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第二話② 侵略戦争(後編)


 村長の家に幽閉されてから、おそらく二日ほど経った頃。


 恐怖に耐え切れなくなった数名の女達が、脱走を試みた。もちろん無駄だった。家の外には見張りがいて、簡単に捕まった。捕まった挙げ句、蹂躙されていた。


 脱走を試みた女達が捕まり、酷い目に合わされて。


 残された女達は、希望を失った。同時に、安堵してもいた。脱走した女達が生け贄になったことで、自分が連れ出される番が後回しになった、と。プリメラも例外ではなく。


 村長の家に幽閉されてから、おそらく三日くらい。


 幽閉されている間、一応食べ物は与えられていた。少量ではあるが。水は、魔術で作り出すことができた。排尿排便については、数時間に一度くらい、敵兵の見張りの元でした。彼等に用を足すところを見られるという、屈辱を味わいながら。


 敵国の兵が、この部屋の出入り口を開けた。脱走しようとした女達が戻された。人数は、半分以下になっていた。戻された人数は五人。脱走しようとした女達は、二十人ほどいたと思うが。


 戻された女達は、最初に連れ出された女達以上に、ひどい姿になっていた。全裸で、股間から血が流れていた。それが生理の血ではないことは、明らかだった。体中にみみず腫れがあり、頬は腫れていた。五人とも、泣きながら「ごめんなさい」「許してください」と懇願していた。


 女が戻されたということは、次の女達が連れ出されることを意味している。


 入り口に立つ数名の敵兵から、プリメラは目を逸らした。少しでも彼等の目につかないようにした。


 敵兵の男達が、下劣な会話をしている。


「次はどいつを連れて行く?」

「モデレートさん好みの女も連れて行かないとな」

「あの人、マジでエグいよな」

「あのデカい図体で、少女趣味だからな」


 彼等の言う「少女趣味」が「可愛いものが好き」という意味でないことくらいは、簡単に想像がつく。モデレートというのが誰なのかは知らないが、敵兵の中でも高い地位にある者なのだろう。


「お。あいつなんかぴったりじゃねぇか?」


 ビクッと、プリメラの肩が震えた。プリメラは十四歳。下劣な「少女趣味」に適した年齢だ。心臓の鼓動が速くなった。恐怖で呼吸が浅くなってゆく。


 ――私じゃありませんように!


 誰かを気遣う余裕などない。自分が助かること以外、何もできない。恐怖は、それ以外の感情を簡単に食い潰す。


 敵兵が部屋の中に入ってくる。足音がこちらに近付いてくる。嫌な予感が膨らんでゆく。嫌だ。嫌だ。私じゃありませんように。私じゃありませんように。


 プリメラの背中まである髪の毛が、乱暴に掴まれた。エルフの血を引くことを示す、金色の髪。


 絶望で、プリメラの息が詰まった。「や……」と、口から声が漏れた。嫌だと言いたいのに、呼吸が苦しくて言えない。抵抗したいのに、怖くて何もできない。


 家に入ってきた他の兵達も、それぞれ女を見繕い、家から連れ出そうとした。他の女達は悲鳴を上げながら抵抗しているが、プリメラは何もできなかった。髪の毛を引っ張られ、敵兵に「さっさと動け!」と怒鳴られながら、家の外に引き釣り出された。


