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第三話② 誰が何のために(中編)


 ほんの一、二秒の間をおいて。

 尻を刺された兵士が、悲鳴を上げた。


「ほんぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ナイフが刺さった尻を突き出し、兵士は、そのまま地面に伏せた。息を荒くしながら、汚い声で叫び続けている。


「いでっ! いでぇええええええええええええ! ブスッって! ブスって突っ込まれたあああああああああああ!!」


 ナイフを刺した少年は、兵士の悲鳴に耳を傾けなかった。傍らにいる女性に、淡々とした口調で聞いた。


「レト。とりあえず、こいつらを潰していいんだろ?」

「ええ、イチヤ。これまでの村と同じ」

「分かった」


 女性――レトという女に応えると、イチヤと呼ばれた少年は、背中の剣を抜いた。彼自身の身の丈ほどもある、大きな剣だった。湾曲した片刃の剣。普通の剣の三倍はありそうな大剣だった。


 周囲の兵士達が剣を抜いた。魔術を使うと思われる兵士達は、両手をイチヤに向けている。周囲には、おそらく五十名ほどの兵士達。


 イチヤの表情が変わった。怒気を孕んだ、憎々しげな顔を見せた。


 その直後。


 フッと、プリメラの視界からイチヤが消えた。消えたと思えるほど、速い動きだった。


 イチヤが動いた一瞬後には、周囲に鮮血が散った。宙を舞う兵士の首や胴体。ゴトッ、ゴトンッという重い音を立てて、分断されたサウスウェスト兵の体が、地面に落ちた。


 イチヤが動く。目で追うことさえ困難なほど速い動き。彼が動くたびに、サウスウェスト兵の体が倒れてゆく。


 周囲は、一瞬にして血の海と化した。イチヤはほんの十秒ほどで、周囲にいるサウスウェスト兵の半分ほどを片付けた。不意打ちと呼ぶにはあまりに堂々としていて、奇襲と呼ぶにしてもあまりに速すぎた。


 大勢を斬りながら移動したイチヤは、すでにプリメラからかなり離れていた。トーダとモデレートを囲む場所を、すでに半周ほどしている。


 当然だが、モデレートもこの騒ぎに気付いているようだ。トーダの攻撃をいなしながら、イチヤに意識が向いている。


 イチヤは、剣を鋭く振った。剣にべっとりと付いた血が、彼の傍らに飛散った。


 半数ほど残ったサウスウェスト兵。ある者は呆然とし、ある者は殺気立ち、ある者はすでに剣を抜いている。


 すぐにまた、イチヤが動いた。圧倒的速度。圧倒的な強さ。彼が一歩踏み込み、剣を振るう。兵士が血を吹き出し、倒れる。彼がまた踏み込み、剣を振るう。兵士が脳漿を垂れ流し、倒れる。彼がまた足を進め、剣を振るう。胴体から内蔵をはみ出させた兵士が倒れ、絶命する。


 周囲を囲む兵士達を斬り捨てると、彼はまた、プリメラの近くまで戻ってきた。


 イチヤが通った後には、多くのサウスウェスト兵が死体となって転がっていた。中にはかろうじて生きている者もいたが、ほとんど虫の息だった。


 中央で戦う、モデレートとトーダ。彼等の周囲を囲む、兵士達の死体。血の海。


 周りの兵士達がほとんど死に絶えても、トーダは、モデレートと戦い続けていた。体には無数の傷がある。すべて浅い傷だが、その数が尋常ではない。彼の体は血まみれになっている。大量の出血で、明らかに意識が朦朧としていた。早急に回復魔術をかけなければ、命に関わる。


 とはいえ、プリメラには、トーダを気遣う余裕などなかった。


 ほとんど一瞬で、この場のサウスウェスト兵が斬られた。圧倒的な強さの少年。その連れの女性。彼等が味方とは限らない。もし、サウスウェストとは異なる第三の勢力なら。もし、もう一つの国――サウスイーストの者なら。


 トーダはもう、プリメラを守ることなどできない。諦めずにモデレートと戦っているが、勝敗の行方は明らかだ。


 もしイチヤとレトが味方でなければ、自分は確実に殺される。


 恐怖と絶望のあまり、プリメラは失神しそうになった。反面、恐怖と絶望が意識を鮮明にし、気を失うことさえできなかった。


 ――もう嫌だ。


 声も出せず、プリメラは唇だけ動かした。どうして自分が、こんな怖い目に合わないといけないのか。どうして自分が、命の危険に晒されないといけないのか。自分の小便と殺された兵士達の血で、腰から下がベチャベチャになっている。


