第二話① 侵略戦争(前編)
ノース王国の国境付近にある、パスティオン侯爵領。
領内の都市フロンティアから三キロメートルほど離れた場所にある、イニシオ村。
人口三〇〇人ほどのこの村に、プリメラは生まれた。以降十四年間、ここで育ってきた。
三つ葉のような形をしたこの大陸には、三つの国がある。北側の葉であるノース王国。南西の葉であるサウスウェスト王国。南東の葉であるサウスイースト王国。
三国は、もう二〇〇年ほども戦争をしている。だが、この五十年ほどは、国境付近の小競り合いが続く程度だった。
つまりは、どの国も平和だった。
もちろんプリメラも、戦いに巻き込まれたことはない。
この村は国境に近いが、城塞都市フロンティアの軍に守られている。「国家の防壁」とさえ言われる、パスティオン侯爵領内最大の都市。人口の三割が兵役に就いていて、たとえ国境付近であっても、領内は国内で一番安全な地域と言われていた。
プリメラは、わずか十歳にして回復魔術が使えるようになった。怪我をした本人の生命力を使い、回復させる魔術。複数ある魔術の中でも、もっとも難しいと言われている。
プリメラ以外で、イニシオ村に回復魔術を使える者はいない。そのためプリメラは、天才魔術師として村で重宝されていた。
回復魔術を使えるようになってから、プリメラは夢を描くようになった。
「いつか、この国の召喚者様と旅をするの。それで、サウスウェストとサウスイーストをやっつけて、大陸の国を統一して。それで私は、召喚者様のお嫁さんになるの」
この大陸の三国には、それぞれ一人ずつ、召喚者という者がいる。異世界から召喚された、圧倒的な力を持つ者。戦争の要。
なぜ召喚者が一人ずつしかいないのか、プリメラは知らない。村の大人に聞いてみても、誰も知らなかった。
幼いプリメラにわかるのは、一つだけ。一人しかいない召喚者は、国の英雄だということ。
英雄と共に戦い、やがて二人の間に愛情が芽生え、結ばれる。そんな少女らしい夢を現実のものとするため、プリメラは、自身の魔術を磨いていた。
「でも、三国の戦争は、もう長いこと小競合い程度なんだろ? 三国全部に召喚者がいるんだったら、どの国も、おいそれと攻め込めないだろうし」
もっともな意見を口にしていたのは、プリメラの幼馴染みであるトーダだった。プリメラの一歳年上。魔術の素養はないが、戦士としての素養がある男の子。
「プリメラが回復魔術を使えるなら、俺は剣の腕を磨く。強くなって、強くなって、強くなって。それで、俺がこの村を守るんだ。だから、もし俺が戦いで傷付いたら、俺の怪我を治してくれよな」
トーダもまた、村では天才と呼ばれる子供だった。天才少年戦士。
「俺がこの村を――プリメラを守るんだ」
告白に等しい、幼いトーダの言葉。
彼に言われて、プリメラの耳が少し動いた。エルフの血を引く証である、先の尖った長い耳。幼いプリメラは、感情が耳に出やすい。
トーダの告白は嬉しい。女の子なのだから、憎からず想っている男性からの告白は嬉しいものだ。
でも、嬉しいのと告白を受け入れるのとは、また別の話だ。
「残念でした。私は、召喚者様が敵国に攻め込むときに、着いていくの。召喚者様と一緒に戦って、三国を統一するの。だから、いつかこの村を出るんだ」
「プリメラがこの村を出るなら、俺も出る。強くなって、プリメラを守るんだ」
トーダは口先だけの男ではなかった。幼くても有言実行の人物だった。彼は、暇さえあれば剣の稽古に明け暮れていた。さらに、十二歳になってからは、フロンティアにある兵の訓練場まで出稽古に行くようになった。十日に一回の出稽古。
トーダは確実に腕前を上げ、フロンティア軍内でも名前が知られるようになった。
当然ながら、イニシオ村に常駐している兵にも、その腕前は知られている。フロンティアから派遣されている常駐兵。
「その歳でそれだけ強いなんて、末恐ろしいな。将来的には、召喚者と同じくらい強くなるんじゃないか?」
お世辞も混じっているだろうが、トーダの腕は、常駐兵にも認められていた。
認められながらも、トーダは、慢心せずに訓練を続けた。一日も欠かすことなく、自分を鍛え続けた。
大陸の三国は戦争を続けながらも、ここ五十年は小競合い程度になっている。
その状況が破られたのは、ほんの三ヶ月前だった。
この国の――ノース王国の召喚者が、サウスウェスト王国に攻め込んだのだ。犠牲を出しながらも国境付近の戦いに勝利し、深く敵国へ攻め込んだ。