 外に連れ出されたとき、太陽は真上にあった。昼間。暗い家の中に閉じ込められていたので、ひどく眩しく感じた。視界が真っ白になるような感覚を覚えた。


 白いプリメラの視界に、敵兵や連れ出された女達が、影のように映っている。


 その影の数が、唐突に、ひとつ増えた。


 増えた影は、驚くほど速く動いた。剣を抜き、一瞬で何回も振り抜いた。直後、十体ほどの影がバタバタと倒れた。


「プリメラ!」


 名を呼ばれて、プリメラの意識は少しだけ正常に戻った。目の前の出来事を、正確に認識できた。


 敵兵を瞬く間に斬り捨てたのは、トーダだった。この村で一番の戦士。同時に、城塞都市フロンティアでも天才と言われる、将来有望な少年。


 血塗られた剣を右手に、トーダは、左手をプリメラに差し出してきた。


「逃げるぞ!」


 怯えるプリメラにとって、トーダの手は、神の手に等しかった。恐怖から逃げられるという希望が、プリメラの体を動かした。


 プリメラはトーダの手を取り、走り出した。


「俺一人じゃ、みんなを助けることなんてできない」


 逃げながら、苦しそうにトーダは吐露した。


「でも、せめてプリメラだけでも」


 トーダは有言実行の男だ。


『プリメラを守るんだ』


 そのために彼は、毎日鍛錬を重ねていた。


 村を囲む森に向かって走る。森に隠れれば、逃げ切ることができる。


 だが。


 背後から、蹄の音が聞こえてきた。数頭の馬の蹄。


 プリメラの耳に、サーッという音が響いた。自分の血の気が引く音。どう考えても、人間の足より馬の方が速い。


 五頭の馬が一気にプリメラ達を追い越し、すぐに止まった。目の前に立ちはだかる五人の兵士達。その中の一人は、他の四人とは違う武装をしている。二メートルほどの巨躯に、大きな戦斧。分厚い瞼の、人相が悪い男。短い髪は黒い。


 逃げ道を塞がれて、トーダはすぐに剣を構えた。プリメラを守るために。相手は、馬に乗った五人の兵。


 巨漢の兵は、トーダに目もくれなかった。じっとプリメラを見つめていた。彼の目は欲望に満ち、下劣な光が放たれている。


 プリメラはすぐに気付いた。この男が、敵兵の言っていたモデレートなのだと。


 もしここで、トーダがやられたら。


 最悪の想像に、プリメラは目眩がした。この巨体の男に、どんなふうに嬲られるのか。どんなふうに弄ばれるのか。


 一度は薄まった恐怖が、またプリメラを支配した。足がガクガクと震え、力が抜けた。ペタンと、その場にへたり込んでしまった。


 目の前では、トーダがプリメラを守るため、戦闘態勢になっている。


 怯えるプリメラを見て、モデレートは楽しそうに鼻で笑った。


「おい、坊主」


 モデレートに声を掛けられたトーダは、何の返答もしなかった。ただ、周囲の五人の出方を伺っている。馬に乗った兵が五人。明らかに不利な戦況。不用意に仕掛けることなどできない状況。


 トーダが無視しても、モデレートは構わずに続けた。


「この状況でお前が逃げ切るなんて、不可能だ。分かるだろう? お嬢ちゃんは動けなくなってる。このまま戦えば、たとえお前が俺達に勝てたとしても、お嬢ちゃんは馬に踏み潰されかねない。かといって、お嬢ちゃんを庇いながら戦うのも難しい。俺の兵を十人も斬るほどの腕があるんだから、分かっているはずだ」

「……」


 トーダはやはり、何も応えない。

 モデレートもやはり、構わずに続けた。


「とはいえ、俺の兵を十人も斬ったお前の腕は、褒められるべきものだ。だから、チャンスをやる」

「……?」

「このまま村に戻って、俺と一騎打ちをしろ。もしお前が勝てたら、お前とそのお嬢ちゃんだけは見逃してやる」


 トーダの肩が、少しだけ動いた。彼も分かっているのだ。この状況でプリメラを庇いながら戦うことが、いかに困難かを。


「悪い話じゃないはずだ。どうする?」

「……」

「ここで俺達と戦って、お嬢ちゃんを危険に晒すか。それとも、俺と一騎打ちをして、お嬢ちゃんを守るか」


 トーダが大きく息を吐いた。


「……本当だろうな? 俺がお前に勝てば、俺達だけでも見逃すんだな?」

「約束しよう。なんなら、戦う前に、俺の兵士達の前で宣言してもいい。もしそれで俺が約束を(たが)えば、俺は二度と人前に顔を出せなくなる。それくらいの恥は心得てるからな」

「……」


 しばしの沈黙。トーダは考えているのだろう。生き残る確率が高いのは、どちらか。もっと言うなら、どちらの方がプリメラを守れる可能性が高いか。このままモデレート達と戦うか。それとも、彼と一騎打ちをするか。


 数秒後、トーダは構えた剣を降ろした。


「約束は守れよ。絶対にだ」

「ああ。騎士の誇りにかけてな」


 騎士の誇り。

 そんな立派な言葉を口にしながら、モデレートは、トーダの方など見ていなかった。


 欲望に満ちた目を、ずっとプリメラに向けていた。


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