 涙で歪む、プリメラの視界。

 その視界の中で。


 モデレートが、鋭く戦斧を振った。今までのような、トーダを弄ぶ振り方ではない。止めを刺す一撃。


 パキンッと乾いた音が鳴って、トーダの剣が折れた。モデレートの戦斧を受けた剣。折れた剣先が、地面に落下した。


 斬られたトーダは、平衡感覚を奪われたように足をもつれさせた。フラフラと揺れる体。落下した剣先の後を追うように、彼も地面に倒れた。ドサリという、仰向けに倒れた音。左肩から袈裟斬りにされ、大量の血を吹き出している。


 トーダが倒れた直後。


 また、イチヤが消えた。一瞬でモデレートの付近まで移動し、剣を振った。


 モデレートは、その巨体からは考えられないほど素早くバックステップし、イチヤの剣を避けた。


「レト!」


 モデレートと向かい合いながら、イチヤがレトを呼んだ。


「そいつは生きてるか!? 生きてるなら、回復魔術をかけろ!」


 イチヤの指示に従い、レトがトーダに近寄った。トーダの近くでしゃがみ込み、彼の体に両手をかざした。


 レトの両手が、淡い青に包まれた。回復魔術の光。ひと目見ただけで分かるほど、洗練された回復魔術だ。魔術の発動速度も込められた魔力の量も、プリメラが使うものとは桁違いだ。


 数秒ほど、レトはトーダに回復魔術を使って。

 魔術を解き、無表情のまま、彼女は首を横に振った。


「まだ生きてるけど、もう無理」


 回復魔術は、体内の生命力を促進させて傷を癒す。逆説的に言えば、回復に使う生命力がなければ、効果はない。


 つまり、トーダにはもう生命力が残っていない。

 彼は、もう助からない。


 プリメラは、幼馴染みの運命を理解した。自分に惚れていて、自分のために努力し、自分を守ろうとして命を懸けたトーダ。そんな彼が、もう、助からない。もうすぐ死んでしまう。


 それなのに。

 トーダが死んでしまうのに。


 プリメラは、トーダのための涙を流せなかった。「怖い」という涙以外、流れてこなかった。


 モデレートは、嫌な笑みを浮かべていた。ゆっくりと顔を動かす。死にかけているトーダを見て、血と小便で下半身を濡らすプリメラを見て、トーダの傍にいるレトを見て。


 最後に、イチヤに視線を戻した。


「腕が立つみたいだな、坊主。せっかくだから、一騎打ちといこうか」


 言って、自分の戦斧でイチヤの剣を指した。


「まずは、せめてその剣を拭け。そんなに血まみれじゃあ、切れ味も落ちてるだろ。拭き終わるまで待ってやる。騎士の誇りを懸けた一騎打ちだ」

「……うるせぇよ」


 低い声が、イチヤの口から漏れた。


「いいからとっとと来いよ。ビビってんのか?」


 体格に比べてあまりに大きな剣を、イチヤは構えた。


「それとも、俺から仕掛けて欲しいのか?」


 ニイッと、モデレートが笑った。確信に満ちた笑み。自分の力に、絶対の自信があるのだろう。


 それ以上は何も言わず、モデレートがイチヤに斬りかかった。あの巨体からは想像もできない、素早い動き。


 直後、イチヤも動いた。


 二人の動きは、あまりに速い。あまりに速すぎて、何が起きたのかプリメラには分からなかった。


 分かったのは、結末だけ。


 何十人もの兵を斬り捨て、切れ味が落ちていたイチヤの剣。通常の三倍はあるだろうその大剣は、当然ながら、重量も相当のはずだ。


 その、重量のある剣を脳天に叩き付けられて。


 モデレートの頭は、鼻の辺りまで凹んでいだ。眼球が飛び出し、目と鼻からドロリとした液体を吹き出した。彼の手から戦斧が落ちた。愛用の武器を追うように、彼自身も地面に落ちた。ゆっくりと仰向けに倒れた彼は、ビクンビクンッと大きく体を震わせた。


 そして、二度と立ち上がることはなかった。


 周囲は、一気に静まり返った。


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