その知らせが村に届いたとき、プリメラは両親を説得しようとした。自分も戦争に加わりたい。召喚者の力となり、三国を統一したい。そのために、フロンティアに行って兵役参加の意思を示したい。
――後になって、プリメラは知ることになる。このときの自分が、どれだけ無知だったのかを。戦争というものの残酷さを、まったく知らなかったのだと。
両親は猛反対した。プリメラはまだ十四歳だ。戦争になど行かせたくない。残酷な命のやり取りに関わらせたくない。
連日、プリメラは両親の説得に時間を費やした。
当然ながら、両親は首を縦に振らなかった。
もういっそ、夜中にこっそり家出でもしようか。
プリメラが、そんなことを考え始めた頃だった。
不穏な噂が、村に入ってきた。
ノースの召喚者が、サウスウェストの召喚者に殺されたというのだ。
召喚者は、各国に一人だけ。一人死ねば、次の召喚者が現れる。とはいえ、すぐに現れるとは限らない。
ノースの召喚者を殺したサウスウェストは、今が好機と捉えた。当然だ。
戦況は一変した。
サウスウェストが攻め込んできた。
ノースの国境付近にあるフロンティアは、総戦力を持って防衛に当たった。
サウスウェスト軍が、国境となるデルパイース川を越えてきた。フロンティア軍の応戦によりかなりの数を減らしたが、敵国は勢いに乗っていた。
フロンティアの城壁前で、攻防戦を繰り広げながら。
分散したサウスウェストの部隊が、近隣の村の制圧に向かった。村を制圧し、拠点とすることで、兵達に休息と娯楽を与えるために。
休息とは、食事や睡眠。娯楽とは、敵国の住民を蹂躙し楽しむこと。
サウスウェスト軍の一部隊が、イニシオ村にも攻め込んできた。小さな部隊。人数は、せいぜい三〇〇人ほど。けれど、常駐兵が三十人ほどしかおらず、三〇〇人いる村人は戦闘未経験だ。魔術を使える者も、実戦で使用したことなどない。腕力がある者だって、殺し合いは未経験。
常駐兵達は、あっという間に全滅した。若い女達は捕えられ、村で一番大きな村長の家に幽閉された。村の男達がどうなったのかは、分からなかった。
プリメラも村長の家に幽閉された。魔術で対抗しようと思ったが、できなかった。恐怖で体が硬直して、何もできなかった。
敵軍に殺された、この村の常駐兵。ある者は、首から上を飛ばされて鮮血を撒き散らした。ある者は脳天を割られ、脳漿を垂れ流した。ある者は魔術で焼かれ、火だるまになった。
プリメラが初めて見る、殺し合い。人の命が奪われる光景。血と脳漿。人の肉が焦げる臭い。常駐兵を殺した敵国の兵が、ただただ怖かった。
敵国に攻め込まれ、目の前で人が殺され、村長の家に幽閉されて。
プリメラは、初めて理解した。両親が、戦争に行くのを反対した理由を。
当たり前に人を殺す。当たり前に敵国を踏み躙る。同時にそれは、自分も当たり前に殺されることを意味する。それが戦争なのだ。
村の女達が、所狭しと敷き詰められた村長の家。
サウスウェストの兵が攻め込んで来て、一日ほど経った頃だろうか。数名の兵が来て、村長の家から、十名の女を連れ出した。しばらくすると、家の外から、女達の悲鳴が聞こえた。
連れ出された女達が何をされているのか、考えるまでもなかった。
女達の悲鳴に混じって、時折、村の男達の怒声も聞こえた。
「やめろ!」
「娘に手を出すな!」
「妻を離せ!」
村の男達の怒鳴り声。すぐ後に聞こえてきた、彼等の呻き声。
戦争の悲劇は、敵国の兵に殺されることだけではない。敵国の兵に蹂躙されることでもあるのだ。そこに、戦闘員か非戦闘員かの区別はない。
数時間経って、連れ出された十名のうち、四名の女が村長の家に戻された。衣服は剥ぎ取られ、顔は涙と鼻水にまみれており、体中に傷があった。自分で立つこともままならないようで、敵兵に支えられていた。敵兵が離すと、女達は、力なくその場に倒れ込んだ。虚ろな目をして、口からヒューヒューという呼吸音を漏らしている。
四名の女達を村長の家に戻すと、兵士達は、今度は別の十名を連れていった。女達は抵抗していたが、無駄だった。
そしてまた、外から悲鳴が聞こえる。泣き声が混じった悲鳴。
もう正気を保っていないであろう、家に戻された女達。家に戻らなかった女達がどうなったのかなんて、考えるまでもない。考えたくもない。
村長の家の一室に幽閉された女達は、震えながら泣いていた。プリメラも例外ではなかった。
――次に連れ出されるのは、自分かも知れない。
この家にいる誰もが、そう考えているだろう。そう考えて、怯えているのだろう。他人のことを考える余裕なんてない。心が恐怖に支配されて、何もできない。ただ、自分の番が来ないことを祈るしかない。




