」
「イチヤさんは召喚者様なんですか?」
「そうだ」
やっぱり。あの圧倒的な強さは、召喚者でなければ説明がつかない。納得しつつも、プリメラの心は動かなかった。憧れていた存在が、目の前にいるのに。
「お気をつけて」
「ああ」
「できれば、もうこんなことが起こらない国にしてください」
「そのつもりだ」
言って、イチヤは、レトと共に去って行った。
二人の後ろ姿に再び一礼し、プリメラは作業を再開した。幼い頃からの夢や憧れは、もう、心の中に残っていなかった。
あるのは、二つの気持ちだけ。
幼馴染みの男の子に対する、抱えきれないほどの感謝。
幼馴染みの男の子に対する、深すぎるほどの罪悪感。
この二つの気持ちだけは、絶対に忘れない。一生、トーダへの気持ちを背負って生きてゆく。
その後、この村では、ひとつの英雄譚が語られるようになった。愛する者のために命を懸けた、ひとりの少年の物語。
そこに、村を救った召喚者の英雄譚はない。
※次回更新は4/1を予定しています




